| 2013年12月8日(日) |
| その75. 落ちハゼのリール釣り釣果について |
2013.12.8
2013年行徳港深場の落ちハゼリール釣りの釣果は次の通りでした。
10/30 431、11/6 317、11/11 207、11/21 212、11/24 215、
12/8 50でした。
釣行6回、合計1,432尾、238尾/回でした。
釣り時間は8.5、6、6、6.25、6.25、5時間で、合計38時間、37.6尾/1時間のハイペースでした。
深場の落ちハゼ釣りは例年実績があるポイント群の約半分近くで釣れませんでした。これはまったく釣れないという特異な現象でした。
どのような原因なのか不明ですが、来年の回復を期待しています。
なお、釣れたポイントでもある程度釣れてしまうとあとが続かないということでした。つまり、新たなハゼの補充というものが思っているようにないわけです。このことからも深場のハゼは釣れたのだけれども昨年までの貧果からの本格的な回復にはほど遠いということだったと感じています。
しかしながら、今年は落ちハゼが釣れたからいいか、という思いです。
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| 2013年11月1日(金) |
| その74. 秋ハゼのリール釣り釣果について |
2013.11.1
2013年秋ハゼのリール釣りの釣果は次の通りでした。
8/29 743
9/2 632、9/6 1011、9/9 845、9/12 539、9/18 1041、9/21 562、9/24 934、9/27 825、9/30 1011
10/4 512、10/7 657、10/10 730、10/18 534、10/21 520、10/23 525、10/28 624でした。
釣行17回、合計12,245尾、720尾/回でした。
釣り時間は、8、6、8.75、9、8、8.75、6、8.5、8.25、8.75、5.25、8、8、6.5、6.75、8.25、7.5時間で、合計130.25時間、94.01尾/1時間のハイペースでした。
1、この間、リール釣りで初めて1,000尾以上を釣りました。過去25年ハゼ釣りをしてきてリール釣りで1,000尾を超えたのは初めての経験でした。また、934尾という釣果も過去の実績を超過したものでした。
2、秋ハゼのリール釣りで合計12,245尾は過去最高釣果でした。
3、釣行1回平均720尾も過去最高実績でした。なお、これについてはいろいろな事情で釣り時間が短縮された日がたびたびあったので、それがなければ絶対釣果はもっと伸びたものと思っていますが、こればかりは仕方がなかったものと考えています。
4、17回の釣行で一日目標500尾でしたが、すべてで500尾を超過しました。500尾未満が一度もなかったことも初めての経験でした。なお、秋ハゼのリール釣りを17回もしたことは過去に一度もありませんでした。釣行回数も最高だったのでした。今年は500尾に達すると体調管理等々の思惑から早上がりしたことがたびたびありました。
5、釣行17回の釣り時間1時間平均釣果が94.01尾でしたが、これも過去最高釣果になりました。なお、当初からの1時間当たりの目標釣果は63尾(釣り時間8時間で500尾超の計算)でした。
アオシオについては9/12に放水路の最上流域で発生しました。この日はちょうど釣行していて539尾を釣りましたが、アオシオ被害の少ないエリアを見つけて大釣りが出来ました。9/26は行徳から船橋沖が台風20号の影響でアオシオでした。なお、アオシオでハゼが大量死する事態にはなりませんでした。死んだのは9/12ですがごくわずかでした。11〜12月については私の手帳の記録からはアオシオの発生の記録はありませんので、2013年の11〜12月はアオシオの脅威は遠ざかったものと考えています。
台風については9/15〜16にかけて台風18号が接近、9/25〜26にかけて台風20号、10/9に台風24号の強風があり、10/15〜16にかけて台風26号が通過しました。また10/25〜26にかけて台風27号が接近しました。今年は台風の当たり年だったようです。なお、台風の雨により江戸川の水量が増して行徳可動堰からオーバーフローして濁流が放水路を流下しました。このため私はリール釣りを二度延期いたしました。
水温については、27、29.5、27.5、25、26、24、25、22、22、21.5、21、21、23、19.5、19、17、17℃と順調に下がりました。17〜18℃というのが平年の11月初旬の水温になっています。
2013年の秋ハゼのリール釣りは過去25年間で新記録づくめの年になりました。原因としては1、アオシオ被害がとても軽微だったこと2、放水路内にアオシオが滞留することが少なかったこと3、ハゼの孵化が順調でハゼの新規供給が続いたこと4、私自身のリール釣り技術が新境地に達したのではないかと思われること等々が考えられます。
いずれにしてもリール釣りで1,000尾超3回という記録は、私としても「前代未聞、異次元の釣果」と言っていいもので、このようなことは今後果たして再現できるものなのか疑問視するような釣果です。リールで一日1,000尾ということは、何にもまして「それだけのハゼが釣り場にいる」ということが大前提なわけで、来年以降アオシオ被害がないということが前提条件であるわけです。
釣り人が釣りあげるハゼの数というのはハゼの生息数からいえばわずかなものだというのが私の見解です。今年のようにアオシオ被害が軽微な年であれば、釣っても釣ってもハゼが湧いて出てくる、という嬉しい状況になるわけです。
アオシオに次いでハゼの天敵となるのが鵜です。野鳥の楽園をねぐらにする鵜が午前6時ころになると何千羽という数の大編隊で飛び立って諸所に「出勤」していきます。巣へ戻るのは夕方の4時過ぎです。放水路と湾岸道路の上を真っ黒にして編隊飛行する様は壮観です。その鵜の一部が1,000羽、2,000羽と放水路に降り立って真っ黒な塊となってハゼなどを捕食する様は不気味でもあるし悔しくもあります。大きなハゼを空中を向いて飲み込むわけです。
この鵜の食害が10月中旬から末頃にかけて湾岸道路から下手で深刻でした。このためでしょうか、湾岸道路よりも下手のエリアではハゼの魚影がとても薄いわけです。釣りに行く気力を失ってしまうほどの貧果なわけです。
そんなわけで湾岸道路よりも上流部分でハゼ釣りがされている現状です。2013年について下流域の魚影が薄い原因はアオシオ被害だけではないのです。
行徳港内深場の落ちハゼの魚影にこれまでの鵜の食害の影響があるのは避けられないものと考えています。今後の落ちハゼの動きに鵜の食害が影響しなければいいと願っています。
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| 2013年8月31日(土) |
| その73. 2013年8月のハゼ釣り釣果について |
2013.8.31
8月のハゼ釣り釣果は次の通りでした。
8/2 1116、8/5 1050、8/8 1068、8/12 1105、8/16 1033、
8/19 1126、8/27 1022、8/29 743でした。このうち、8/29の743尾だけはリール釣りでした。釣行8回でした。ミャク釣り釣果だけですと7回で合計7520尾、1074尾/回でした。リール釣りは1回だけの実績でした。
釣り時間は、8、7、6.5、7.5、6、7、8、8時間、合計58時間でした。ミャク釣りの7回だけでは50時間で150.4尾/1時間の好釣果でした。リール釣りは743尾、8時間ということで92.875尾/1時間の過去最高クラスのハイペースでした。
今年の8月は酸欠水の流入が疑われる食い渋りが2回ありましたが、被害もなく、順調に推移したと思います。
ただ、私が1000尾を目指して釣りをした範囲が沈船までで、それより下流域での釣りをしませんでした。理由は、良い情報が聞かれなかったからですし、実際に妙典排水樋門で釣りをしてみて、腰を据えて一日釣りをしてみようという気持ちにならなかった事情もありました。今後のリール釣りではいい釣果を打てるればいいと願っています。
シーズン当初からのミャク釣り全体の釣果としては、釣行23回、合計24,834尾、1079尾/回、釣り時間173.5時間、143尾/1時間、10束釣り20回でした。20回というのは22回の記録に対して過去第2番の記録になりました。
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| 2013年7月31日(水) |
| その72. 2013年7月のミャク釣り釣果について |
2013年7月31日
7月のミャク釣り釣果は次の通りでした。
7/2 1221、7/5 1053、7/8 712、7/16 1102、7/19 1036、7/22 1060、7/26 865、7/30 1025で、釣行8回、合計8074尾、1009尾/回でした。
釣り時間は、9、9、7.5、7、8.5、7.5、9、8時間、合計65.5時間、123.2尾/1時間でした。
この間、7/6に梅雨明けし、酷暑の毎日が続いてハゼのコンディションが乱れました。また、梅雨明けまでは南風の強風が続き波がかなり高くて海でエサを捕れない鵜が大挙して放水路へ飛来してハゼをかなりたくさん食べてしまったという食害がありました。これはかなり深刻に受け止めました。7/8の712尾はその影響だと思います。7/26の865尾は、この日早朝の潮が悪くて食い渋り時間があったためでした。この影響は翌日からは払拭されました。
7月のハゼ釣りができたエリアとしては、最上流域は持続的に釣れていますが、中流域についてはよく釣れたのが沈船までで、それより下流は@型が小さいAアタリが空振りばかりB魚影が薄いのではないのかC川中の瀬の上であまり釣れていない、という状況とみられます。ただ、沈船から下流域は今後の推移を見守るしかないと思っています。
また、左岸側が魚影がかなり薄いのではないか、と疑われる釣況でした。ただ、7/26の潮が悪かった日以後に左岸側の船宿さんの桟橋近くで釣れましたので、これはハゼが悪い潮を嫌って動いたのではないかとも考えられました。今後とも持続的な釣りになればいいと思うのですがどうでしょうか。
アオシオについては、アオシオ発生という状況は7月中はいまのところありませんが、海底にたまっている貧酸素水とか最上流域の貧酸素水とかが何かの拍子に放水路へ流れ込んできたり拡散したりということは十分にありうることです。7/26はまさにそうだったわけです。この場合の特徴は@水色がかなり澄みになり川底が透視できることAバスクリーン色は出ないことBカニが棒によじ登っていることC水深20〜30pの超浅場でしか釣れないこと、ということが見られます。
釣り人としてはどうしようもないことなのですが、これからはアオシオ情報に注意することが大切です。
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| 2013年6月29日(土) |
| その71. 2013年6月のミャク釣り釣果について |
2013年6月29日
6月のミャク釣り釣果は次の通りでした。
6/6 1124、6/10 1117、6/17 1393、6/22 1516、6/24 1218、6/28 1562
で、釣行6回、合計7930尾、1321尾/回でした。
釣り時間は、9、8、9、9、9、9時間、合計53時間、149.6尾/1時間でした。
この間、台風3号が6/11〜13まで影響し、6/14〜15にかけて最上流域でアオシオが発生して東西線鉄橋下手付近までのハゼが死にました。被害は数万尾ではないかと推測しました。6/18〜21にかけて台風4号の影響があってその間は釣行を断念しました。
6/10は台風前日の釣行で、6/17はアオシオ解消直後の釣行でした。また、6/22は台風4号の影響直後の釣りでした。
6月の釣果の特徴は@釣り時間9時間であることA1時間平均釣果が149.6尾と非常に高い水準であること、の2点です。
この点を2010年までの釣り可能時間、最長10時間の釣りに換算しますと1496尾/回となります。しかし、これはいつも書いているように実際に10時間釣ったわけではありませんので、あくまでも参考資料程度だと考えています。
そうであったとしても、1時間当たりのペースを見ますと実際に釣った数字で149.6尾平均ということで、これは相当なハイペースです。
とくに、6/22は1516尾で168.4尾/1時間で、過去25年間で第3番目のハイペースでしたし、6/28の1562尾は173.5尾/1時間で、1996.6.23の1959尾(釣り時間10時間)、195.9尾/1時間の記録に次ぐ第2番のハイペースでした。
このような巡り合わせというものは思いもかけないときに突如として出現しますので、そんなときにはどうしても平年の釣りの技量の磨き方の成果が出るのだろうと感じています。この点では、私も、まだまだ衰えていないなと思ったわけで、とてもうれしく感じたのでした。
やはり、釣り場知り合いと言いましょうか、釣り場友達と言いましょうか、毎年のように顔を合わせる方々とご一緒して、とくにボートを並べて釣っていますと、私の通ってきた過程と言いましょうか、試行錯誤してたどり着いた現況というものがよく理解できるのです。
今年の6月の大漁と言える釣果は、アオシオ被害が軽微だったことが大きな要因と考えられます。江戸川放水路のハゼ釣りはこのようにアオシオと密接な関係があります。このままで秋まで推移できれば湾岸道路からさらに下流のエリアでも大漁となるのですがどうなるのでしょうか。
7月についてもアオシオ発生がないことと、あってもハゼの被害がないことを祈念しています。
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| 2013年6月1日(土) |
| その70. 初の5月のミャク釣り1,000尾超 |
2013年6月1日
5月31日にハゼ釣りに行ったところミャク釣りで1052尾でした。5月の釣果としては過去最高の自己記録なりました。
過去の数字としては、2012.5.27の462尾、2007.5.20の406尾、2009.5.15の352尾が目立つくらいで、ミャク釣りで300尾以下の釣果となりますと越冬したハゼのリール釣りの最高釣果2008.5.23の310尾に負けてしまいます。ミャク釣りで200尾台の釣果もいくつかありますが、ヒネハゼのリール釣りの普通の釣果に負けてしまっています。
なぜこのようになっているかといいますと@5月のミャク釣り実績があまりにも少ないAデキハゼの育ちが気候によってかなり遅くなることがあるB5月の台風やアオシオの影響があるC私の小型のハゼを釣る技術が未熟D潮回りが悪かった等々があります。
問題はDの潮回りです。2013.5.31はこの潮回りに恵まれました。最上流域の5月中のデキハゼ釣りに関してはE釣り時間の中心が満潮時間を挟む数時間F小潮回りが最良G強風でなく、仮に強風であっても釣り時間のほとんどが風を避けられるポイントが確保できること等々です。
以上の条件は7〜8月の釣りにも当てはめられますが、5月についてはハゼが5〜7pと小型で、これより大きなデキハゼがごくわずかしかいないという条件ですので、30pとか50pとか80pとかの浅場での釣りでは、5月の釣りはいろいろと厳しいわけです。
2013.5.31の釣りが幸運だったのは、小潮の初日、午前8時42分の満潮で、午前6時ころに、中潮や大潮の日には干潟になってしまう場所が潮を被っていて浅場での釣りが朝一から可能だったことでした。風は北東の風あるいは東の風の強風ということで、左岸側からの風波が私のいる釣り場へぶっつけになりましたが、係留したある船とか桟橋類でどうやらこうやら風を避けて釣りが可能だったことも幸いしました。この風については他のポイントで釣りをしていた同宿のボートの方は左岸側へ移動して釣りをしたところほとんど水面が無風状態で釣りができたとおっしゃっていました。私の場合は、対岸へ行くには移動時間がかかる、移動先の魚影の濃淡が未調査で自信が持てない、今の場所でいい時間には時速150尾ほどで釣れ続いている、いよいよダメになるまでここで粘ってみよう等々の理由で辛抱したわけです。ですから時間帯によっては時速100尾を下回る時間もあったのでした。トータルして123.7尾/1時間平均なわけです。
風の影響、水位が低くなってしまうなどのことから各時間の釣果には大きな開きがあったわけですが、このことは、1000尾を目指す場合はよほどに注意して現時点での釣果というものを正確に把握していませんと、1000尾釣ったつもりで上がったら980尾しかいなかったということが起きてしまうわけです。
このことが第一の課題でしたが、2013.5.31の場合にはさらに深刻な問題が生じました。それはダボハゼが多いという現象でした。別の表現をすれば、マハゼ以外の種類のハゼが多数混じったということです。これは魚体が真っ黒になるダボハゼだけではなく、黒くはならないがマハゼとは違うというハゼをすべて含んでいます。
このマハゼ以外のハゼは私が行きつけの伊藤遊船さんでは検量のときにすべてはじくわけです。それは猫のおやつになってしまいます。ですから私のハゼを数えているときは船頭さんのところから猫が離れないわけです。
そのようにマハゼ以外のハゼが多いということを釣りをしていてハリをはずす時に感じていましたので、仮にマハゼを1000尾釣ったと私が思っていてもその中にマハゼ以外の種類のハゼが混ざってしまっているという現実も考えられるわけです。問題はどれだけの数が混ざってしまったかということです。だからハリをはずす時にマハゼではないと思ったときはそれをカウントしないわけです。しかし、気が付かないでカウントしてしまうものも必ずいると思ったのです。
ですから、5.31の場合は5月に初の1000尾台の可能性ということで私もこれはどうしてもゲットしたい自己記録ということで最終局面に臨んだわけです。幸いに午後1時過ぎの時点で950尾という数字をカウントできていましたので、なんとしても1000尾に乗せたい、それにはマハゼ以外のハゼの数をどれだけ見積もっておくかという深刻な試算をしたわけです。出した結論は私のカウントで1000尾になった時点で、上乗せ分として100尾を余分に釣るというものでした。
午後2時半になった時にこの予定数を釣りましたので納竿しました。船宿で検量してもらったところダボハゼと私が言ったマハゼ以外のハゼが47尾もいたのです。これはすごいことです。ずいぶんとダボがいましたと船頭さんが驚いていました。全部持ってきたからね、とは私の返事。
結局、1100尾と数えて上がったのが1052尾しかいなかったわけです。これはほとんど薄氷を踏む様なカウントだったと思いました。もしも50尾を上乗せしただけで終わっていたら1000尾すれすれだったわけです。ひょっとしたら995尾とかになっていたかもしれません。
このように、カウントするということは、とても自分自身の心とか気持ちに対して微妙な駆け引きが必要になるわけです。
2013.5.31の経験からもう一つ言えることは、船宿の検量が「情け容赦のないとても厳格なもの」だということです。マハゼではないとして、とても厳密にマハゼ以外のハゼを除くわけです。私が伊藤遊船さんの常連客であるにもかかわらずその点について妥協がないわけです。
このことはかえって伊藤遊船さんのハゼの釣果の信用性を証明するものです。いい加減な手心というものがないわけです。また自己申告数字をいくら言っても実際に数えますし、ハゼを選別するわけですから、数字に自信がない方は自己申告するだけでハゼを数えさせてくれず、ハゼを見せないで持ち帰ってしまうわけです。
このように検量を厳格にやるということは船宿の財産であるわけです。このようなことの積み重ねというものが船宿の信用になるわけです。釣果の確認をおろそかには絶対にできないものなのです。少なくともサオ頭と2番手、そして一番少なかった人の釣果は確認する必要があるでしょう。
ネットや新聞に載せる釣果は絶対の自信がある数字を載せるという船宿の姿勢がこの度の5月のミャク釣り1000尾のときにはからずも実証されたと思っています。
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| 2012年11月1日(木) |
| その69. 2012年10月のハゼ釣り実績について |
本稿中記載の誤りと説明不足に気づきましたので赤字太字部分のように訂正いたしました。お気づきの方もおられたと思いますが申し訳ありませんでした。なお、今季のハゼ釣りの流れについては文中のままでいいと考えています。2012.11.15訂正。
2012年11月1日
10月のリール釣り実績は次の通りでした。
107、151、154、121、93尾で合計626尾、釣行1回平均125尾でした。
釣り時間については、6、6、9、7、8時間で合計36時間、釣行1回平均7.2時間、1時間平均釣果17.3尾でした。
9月末のアオシオ被害前のリールでの釣況は次の通りでした。
8月、531、332、522、516、614、717、636、721、541、合計5130尾、1回平均570尾
9月、555、529、534、564、506、合計2688尾、1回平均537尾
8月と9月の合計7818尾、1回平均558尾でした。
釣り時間は、8月は7、4、6、7.5、7.5、8.5、8、8、8で合計64.5時間、1時間平均79.5尾
9月の釣り時間は8、8.5、7、8、7.25で合計38.75時間、1時間平均69.3尾
8月と9月の釣り時間の合計103.25時間、1時間平均75.7尾の釣果でした。なお、釣行は14回でしたので1回平均の釣り時間は7.37時間でした。
8〜9月のリール釣り釣果とアオシオ被害後の10月のリール釣り釣果を比べますと1回当たりの平均釣果は8〜9月は558尾で10月は125尾ですので前月比−77.6%となります。つまり前月までの釣果の22.4%の釣果にダウンしたわけです。
このことは何を意味するかと考えますと、これはどうしても「8〜9月に釣れていたハゼのおよそ77.6%が死んでしまった」ということだと思うのです。私の長年の経験からしますと、ハゼは「いれば必ず釣れてしまう」という認識があるからです。私の推測があながち的外れだとは思えないのです。
それと6〜7月のミャク釣り実績を記しますと次の通りです。
471、762、613、828、742、662、1019、841、902、569尾で合計7409尾、釣行1回平均釣果740尾でした。
釣り時間は、7.5、8、7.5、8.75、7.5、8、9.5、9、9、7.5時間、合計82.25時間、釣行1回平均8.25時間、1時間平均釣果は90尾でした。
前年の2011年6〜7月のミャク釣り実績は次の通りでした。
880、1258、1202、1081、1058、748、1030、1217、1094、1044、1070尾で合計11682尾、1回平均釣果1062尾でした。
釣り時間は9.5、8、8.75、7.5、8、6.5、8、7、8、8、6時間で合計85.25時間、1回平均釣り時間は7.75時間、1時間平均釣果は137尾でした。
2012年と2011年の6〜7月の釣果を比較しますと、2012年は7409尾、2011年は11682尾で前年比63.4%の釣果でした。2011年のほうが釣行回数が1回多いので釣行1回平均釣果を比較しますと、2012年は740尾/回で2011年は1062尾/回ですから、平均釣果では2012年のほうが前年比69.6%の釣果で、言い換えれば−30.4%の釣果でした。
このことは何を意味しているかと言いますと、、2012年のミャク釣りをした6〜7月のハゼの魚影が2011年よりも極端に薄くて、「2011年のときの同時期の70%しかハゼがいなかった」と結論付ける事が出来ると思うのです。つまり6月初めのアオシオによって「そのときのハゼの30〜60%は死んでしまった」といえるのです。ミャク釣り釣果はアオシオ後の孵化によってハゼの補充が成された時点での私の釣果を含みますので、死んだハゼの割合というものは私が釣ったハゼの割合よりも大きくたくさん死んでいたと思うのです。
このことは私の推論に過ぎませんが、あながち当たらずとも遠からずであると思っています。
つまり、6月の初旬の時点で前年比最大でも70%(アオシオ直後の実際のハゼの死滅割合は60%を超えると私は思っています)のハゼしか生き残らなかったのではないのかということ、その後ハゼが補充されたとしても前年の魚影にまで回復する事はなくとても薄い魚影だったこと、それに加えて9月末のアオシオで更にその時点でのハゼの77.6%ものハゼが死んでしまったのではないのかということ、等々が考えられると思うのです。
これはもう惨憺たる有様であって、近年では2度目の大きな被害ということになります。
このようなことはかつては経験していない事でした。
2012年のハゼ釣りはこのような極端に薄い魚影の中でしているわけで、どのように考えても魚影の回復はとても望めないと言えるでしょう。
このような実状であるからには釣り人である私としては「釣り方の工夫」をもっともっと徹底して「ハゼを探して釣り歩く」ということをするしかないと思っています。
幸いと言っては不謹慎ですが、「魚影が極端に薄い分だけハゼの魚体がとても大きい」という現実がありますので、江戸川放水路で例年釣れてくるハゼと比較しますと「とても大きなハゼ」がいまは釣れているのです。
その放水路としては「大きすぎるハゼ」をいまは釣るしかないと思っています。これも仕方がありません。大きなハゼを楽しむのもいいと思うのです。ひょっとしたら来年はこのような大きなハゼを川の中では釣ることが出来ないほどにハゼがたくさんいるということになるかもしれないからです。それこそが江戸川放水路の「本来の姿」だと思うからです。
なお、最後に水温について記しておきます。
2012年10月の水温は、25、20.5、19.5、19、16.5℃で平均水温は20.1℃でした。
同年8〜9月の水温は、29.5、30、28、26、29、29、29、29.5、30.5、28、27.5、28、28、26.5℃で平均水温は28.4℃でした。
10月の水温の著しい低下状況が分かるでしょう。
ちなみに2011年の8〜9月と10月の水温を記しておきます。
2011年8〜9月は、24、26、30、31、31、28、27、25、27、29、23℃で平均水温は27.3℃でしたので2012年のほうが平均で1.1℃も高かったのです。
2011年の10月の水温は、21、21、21、22、20.5、20、18、18℃で平均水温は20.1℃で2012年の平均水温と同じでした。ただし、2012年は残暑厳しいということで25℃という水温が月初にあり、これを除いたデータでは平均水温は18.8℃であり、2012年のほうが2011年よりは1.3℃も平均水温が低いのです。
私の測定値としては、8〜9月の平均水温は2012年のほうが2011年よりも1.1℃も高く、10月の平均水温は2012年のほうが2011年よりも1.3℃も低いという結論付けが出来ます。
以上の測定値から推測できる事は、2012年のハゼ釣りの終焉が例年よりも早いのではないのか、ということです。
もちろんそれはハゼの絶対数とハゼの動き次第で変わることですが今後の推移を見守るしかないのではないのでしょうか. |
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| 2012年10月14日(日) |
| その68. 「珍」記録 |
2012年10月14日
ようやく忙しさが一段落しましたので、この項を書く事が出来ます。
私にとっては「新」記録というよりは「珍」記録と言ったほうがよい記録がでました。
それは何かと言いますと、「ミャク釣りの釣果」よりも「リール釣りの釣果」の方がとうとう上回ってしまったからです。
10月10日現在でリール釣り釣果8076尾です。ミャク釣りは7月30日に終了させていて、釣果8046尾でした。
こんなことは、私が江戸川放水路でハゼ釣りを始めてから初めてのことです。
もちろんその原因となった最大のものは6月初旬のアオシオによるハゼの大量死によるものです。このときの被害は惨憺たるものであって、2〜6pほどのハゼが折り重なって真っ白になって、まるでスーパーで売っているシラスを箱ごと全部をぶちまけたような光景が延々と放水路の岸辺を覆っていたのでした。
ハゼがとても小さい段階の被害でしたので、被害の数は見た目以上に想像を絶するほどと推定いたしました。
このこととあいまって海草の大発生が重なりました。ミャク釣りをするような絶好のポイントには海草が生い茂ってしまってとても釣りがやりにくかったのでした。
そこで7月20日に今シーズン最初の1019尾を釣ったのをしおにミャク釣りを止めることにして月末まで釣りをして8月から思い切ってリール釣りに変更しました。
私のハゼ釣りはミャク釣りのときはいつも1000尾を目標に釣っていましたので、その可能性がとても低くなったと判断した時点で中止したのです。私としては「面白くないから」でした。
ところが、リール釣りでは「とても楽しく面白く500尾超」の釣りをいたしました。これは@季節が8月ということで水温が高いA比較的浅場にハゼがいるB動きが活発Cリール釣りの人がほぼ皆無ということでとてもリール釣りがしやすい環境でした。
8月の釣りとしては@「常に」500尾超を目指すA1時間当た釣果60尾超を目指すB酷暑なので500尾を釣った時点で納竿するという方針で臨みました。絶対釣果が大きく伸びなかったのはそのためでした。
今年の特殊要因があったとしても、8月のリール釣りは過去24年間ではじめての経験でしたので、私としては「経験と実績を積む」とともに、釣りやすい状況を利用して「釣技の練磨」つまり「稽古を積む」ということに重点をおきました。
このことは釣り方そのものの練磨だけでは終らせずに「ハゼの着き場を百発百中で当てる」という確率を大きく増やす意志もありました。この点については大成功だったと自負しています。
リール釣りの場合はミャク釣りと違って移動するのに手間取ります。どのように手早くしてもどうしてもミャク釣りのような移動時間にはなりません。
私の表現では「店が広がっているから」移動に手間取るわけです。ですからミャク釣りの場合とは比較にならないような確率でハゼの着き場を当てなければならないのです。この点で失敗しますと500尾という釣果は打てません。
今年は特に魚影が薄いためにリール釣りに変更したわけですからポイント選定はよりいっそう重要だったわけです。
なお、今後のハゼ釣りは状況が好転する条件がほとんど見あたりません。
9月24日からのアオシオと9/29台風18号、10/1台風17号によって川相は一変して、晩秋から初冬のような様相に変わってしまいました。それを見て私は今後の釣果の予想を立てました。つまり、一日100尾という設定に変えたのです。目標が5分の1になったわけです。
江戸川放水路内でのリール釣りで、しかも10月に釣りをするのに目標100尾などというのは私にとっては異例中の異例です。こんなことはかつてなかったことです。
実際に釣りをして見ますと予想通りの魚影です。とても厳しい状況です。これは私の釣り談義を読んでおられるみなさんと共通の認識だと思います。
一体全体ハゼはどこへ行ってしまったのかということです。9月のアオシオで相当数のハゼが死んでしまったという現実もあろうかと思います。
また季節が一気に初冬へ向かうということでハゼの動きに大きな変化があったとも思えます。一番の原因は魚影の薄さそのものにあると私は思っています。
もしも私の予想が当たらずとも遠からずで、それに近い状況であるとすれば、私の釣り方をもっと徹底的に初冬の釣りにすべきだと思ったのです。
具体的には、放水路内であるにも関わらず@仕掛けについては深場の釣りの長仕掛けにすることAサオを7本に増やして釣ることB置きザオ時間を厳密に確保することCエサの長さを5pと長くすること等々の対策に変更する事にしました。キャスティングについては@広範囲を探るべく思い切って30〜40mほどの遠投をする、これはオモリが6号なのでこれ以上は飛ばせないのです。A探りについては最初の聞きアワセで空振りしても誘ってそのまままた置きザオにしてそれを繰り返すという方法にしました。エサが長い事とエサとりが激減したことがそれを可能にしたのです。
10月10日は釣果151尾でしたがこのような前提と準備があってのものでした。
今年のハゼ釣りは例年では見られないことがたくさん経験できています。将来の釣りにどのように生かせるか分かりませんが、それはそれとして現況でのハゼ釣りを「私なりに楽しんで」過ごしたいと思っています。
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| 2012年10月2日(火) |
| その67. 2012年8月と9月のリール釣り実績について |
2012年10月2日
2012年のハゼ釣りは既報のように6月初旬のアオシオによるハゼの大量死によって「ハゼの絶対数がものすごく少ない??」と思われる状況で推移しました。
したがって私の「ミャク釣りでの釣果」は伸びず、1000尾超は1回だけの実績でした。
ここにいたって、8月からは思い切ってリール釣りに変更しました。
理由は@魚影が極端に薄いという判断、したがってハゼを「捜し歩いて釣る非効率」を嫌ったことA海草がミャク釣り適地に大量に繁茂してミャク釣りの大きな障害になったことB以上の状況を逆手にとって、リール釣りの「稽古を積むこと」を決意したことC及び、過去24年間で初めて8月のデータを収集することにした等々でした。
8月と9月の実績は次の通りでした。目標は@釣行1回で500尾超A総釣行で1時間平均60尾超の二点でした。目標は達成できたと思っています。
本日、8月と9月の釣果を総括したのは、アオシオと台風17号によって、8月と9月の実績と、これから10月の実績とはデータとしては大きな断絶が出来るものと判断したからです。
8月、531、332(雷雨)、522、516、614、717、636、721、541、合計5130尾、1回平均570尾
9月、555、529、534、564、506、合計2688尾、1回平均537尾
8月と9月の合計7818尾、1回平均558尾でした。
釣り時間は、8月は7、4、6、7.5、7.5、8.5、8、8、8で合計64.5時間、1時間平均79.5尾
釣り時間の9月は8、8.5、7、8、7.25で合計38.75時間、1時間平均69.3尾
8月と9月の釣り時間の合計103.25時間、1時間平均75.7尾の釣果でした。なお、釣行は14回でしたので1回平均の釣り時間は7.37時間でした。
それから、タックル等は@リールザオ5本使用、時には4本にしたことがあるAアオイソメB袖バリ3号あるいは3.5号C幹糸1.5号D仕掛け全長1m、3本バリ自製仕掛けEキステンビン腕長12cmのものFオモリナス型6号G基本的にボートからの投げ釣り釣法という方法で釣りをしました。
釣り方は@置きザオ釣法に徹するA必ず聞きアワセをするローテーションを決めてそれを忠実に実行するBハリを呑ませて釣ることができればよしとするC投入してからの最初の聞きアワセで必ず釣るD3本バリなのでサオ上げ1回平均2尾が釣れるよう堅持するEDを維持できないときは移動するF1時間に最低60尾超を釣れるよう努力するG置きザオでタイム釣り(最低3分以上は聞きアワセをしない)を守り、聞きアワセ時間を決して短くしないH仕掛け交換時間を1分以内とする、そのための準備を欠かさないこと等々でした。
8月と9月のリール釣りは、そもそも@水温が高い状況の釣りでありA私にとっては「500尾を釣って当たり前」の条件B500尾釣れない方が異常という感覚の釣りでした。
今年も「酷暑」ということで、500尾に達した時点で納竿することとし、絶対釣果は伸びませんが1時間平均釣果を重視して1時間平均60尾を必ず上回れるよう努力しました。
以上の点は達成することが出来ました。
ミャク釣り1000尾とリール釣り500尾は似たような関係にあると思っています。リール釣りでの500尾はおおよその点でミャク釣り1000尾に匹敵する釣果だと思っています。
今年の8月と9月も例年のように高温でリール釣りが「容易にできた」という条件もありますが、いずれにしてもリール釣りで500尾に到達するには@500尾に達するための釣りについてのそれなりの総合的な技術の集積だと思いますし、A500尾を釣るという情熱とかゆるぎない決意とかが必要だと思っています。その意味ではいろいろな方々について取り組み方に違いがありますので、少なくとも私と同じ気持ちで臨まれる方で500尾に届かない方は@とAいずれかで研究の余地があるのだろうと思えるのです。このことは私の経験からそのように申上げることが出来るわけです。しかし、そのことを一様にみなさん方に望んでいるわけではありません。楽しみ方と釣りの姿勢というものは十人十色でいいと思うからです。
さて、アオシオ後の10月の釣りはといいますと、これは例年のごとくに同じような事が繰り返されているわけです。とくに明日10月3日は台風17号による東京湾の南東の風による波4mあるいは3mで江戸川放水路は高波と河川敷が満潮時に3日も冠水する高潮で、川底の「底荒れ後の釣り」ということ、そして、急激な気温の低下とアオシオ後という条件下の釣りであるわけです。
そのような事で、「釣ってみなければハゼのご機嫌が分からない」という釣りになってしまいました。
私の目標とする一日500尾超、1時間平均60尾超の釣りが実現できるかどうか楽しみな10月です。
なお、例年、500尾超の実績は10月にたくさん出ている事を申し添えます。 |
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| 2012年8月3日(金) |
| その66. ハゼ大量死、数百万尾か!? |
2012.6.1
6月1日正午過ぎに江戸川放水路の伊藤遊船さんへ行きました。
私の顔を見るなり女将さんが「ハゼ死んじゃったわよ」というのです。
私は「エッ」と絶句しました。というのはこのところずっと「赤潮」続きでしたから、これまでの24年の経験からは赤潮がどれほどひどくても赤潮だけでハゼが死ぬということは経験していなかったからでした。
側にいた船頭さんが補足をしてくれました。アオシオの匂いがするのですよね、と言うのです。それでナットクです。問題はアオシオが「海で出たのか川の中で出たのか」です。船頭さんとの会話で、「多分、新行徳橋付近で出たのだろう」という結論になりました。
その後、私は桟橋の先端まで行き目視、桟橋の先端部分では浮いて流れるハゼはありませんでした。岸近くなった干潟には2〜6cmほどのハゼが「大量に」死んで白い腹をみせています。これがとてもたくさんあるのです。周囲は「死臭」が強く漂っています。
その足で東西線鉄橋下へ行きました。ここも干潟部分には足の踏み場もないほどのはぜの死骸です。波打ち際を歩きました。まだ元気のあるハゼが水際からいっせいにザザーッと逃げます。このハゼだけは死なないで欲しいと思いました。
水が引いていくに従って取り残されたハゼの死骸が1mほどの間隔で岸から沖へと帯状に3本ほど横になって連なっています。ところどころに密集したハゼの死骸が固まりになってあります。ちょうど縦60p横120cm深さ10cmほどの容器に入れてある「シラス」を箱ごと干潟や水際にぶちあけたような塊です。それが上げ潮と船の引き波でゆらゆら揺れて崩れているのです。ハゼが2〜6cmととても小さいので、この一箇所の塊だけでどれほどたくさんのハゼがいるのか見当もつきません。ともかくたいへんな数のハゼが死んでいます。
東西線鉄橋下手の青い送水管の下へ来ました。この辺も死臭と死骸で凄いです。エビ、ヒイラギ、マゴチ、オボコ、セイゴっ子等々いろいろな魚が死んでいます。
石畳の先端まで来ました。干潟を歩いて波除蛇籠の上に乗りました。蛇籠の沖は上げ潮がひたひたと寄せています。水際にいたハゼが私の影を見て一斉に逃げ散りました。岸側の干潟にはハゼの死骸が散乱しています。
総じて、下流へ行くほどハゼの死骸は少なくなっていました。
水色は本日の正午現在は赤茶けた水で、醤油をぶちまけたような色です。その色が透明なのか濁っているのか、とても変な色をしています。
毎年7〜9月にかけて大規模なアオシオがありハゼが死にますが、その頃のハゼは10cm前後と大きいので死骸も確認しやすいですし数を推測するのも慣れています。ところが本日のハゼの死骸はちょうど食卓にのぼるシラスのようで、白いとても小さな魚体が折り重なって密集しているのです。これは一目見ただけで大変な数がいると思ったのです。
私の経験と憶測で申し上げますと「数百万尾」は死んだのだろうと思うのです。
本日までの徴候はすでにこの前の日曜日にはあったと思うのです。その日は私はハゼを釣って462尾だったのですが、この日はとてもひどい赤潮だったのです。食い渋りの時間が長かったです。私の経験では江戸川のハゼは赤潮で死んだという記録も記憶もありません。そのことから、食い渋りで終ってくれて、赤潮が流れ去れば食いは戻ると思いました。
ところが、最上流域で「アオシオ」が出てしまったのでは、ハゼは「赤潮」と「アオシオ」のダブルパンチです。
つまり、水面は赤潮で酸欠、川底はアオシオで酸欠ということで「逃げ場」がないのです。
船宿の話では5月29日(火)にはヒイラギが死んだといいます。これが一番早く打撃を受けました。つぎに浮いてプカプカしたのはオボコだったそうです。オボコはイナッコになりボラになります。次はセイゴっ子だったそうです。
5月31日にはとうとうハゼが川の中を棒状に突っ立ってプカプカと浮いて帯のようになって下流へ流れていったそうです。そのハゼが力尽きて死んで東西線車庫前の蛇籠の裏の干潟に打上げられたのかも知れません。
今朝になって岸際の干潟や水際や岸辺の水中に大量のハゼの死骸が散乱していたのです。
今後の推移は全く予測不明ですが、早く水質が戻ってくれて生き残ったハゼがこれ以上死ぬことのないように祈るのみです。
堤防の工事、行徳可動堰の付け替え工事等々最上流域での工事が盛んに行われてきましたが、そのことをアオシオ発生やハゼの大量死に関連付ける意見も聞かれるのですが、そのことについての因果関係は全く不明です。ともかく赤潮とアオシオが同時に重なってハゼの大量死にいたったということだけは確かなことだと思ったのです。
伊藤遊船さんを辞してからいきつけの釣具店へ行きました。そこでハゼの情報がありました。最上流域の船宿の桟橋で「桟橋釣り」をしているお客さんがとてもたくさん来る店です。その情報として本日の朝釣りに行ったら桟橋周辺の浅瀬にたくさんのハゼの死骸があったというのです。とてもたくさん、というところに力の入った物言いでした。だから、死んだハゼは持ってきちゃダメなのよ、いつ死んだかわかんないんだから、とお客さんに私言ったのよ、とは店主の女将さんの言葉。
ともかく今年のハゼはどうなっちゃうんでしょうねえ、というのがお店にいた釣り客たちの意見でした。
明日の土曜日、明後日の日曜日のハゼ釣りは、水質さえ元に戻ってさえいればハゼは釣れる、と申し上げられます。これは私の意見です。水際から逃げ散るたくさんのハゼが目撃できているからです。
その場合であっても、本日私が目視して数百万尾は死んだのではないのかとここに書いたように、想像を絶するハゼが大量死しているわけですから、確実にその数だけはハゼが少なくなってしまったわけです。ですから、釣れるには釣れても、死んでしまったハゼは釣れませんので、その分だけは「魚影は薄くなった」ということで、そのことだけを念頭に入れて釣行すればいいと思います。
本日死んだハゼはいま時としてもデキの大中小、つまり2〜6pのハゼが入り交じって死んでいましたので、一番子だけが死んだとはとても言えません。つまり二番子だって死んでいます。三番子も交じっているでしょう。このようにしてこの春先から孵化してきた1〜3番子のハゼが死んだということです。生き残ったハゼも死んだハゼよりもたくさんいると思いますので(これは私の希望的観測)今後の成り行きを注視したいと思います。
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| 2011年12月29日(木) |
| その65. 2011年のハゼ釣りを振り返って |
2011.12.29
2011年のハゼ釣り実績については@釣果27853尾(7位/23)A1000尾回数17回(6位/23)Bリール500尾以上5回C落ちハゼ100以上尾5回Cヒネハゼリール0尾という結果でした。
釣果を振り返りますと、まずまずで、例年以上の釣果実績となっています。
しかし、数字だけでは示すことが出来ないいくつかの困難があり、ハゼの棲息を危惧した時期もありました。
2011年は、2010年末のハゼの釣れ具合から、多数の越冬ハゼが予測され、2011年のヒネハゼ釣りをとても楽しみに待ちました。
ところが、シーズン当初の4月29日の祭日に試し釣りをしたところ、釣果0となりました。上流域の5ヶ所を釣り歩いた結果でした。
このことから、私は、今季のヒネハゼ釣りを断念いたしました。このことは、たった一回だけで断念するのは早計ではないのか、というご意見もあるかと思いますが、私なりの過去の実績から、今回のようなオデコをくらうという状況では5月中のヒネハゼ釣りは絶望的と判断いたしました。似たような記録が飛び飛びに積み重なっていたわけです。しかし、絶対に1匹も釣れない、ということではなくて、多勢のみなさんがサオを出してみれば、そのうちの誰かさんくらいは1尾や2尾は釣れるだろう、という程度の釣果だと判断したわけです。
そのようなわけで、2011年のヒネハゼ釣りは釣果0で終ったのでした。
問題は、何故そのようであったのかということですが、これは「ハゼに訊いてみなければ判らない」というのが私なりの正直な感想です。
すぐに思い浮かぶのは、3月11日の東北地方・太平洋沖地震による影響です。江戸川放水路では@川底と河川敷での液状化による深部からの砂の噴出しA川底の凸凹の出現B川底がとても硬くコチコチに締まってしまったことC放水路全体の沈下(干潟の減少、水位が高くなる、傾斜地の増加)等々の現象が見られました。また、3月11日午後5時過ぎには推定2.5mほどの津波が襲来しました。翌日の午後になっても頻繁に「引き波」と「津波」が交互に放水路を襲い、流れは共に速いものでした。
このようなことから、今季のハゼの「孵化」そのものも大いに危惧されました。
そのようなときに、ヒネハゼ釣りが絶望的な状況となったために、その原因を大津波に由来するものとする意見も見受けられました。それは至極当然のことであって、川相の大きな変化を目の当たりにいたしますと、そのようにも考えられたわけです。
私としては、手帳に記録した過去の実績を振り返って、もう一つの可能性を考えたわけです。それは、地震等の天災、アオシオ等の人災などが全くなかった年であっても、その翌年にヒネハゼ釣りが思わしくなかったという年が実際にあったということです。
このことは胸にしまっておいて、6月からデキハゼ釣りの推移を見守ることにいたしました。
結果としては、デキハゼは順調に孵化と生長を続けて、みなさんもご存知のような、幸いとしか言い様のない「豊漁」に近い釣れ具合となったわけです。
これは「自然の復元力」と表現してしまえば済むわけですが、一方では、大地震と大津波の影響は多少はあったのでしょうが、大きな打撃にはならなかったものと思ったのです。
ところが、順調に釣れているハゼに水を差すように6月27日のアオシオ、7月23日〜24日のアオシオ(ハゼ少し死ぬ)、8月21日〜24日のアオシオ(私の推定100万尾以上死ぬ??)という事態になってしまいました。
このため、湾岸道路から下流域については壊滅的な状況であって、高圧線付近においても型をみる程度になってしまいました。ハゼはアオシオに追い立てられて@死んだA上流域へ逃げた、ということで、アオシオ後は上流域あるいは中流域の妙典排水樋門までのエリアでの釣りに限定されてしまいました。
このことから、やむを得ず、「釣れる場所で釣ろう」と腹をくくって釣りに臨みました。
秋になって9月19日に台風16号、9月21日に台風15号が通過して、利根川上流域に降った雨水を江戸川放水路から放水いたしました。このことによって川相はまた一段と変化しましたので、私はミャク釣りからリール釣りへと釣り方を変えました。
リール釣りは、湾岸道路よりも上流域で一日500尾を目標で釣って7回の釣行で500尾以上を5回記録いたしました。
ところが、湾岸道路から下流域ではアオシオ被害からの回復が進んでいないらしくて10月11日に偵察釣りをして303尾で終ってしまいました。このときに、下流域のリール釣りを断念し、中流域と上流域に絞りました。
落ちハゼのリール釣りについては、2010年の壊滅的な事態にはならずに、そこそこに釣れました。しかし、釣果としては「通常年の半分から三分の一」というものだと判断いたしました。これは10月19日という早い段階での試し釣りで127尾を釣り、「釣れたことに対する感激」というものがあったわけです。前年同様の「貧果」を考えていましたので、最初の1尾を「難なく釣り上げた」ときの喜びはとても文章では著せないほどのものだったのでした。
その後10月24日253尾、10月27日135尾ということで、平日の大型船が入港するときの釣果ですが、これは私の通常年の釣果と比較しますと、よくて半分、悪いときは三分の一というものでした。
このことから、行徳港内深場は2010年のアオシオのときのような壊滅的な被害は免れたものと判断しましたが、魚影としてはよくて半分、場合によっては三分の一という評価をいたしました。
現実のみなさんの釣果を拝見していますと、私の予測は大体ですが当たっていたものと総括しています。
私自身の行徳港内深場の釣りはとうとう、休日の釣りをするチャンスがなくて、平日の釣りだけで終ってしまいました。また、12月の釣りは個人的な事情で今年は出来ないで終ってしまって残念な思いがしています。
これまでに行徳港内深場の釣りのチャンスが少なかった方たちも、今年は遅くまでまずまずハゼが釣れていましたので、「いい思い」ができた方も多かったのではないかと思いました。
2012年のハゼ釣りが順調に推移できるよう「神頼み」ですが、初夢を大いに見たいものだと思っています。
なお、平成元年〜平成23年までの23年間の累計の釣果は461351尾、20058尾/年、1000尾釣り216回となりました。釣果はすべて船宿の現認(検量数字)です。
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| 2011年11月28日(月) |
| その64. 2011年11月のハゼ釣り実績について |
2011.11.28
11月の釣果は次の通りです。すべてリール釣りです。
11/4 157尾(行徳港内、7h)、11/7 521尾(川の中、8.5h)、11/16 76尾(行徳港内、木枯らし、6.5h)、11/20 111尾(行徳港内、5時間50分)でした。
江戸川放水路内のリール釣りは1回、521尾、61.2尾/1時間でした。。
行徳港内深場の釣りは3回、344尾、114尾/回、19.8時間、17.3尾/1時間でした。。100尾超2回、未満1回でした。
江戸川放水路内の釣りは、例年、11月中も中流域でよく釣れて、上流域も釣れる日が何度かあります。私の今年の放水路内での11月の釣りは1回だけですが、実際にはもっと釣ることができるチャンスは多かったのです。今年は深場の釣りの偵察釣りを優先したところ、比較的に釣れましたので、放水路内の釣りをしなかっただけでした。ボート店さんとしては、深場の釣りが通常年よりも釣果が少ないと見込んでいたことから、11月中については、放水路内での釣り場探しで苦労されたと私なりに感じています。幸いに上流域と中流域で釣れるエリアが交互にありましたので、お客さんを案内できたと思っています。ただ、湾岸道路よりも下流にあたるエリアについては、アオシオの影響が色濃く残ってしまって、通常年のような釣りはもちろんのこと、昨年2010年のようなアオシオ被害の大きかった年のような貧果になってしまいました。
行徳港内深場の釣りは、一日100尾超を目標にしていますが、3回の内2回成功し、1回は木枯らしの大風だったこともあって76尾で納竿となりました。11月中旬までは水温が比較的に高い状態が続いたこともあって、ハゼが行徳港内の深場へ移動していなかったという現象が見られました。これは実際に釣ってみたから言えることですが、11月下旬からは11月中旬まで貧果だったエリアでも釣れ始まりましたので、昨年のような超貧果という状況はないものと思っています。今後12月の釣りとしては、休日の釣りであれば大型船の出入港も少ないことから目標を20〜60尾で釣行すれば15〜18cm中心の良型が釣れてくると思っています。
11月の水温は次の通りでした。
2011年 19、19、15、16.5℃。平均水温17.3℃でした。
2010年 17、16、15、16℃。平均水温16℃でした。
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| 2011年11月26日(土) |
| その63. リール釣りで最初の誘いでハゼを釣りたい |
2011.11.26
ボートからの投げ釣りといいますと「奇妙な感じ」をうける方もおられるかも知れません。
私が江戸川放水路のボート釣りでリールでハゼを釣るときの基本的な釣法は「ボートからの投げ釣り」です。
いまはハゼ釣りも江戸川での釣りだけにしてしまいましたが、以前は江戸川放水路最下流の岸壁、千葉港・長浦港・その他等々の港湾施設内からの投げ釣りでハゼを釣っていました。
このときに師匠に教わったことは、「必ず水深を意識すること」、ということでした。これは言い換えれば「ハゼが釣れてくる水深を知りなさい」という意味だと私は解釈しました。この「陸釣りの投げ釣り」での「水深を意識するという釣法」を、結果として「江戸川のボートのリールでのハゼ釣り」に適用したわけです。ですから、従来のリール釣りの釣法で釣りをしている方には、私のリール釣りがとても「変わって」見えたと思っています。それに「平気で」「サオ5〜7本」を「振り回して」いるからです。しかも、「置きザオ」で「サオを上げる度」に「釣れてくる」というこを近くで御覧になっているわけです。
水深を知る方法としては、陸から投げる場合でも、ボートから投げる場合でも、基本的にはオモリの着水地点の水深は分からないわけです。常連さんの場合で、度々同一ポイントでの釣りを積み重ねた方は別として、私を含めて「普通の場合は」よく分からないわけです。これは地震や津波、高潮、洪水などで、底の状態はたびたび変化するからです。また、浚渫船が来て、底を掘ってしまうことも結構あるわけです。
ですから、水深をある程度「推測」するには、つまり、何mなどという尺度ではなくて、あの辺りはカウント5で、この方角はカウント7で、この方角の更に先はカウント4しかなかった、とか、オモリが着水した瞬間からオモリが着底するまでの時間を自分なりの速さで「カウントする」という方法を「開発」したわけです。ただし、「満潮」「干潮」の時間帯によって多少の「修正」は必要です。ですから、「常に」カウントする心掛けが大切なのです。
この方法はいつも同じ設定で、つまり、@着水した瞬間直前までにリールから出ているラインにストップをかけて着水させるのかAラインにストップをかけないでオモリが斜めに水面へ突き刺さるように着水させるのか、という違いはありますが、いずれにしても同じ動作が必要になります。
@の場合であっても、B着水した瞬間から先もラインをストップしたままでオモリを手前へ引き戻す形で着底を待つのかC着水直後にラインを一瞬5mほど分ほど送り出して(これはストップしているラインから手を離してサオを一回、前から後へあおればちょうど5mほどになります)から、再度、ラインをストップするのか、でオモリの水中を落下する動きが違います。つまり、斜めに水中を落下させるのか、真下へ落下させるのかということです。
私がこの方法の使い分けをする場合は、D深場の場合はCの方法を採用し、E水深が3m前後の川の中の場合はBの方法で釣りをしています。浅ければラインに引かれてオモリが手前へ戻る距離も無視できるくらいだと思えるからです。浅場ですと着水後にラインを再度わずかでも送り出しますとカウントするヒマもなく着底してしまうからです。その点は5〜7mという深さであれば、Fオモリが斜めに水中を前方へ突き進むことよりもGなるべく着水地点から真下へ落下することのほうを優先したいからです。気持としては「真下」へ落下していると思っていても実際はそうでないかもしれませんが、それでもCの方法を採用しています。
また、深場では私はBの方法、つまり、着水した瞬間から先もラインをストップしたままで着底を待つという方法は、結果的に投げた距離を「無駄にする」ことですから、つまり、30m投げたはずなのに、ラインをストップしたままでいたために実際には25m地点に着底するとかいうことになりますので、基本的にはこの方法は使いません。
しかし、この方法は一方では、「すべてダメ」と一概には否定はできません。なぜならば、投げ方によっては狙っていた距離よりもさらに先へオモリが着水してしまったということがあるかと思いますが、これは見ていて分かりますから、そんなときはラインをストップしたままでいれば手前へオモリは戻ってきて、希望の距離のポイントに着底するというわけです。使い道はあるということです。
私は、深場の釣りのリール釣りの場合は、着水の一瞬前にラインを止め、オモリを着水させます。するとどういう現象が目撃できるかといいますと、テンビンにセットしてある仕掛けが、2本バリか3本バリかに関係なく、着水地点の水しぶきの更に前方へ振り子のように振り出されるのが見えます(これは浅場でも同様にしています)。これでラインをストップさせた最初の目的が達成できるのです。つまり、着水直後には仕掛けがラインやテンビンなどに絡んでいなかったということを確認できるからです。もしも絡んでいますと投入したとしても「ハゼを釣る」という最終目標の達成はとても困難になるからです。
ラインを止めた着水が成功したとしますと、次は、「落下」です。深場の場合はラインを止めたままですと、糸フケしたラインの抵抗によって(これに風と潮の影響が加わります)オモリはサオ先の方角へ「戻って」きてしまうのです(潮がオモリの先へ流れているときは戻りが少なくなります)。遠くへ投げたつもりなのにボートのすぐ近くにラインとオモリがあるということはそのようなことから想像できるのです。
これを避けるためには、着水した瞬間が確認できたらば、その瞬間にラインを再度送り出してやればいいわけです。そうすれば手前へオモリが戻ってしまうことを大分避けられます。ラインを再度送り出す長さは水深によって違いますが、行徳港内であれば5mも出してやれば十分です。方法としては、着水が確認できた瞬間に斜め前方へ突き出していたサオ先を頭上へ一回だけあおってやればそれでいいのです。もちろんあおる瞬間はラインはフリーにしておきます。そしてすぐにラインをストップの状態にしてサオ先を前方へちょっと傾け加減にしておいて、オモリの着底を待ちます。サオ先を見ていますと、糸フケしているラインが徐々に張ってきて、着底はラインとサオ先へ「トン」という感じの動きが表れますからわかります。
着底が確認できたら、すばやく糸フケを巻き取ります。これは瞬時に出来るでしょう。ラインが張ったら、これはオモリの重さでサオ先が前方へシナリますからわかります。
この瞬間は「想像ですが」着底したオモリのすぐ近くに仕掛けが上から落下すると思うのです。真上かもしれないしそうでないかもしれませんが「最悪の場合には」テンビンとか道糸とかに仕掛けが絡んでしまいますし、仕掛けそのものも、例えば1本目のハリと3本目とが絡んでしまったとか、あると思うのです。テンビンを出来るだけ大きなものを使うメリットがここで発揮されるのです。最低でも15cm程度のものがいいと思うのです。
ですから、オモリの着底が確認できたら瞬間的に糸フケしているラインを巻き取って、更に、着底しているオモリを「最低」「仕掛けの長さ分だけ」手前へ引き寄せます。こうすれば、これも想像ですが、テンビンなどと仕掛けが絡むことはないと思うのです。このことは私の長年の実践からそのように申し上げられるわけです。
大切なことは、着底直後の仕掛けの絡みを防止する作業が、一面では「最初の誘い」をしている結果になっているということです。この最初の誘いという考え方は、私にとっては極めて大切な考え方になっているのです。
私のリールでのハゼ釣りの基本は、オモリの着底直後の仕掛けの絡み防止の作業として行う「最初の誘いでハゼを釣る」という考え方です。この最初の誘いでハゼを乗せる確率をどれだけ高く保てるかで、その日のリール釣りの釣果がほぼ決まってしまうのです。
私が「偵察釣り」をしたときに、移動のタイミングが極めて早いということは、以上の作業をしているからです。私流で言う「最初の誘い」をして置きザオにした7本のサオすべてが、「最初の聞きアワセ」のときに空振りだった、という状況であれば、私の評価としては極めて厳しい評価をするわけです。たとえ、2回目の聞きアワセ、あるいは3回目の聞きアワセで1尾とか3尾とか釣れたとしても、一日に例えば100尾以上釣りたい、という希望であったとしたら、そのポイントを「放棄」せざるを得ないという結論を出す場合が多いわけです。それは、私の目標が一日で20尾でもよい、というものであったとしたら、そのような状況であっても、1尾とか3尾とか釣れたら、そこで粘ってそれで終わり、ということでもいいのでしょうが、私はいつも「高望み」をしていますので、とても辛抱が出来ないですぐに移動してしまうわけです。
ボートでのリール釣りで「最初の誘いでハゼを釣る」というための「作業」には、以上の行程が私の場合には必要不可欠なものとして身に着いているわけですが、これを別の表現で書くとすれば、それは、「ハゼが釣れてくる水深を調査する」という言葉になります。
つまり、なるべく「正確な水深を知るため」には、「常に同一の作業」が求められるわけですが、それはいま投げた5本のサオがそれぞれ違った評価が出来る投げ方だったとしたら、均一の評価が出来ないと思うのです。
このことは、タックルにもいえます。あるサオはナイロンの2号が巻いてあって、別のサオはナイロンの4号だったとか、あるいは新素材の「切れ難い」「伸びない」「とても丈夫な」ラインだったとか、つまり、サオごとに違った素材や太さのラインですと均一の評価は出来ません。また、オモリもサオごとに12号だったり10号だったり、15号だったりしたら、落下速度は全部違うでしょう。もちろん、テンビンの大きさも一定にしませんと落下の抵抗は全く違ってきます。このように、サオを除いたタックルも出来る限り同一のものに統一したほうが評価は正確になるのです。
サオの硬軟、長短はこの項のテーマの場合はまったく検討課題になりませんので、つまり、投げることと投げたあとのことに影響はありませんので、別項で書いてみたいと思っています。それは「私流の」「置きザオの釣り」の釣法に関する命題でもあるからです。
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| 2011年11月14日(月) |
| その62. 年齢と釣り物 |
2011.11.14
2011年11月現在の私の釣り物は@ハゼAヘラの2種類です。
もちろん、「若いとき」はいろいろと「やりました」。それは「勢い」というものでしょう。
釣りにしても何にしても趣味というものは「情熱」が必要だと思うのです。
要するに、中途半端に適当に「流して」いたら、まず、100%と言っていいくらいに「上達しません」。これは、私の経験からそのように言っているわけです。
もちろん、一生懸命にやるつもりで始めたものが、様々な理由で「頓挫」して、そのまま放棄してしまったものもあります。
私の場合の代表的なものは@将棋とAゴルフです。
将棋は道場に通って、プロの某五段の棋士と2枚落ちで指していただいて、これは道場での「認定試験」だったのですが、幸いにも勝って、日本将棋連盟の「初段」の允許状をいただき、それは当時の永世名人大山康晴氏と名人中原誠氏の連名の允許状です。允許状はいまでもわが家の客間に飾られています。
ところが、さあ、と意気込んだものの、司法書士の国家試験に挑むチャンスをものにしようと、受験勉強を始めてしまったものですから、将棋の「稽古」はまったく放棄して、これは私自身の「伸び盛りの将棋」の出鼻をくじいたわけですが、両天秤は掛けられず、自身の「仕事上の興味」と「経済的誘惑」に勝てずに、将棋を指せなかったわけです。そのような時間を持つことが出来なかったということです。
試験は受験2回、足掛け3年で合格しましたが、合格後は「開業準備」で奔走し、開業してからは日々残業の毎日で、とうとう、将棋はそのまま封印した格好になってしまいました。
ゴルフの方は、サラリーマン時代はとてもゴルフをするだけの経済的な余裕がなかったのが実像です。独立してからは、取引先からの誘いがあり、ゴルフ道具もそろえたのですが、これはとうとう「のめり込まずに」済んだような状況でした。
ゴルフというのは、「接待」とか「お付き合い」的な要素が多いのですが、私の独立後の「営業方針」の一つに「接待はしない」というものがあったものですから、これはとうとう引退するまで15年間をこれで通してしまったわけです。
そんな意味で、取引先の勧めでゴルフ道具はそろえたものの、カビをはやしてそのまま物置に放置してとうとう捨ててしまいました。
趣味というものは、気持だけでは続かないもので、どうしても「お金」「ヒマ」「得て不得手」「そのときどきの方針」に影響されると思うのです。
釣りは、子どものころからの「勝手知ったる遊び」で、「一人でも」「気ままに」「やりたいときに」出来る遊びでしたから、これは長続きしています。もちろん、受験勉強中とか独立開業直後とかは、自然と「自粛」する格好になってしまって、釣行回数もゼロとかなどと「激減」したのです。
しかし、釣りは将棋と違ってどういうわけか「続いた」のです。
独立してからはサラリーマン時代と違って、趣味に使える金額も増やせましたので、もちろん、ゴルフからは遠ざかるようにしていましたが、釣りにかなりのめり込んでいきました。体力もあり、小遣いもあり、気力もあり、土日祝祭日は、釣り釣り釣りの連続になってしまいました。
こうなりますと、東京湾の乗合船釣り、外房の乗合船の釣り、渓流釣り、山上湖でのワカサギ釣り、茨城等の水郷でのマブナ釣り、利根川・常陸利根川等でのハゼ釣りやリールの投げ釣りでのマブナ釣り・体長1mのレンギョ釣り等々、いろいろとのめり込んだわけです。
こうなりますと、休日はほとんど「釣り一色」ということで、まあ、「釣りキチ」とか「釣りバカ」とか「スーさん」とか、称号をもらったわけです。
一口に乗合船の釣りと言ってもジャンルは様々にありますので、師匠に釣れられて、何度もコーチを受け(強制的に釣れていかれたのが真相)、○○新聞のAPCに推薦する、という「ウデ」になったと言われたのでした。これは自画自賛でもなんでもなく、事実であって、問題は、私がそれを「引き受けなかった」のが「大問題」だったわけです。
私が師匠の推薦を「断わった」ことは、私の人生の岐路のひとつだったと今でも思っています。「断わった人間は」初めてだ、といわれたことを思い出します。また、APCになりたい釣り師は山ほどいるんだよ、とも言われました。
私にしてみれば、華々しく紙面を飾る立場よりも、一つ一つの釣りを「思い切りやってみたい」とか、大げさな言い方ではありますが「極めてみたい」とか、そのような意識が「どこかに」あったと思っています。このことは、APCという肩書きがついたとしても、自分の釣りの「限界」を十分にわかっていたと思うのです。
それよりも、ハゼならハゼ、カレイならカレイ、キスならキス、メバルならメバル、マブナならマブナ、ヤマメならヤマメ等々、個別の気に入った魚種の釣りに時間をかけてみたかったわけです。
いまでは大恩ある師匠は他界されましたが、師匠が「免許皆伝」だと言ってくれたのは「ハゼ」でした。だといっても、私としては「まだまだ」「やるべきこと」と「確かめるべきこと」は山ほどありましたので、これは「自分のウデ」というものは、師匠の評価とはまったく別にして、自分が一番よく分かっているわけで、例えハゼを一日1000尾釣ったとしても、「単発」では納得できず、「連続してずっと」ミャク釣り「アベレージ1000尾超」になってこそ、ようやく、ハゼと勝負して勝てた状態だと考えていたわけです。
司法書士の仕事を引退してからというものは、第一に釣りをするための「資金」が減りました。また、年にもなりましたので、「体力」も弱くなりました。
そんなこんなで、毎年のように「釣り物」の見直しをしたわけです。つまり、お金が「かかりすぎる」ものは釣りの回数を行きたいために中止、体力がいるものは中止、命をかけるようなものは中止、すぐに帰宅できにくい釣りは中止等々、減らしていきました。そのようにして最後に残ったのが「江戸川のハゼ釣り」でした。
この時期は、執筆に専念していたこともあって、釣り物はハゼ釣りだけで5年程を過ごしたことが懐かしく思い出されます。問題はその後のことで、執筆が一段落してからは、またまたムズムズと釣りキチの虫が動き始めて、しかし、旧に戻すことは慎重に排除して、「ヘラ釣り」をすることにしました。
その理由は@海釣りと比べて釣りのコストが極めて安いAいつでも帰宅できるBハゼ釣りの水中遊泳と軟着陸の技術をヘラ釣りに適用できないか等々でした。
特にC師匠がなく、自己流で挑戦しなければならない、ということが、私のチャレンジ意欲をそそったのでした。ハゼでできたことがヘラでできないはずがない、という「変な」気持があったのです。
2011年の今年はとうとう地元自治会から「敬老会」のお誘いがきてしまいました。地元で70歳になると招かれるのです。愛妻に「とうとうきちゃったよ」と案内状をヒラヒラさせて複雑な気持でした。
そんなわけで、若いときのようないろいろな釣り物に再挑戦するチャンスは全部放棄して、つまり、「過去の栄光と実績」はすべて封印して捨てて、ハゼとヘラの2本立てで一年を過ごしている昨今です。
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| 2011年11月8日(火) |
| その61. 2011年10月のハゼ釣り実績について |
2011.11.8
10月の釣果は次の通りです。すべてリール釣りです。
10/3 519尾(川の中、8h)、10/7 460尾(川の中、7.5h)、10/11 303尾(川の中、9h)、(10/13番外289尾、川の中、5.5h)、10/17 528尾(川の中、9h)、10/19 127尾(行徳港内、6h)、
10/24 253尾(行徳港内、7.5h)、10/27 135尾(行徳港内、8h)、10/31 515尾(川の中、8.5h)、でした。
江戸川放水路内のリール釣りは5回、合計2325尾、465尾/回。500尾超が3回、未満が2回でした。
行徳港内深場の釣りは3回、515尾、171尾/回。すべて100尾超でした。
江戸川放水路内の釣りで10/7の460尾は、北西の強風で川の全面にわたってシロウサギが立った大荒れになり、やむなく早上がりしたために500尾に達しなかったのでした。また、10/11の303尾は、湾岸道路よりも下流域での川中での釣りでしたが、魚影が思ったほどに濃くなかったものと判断したような釣りでした。したがって湾岸道路よりも下流域での川中での釣りはこの一回だけでした。
行徳港内深場の釣りは、一日100尾超を目標にしていますが、3回ともそれを超過できました。しかし、釣果実績としては、私の思惑のようにはいかず、アオシオが発生しなかった通常年の釣果の2分の1から3分の1の釣果しか打てませんでした。このことは、当初から「予想できた」ことであり、その原因は「アオシオ」にあると考えています。2011年は、放水路内で確認できたアオシオは3回で、そのうちの2回でハゼが死んでいます。そのため、行徳港内深場の釣りは2011年については私はとても「悲観的」で、釣りにならないのではないのか?と思っていたほどでした。ところが、実際に釣って見ますと、釣れたわけです。ただし、通常年の実績の半分以下だったというわけです。
このような状況から、今後のことを考えますと、一昨年のような釣果はとても無理なのではないかと思うわけです。ここで次のように訂正させていただきます。ハゼ釣り日誌等で私が昨年、つまり、2010年の釣果の半分とか、去年のようには釣れない、とかの表現をしたことがあったかと思いますが、その「2010年」とか「去年」とかいうのは、私の言い間違いで、正しくは2009年とか、一昨年、とかの表現が正しいので、これをこの場で訂正させていただきます。ご迷惑をおかけした面があったかと思います。申しわけありませんでした。この件について、あらためて、2010年の記録を確認したところ、2010年の放水路内でのアオシオ確認は8月に1回、9月に2回ありました。とくに、9月のアオシオはひどくて、最初は6日間続いてハゼ大量死1000万尾か?と手帳にあります。続いて月末のアオシオは台風を挟んで5日間続きました。この結果として、2010年の行徳港内深場の釣りは壊滅状態で、私は2010.11.20に偵察釣りをして60尾ということで、この年の行徳港内深場の釣りを終わりにしてしまったのでした。
このことから比べますと、2011年の深場の釣りの釣果は、2010年の偵察釣りのときの2倍から3倍を釣っているわけです。しかし、たとえそうだとしても、一昨年の深場の釣りと比べますと、半分から3分の1程度の釣果でしかありません。今年は一昨年の2009年のような好釣果はまったく期待できないと思っています。結局のところ、今年も、夏場のアオシオ被害の影響が色濃く残ってしまったということです。下流域へいくほど魚影が薄いと感じることもその証左だと思うのです。
ただし、深場でまったく釣れないわけではなくて、平日で10〜20尾前後、休日の船が入港しない日で30〜50尾前後という釣果だと思います。ポイントをよくご存知の方で100尾超の方がおられるかどうかということだと思います。釣果については、今年の深場は鈴木さんだけしか釣れていない、という発言も聴こえてきますが、たくさんの方が本格的に深場で釣っていない現状ですので、このことも不確定だと思っています。各船宿さんとしても、お客さんを案内していいものなのかどうかと躊躇しているのではないのか、と感じているのは私だけでしょうか。そのように思えるほどしか釣れていないというのも現実の一端だと思っています。去年よりはいいが、一昨年のようにはとてもいかない、どうしようか、ということではないのでしょうか。
私は11月いっぱいは休日の釣りが出来ない事情があるわけですが、もしも、休日の釣行が可能の日ができれば、即、釣行という構えですので、そうすれば、私なりの判断が広がるものと思っています。
どちらにしても、2010年のように最初に60尾を釣って、その後はまったく深場の釣りをあきらめて止めてしまうという状況ではないものと思っていて、今後の推移を見守っていきたいと思っています。急激な尻すぼみで深場は終ってしまうということもあるかと思いますが、去年のような貧果はないものと希望的観測をしています。
いずれにしても、11/7までの条件としては、水温が19℃ということで、2010年の11/2が17℃、11/9が16℃という水温と比べても2℃も高いので、ハゼが深場に落ちきっていないということだと思っています。
11月の水温は次の通りでした。
2011年 21、21、21、22、20.5、20、18、18℃。平均水温20.1℃でした。
2010年 23、22、22、19℃。平均水温21.5℃でした。
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| 2011年9月30日(金) |
| その60. 2011年9月のハゼ釣り実績について |
2011.9.30
9月の釣果は次の通りです。
9/1〜2台風12号、水門開放・放水9/4〜9/7、9/9 1069尾(8.5h)、(9/11番外236尾)9/12 1048尾(8.5h)、9/16 960尾(8.5h、ミャク釣り終了)、9/19台風16号、9/21台風15号、水門開放・放水9/22〜9/24、9/28 515尾(9h、リール釣り初日)
9月のミャク釣りは3回で、1000尾超が2回、1000尾未満が1回でした。釣果に加算していない番外の釣りが1回ありました。リール釣りの第一回目を実施しました。
9月のミャク釣り釣果は、釣行3回、合計3077尾、1025尾/回、延べ釣り時間25.5時間、120尾/1時間でした。番外の釣りは2時間の釣果ですので118尾/1時間でした。
9月のリール釣りは1回だけで、釣り時間は9時間ですので57尾/1時間のペースでした。なお、リール釣りは1日500尾を目指していますので、その点では目標をクリアしたと思っています。
2010年は9/6 1322尾(10h)、9/8台風9号、9/13 1123尾(9h、この日は8時間換算では992尾にしかなりませんでした)、9/16〜9/21アオシオ、ハゼ大量死、9/22 630尾(9h、リール釣り初日)、9/23冷雨、9/25台風12号、9/24〜9/28アオシオ、9/29 735尾(9h、リール釣り)でした。
ミャク釣りは2回、釣果2445尾、1222尾/回、延べ釣り時間19時間、128尾/1時間のペースでした。
リール釣りは2回、釣果1365尾、682尾/回、延べ釣り時間18時間、75尾/1時間でした。
2011年の水温は、25、27、29、23℃で、平均水温26℃でした。
2010年の水温は、30.5、27、28、21℃で、平均水温26.6℃でした。
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| 2011年9月19日(月) |
| その59. 2011年ミャク釣りの釣果について |
2011.9.19
2011年の江戸川放水路でのハゼのミャク釣り釣果は次の通りでした。
釣行21回、釣果22578尾、1075尾/回、延べ釣り時間162.95時間、138.55尾/1時間でした。10束釣りは17回、10束未満は4回でした。なお、10束未満4回のうち3回については、釣り時間を9.5時間あるいは10時間に換算すると十分に10束に到達できる釣果でした。
2011年は釣り時間が8時間あるいは8.5時間ということで釣りをしました。130尾/1時間の目標で臨みました。それであっても10束釣りを17回達成できたことは、おおむね当初の目標を完遂できたものと考えています。
毎回の釣果は次の通りです。
6/4 880、6/10 1258、6/16 1202、6/20 1081、6/23 1058、6/27 748(アオシオ)、
7/4 1030、7/8 1217、7/12 1094、7/25 1044(アオシオ)、7/29 1070、8/2 1310、
8/4 1224、8/9 1119、8/12 1106、8/16 1069、(8/17番外260)、8/25 811(アオシオ)、
(8/28番外270)、8/29 1180、9/9 1069(台風12号、放水)、(9/11番外236)、
9/12 1048、9/16 960(ミャク釣り終了)
番外の釣りとは研究用のハゼを捕獲するための釣りに協力したためのものでした。釣り時間は2時間が2回、3時間が1回でした。
2011年のミャク釣りは、天候とアオシオと私の用事との関係で釣行日の決定がなかなか思うように決められませんでした。
したがって、「釣りが出来る日を最優先」とした結果として、どうしても日程が立て込んでしまったということがありました。
そのために、右手の親指に「穴があく」ということになってしまいました。
前半についてはダマシダマシで推移しましたが、後半になってそれも適わず、とうとう指に穴があいてしまいました。
ハリのチモトがどうしても親指の爪の下に触りますので、これは「あたる」というよりは「触る」という程度に私としてはかなり気を使って「軽減させている」と思うのですが、釣行日程が「詰まって」きますと、どうしても皮膚の再生が完全にならないうちに釣行しますので穴があいてしまうのです。
「ただ穴があくだけならばなんということもない」のですが、皮膚組織の下に神経があるのですが、穴がその神経の部分にまで達しますと、ハリのチモトが神経に触って、「ズキーン」という「衝撃」が右手にはしります。
こうなりますと親指がしびれたようになって「動作」が極端に遅くなってしまいます。
それでも長年の経験で「だましだまし」手返しをして釣りをいたしました。
2011年はミャク釣り全体として右手の皮膚は「穴が少しずつあいた状態」で釣行を繰り返していました。それが決定的に神経まで穴が達したのは9/12の1048尾を釣った日で、この日は午後になってそうなってしまって、午後の2時間を右手がしびれた状態で釣りをしてどうやら1000尾をまとめて納竿しました。
ミャク釣りを終了することを決意した最後の釣り9/16は右手の親指の皮膚が「完治していない」状態で決行しました。案の定、午前中に再発して、そのままの状態で夕方3時まで釣りましたが、やはり960尾で納竿することになりました。
季節的にも10束が難しい時季になっていたこともあり、また、台風15号と16号が接近する予報もあったことから、近々のハゼ釣りは出来難い状況でしたので、思い切ってミャク釣りは終了することにしました。
2011年のミャク釣りのハゼ釣りは、釣り時間などいろいろな条件があって、例年にない私としては新たな環境での10束チャレンジということで推移しました。
2012年はどのような釣りになるか想像もつきませんが、今年の経験を踏まえて、もっと上手に釣りをしたいものと考えています。
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| 2011年9月15日(木) |
| その58. アオシオ、台風、洪水、釣果 |
2011.9.15
2011年もアオシオ被害がありますが、本稿は過去10年間のアオシオ、台風、洪水、ハゼ釣果の関係を述べてみたいと思います。
記述の基礎となっているデータは、私の釣り手帳の備忘ですので、実際のデータとは若干異なるかもしれません。
アオシオについては@江戸川放水路内へ沖から流入したアオシオのみについての記録でありA沖でアオシオが終息していても放水路内はハゼの被害があったのであり、B筆者の目視による判断である、ということを承知していていただきたいと思います。
また、釣り手帳の備忘であるからこそ、私の記帳漏れ、あるいは、記帳違い等々の誤記があるかもしれません。
したがって、この文章を読む方によっては異なるデータをお持ちの方がおられるかもしれませんので、その辺を含んで読んでいただきたいと思います。
過去10年間のアオシオ発生、台風通過、江戸川の洪水による放水路への放水、私のハゼ釣果の記録を述べてみたいと思います。
今後の台風情報、秋雨前線による北東の強風と冷雨、あるいは夏〜秋であっても気圧配置の変化による北東風の強風と冷雨等々によってアオシオが発生するということを知っていただきたいと思います。
(アオシオと台風など) (台風と水門からの放水) (釣果)
2011年 6/27〜28アオシオ
7/20〜21台風6号
7/23〜24アオシオ、ハゼ死
8/19〜20秋雨前線
8/21〜24アオシオ、ハゼ死
9/1〜2台風12号
9/4〜7放水
2011.9.12現在
21618尾、10束17回
2010年 8/19〜21アオシオ
9/16〜21アオシオ、ハゼ死
9/23〜24秋雨前線
9/25台風12号
9/24〜25アオシオ この年、水門解放なし
26724尾 10束15回
2009年 アオシオ、台風なし この年、水門解放なし
36044尾、10束18回
2008年 雨が降る
7/26〜27アオシオ
雨が降る
8/23〜29アオシオ、ハゼ死 8/31〜9/1放水
30088尾、10束22回
2007年 9/3〜4アオシオ 9/5〜7台風9号
9/7〜10放水
10/2〜4アオシオ
32274尾、10束19回
2006年 アオシオなし 7/18〜放水
14793尾、10束3回
2005年 7/26台風7号
7/25〜27アオシオ
8/14〜15アオシオ
8/26〜27台風11号
9/24〜25台風17号
9/27〜28アオシオ この年、水門解放なし
31780尾、10束18回
2004年 7/29台風10号 10/9台風22号
7/28〜30アオシオ 109/〜11放水
8/24〜25アオシオ 10/20台風23号
10/21〜22放水
23117尾、10束11回
2003年 アオシオ、台風なし この年、水門解放なし
30711尾、10束17回
2002年 7/24〜26アオシオ 7/10台風6号
8/16〜17台風13号 7/11〜13放水
8/20〜22アオシオ
9/10〜11アオシオ
14011尾、10束6回
釣り手帳の備忘ですが、記載漏れがあるかも知れません。忙しいとついつい書き漏れるからです。
やはり、このような個人的なデータでも積み上げてきますと、ある一定の相関関係が推測できるようになるものです。
来週の9/19頃からは、台風の影響と秋雨前線などによる北東の風が吹き込む恐れがありますし、気温と水温の急激な低下が心配されます。このことの必然的な結果として、東京湾奥の水質が「貧酸素水」となって、それが水面へ大量に浮上しますと「アオシオ」と呼ばれるものになるのですが、そのアオシオの発生が懸念されます。
今後の天気情報と水質の変化に要注意だと思います。
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| 2011年9月6日(火) |
| その57. 2011年8月のハゼ釣り実績について |
2011.9.6
8月のハゼ釣りの特徴としては、秋雨前線の南下に伴う北東の風の強風と気温の急激な低下によって、アオシオが発生したことがありました。アオシオは8/21に放水路へ侵入して8/24におおよそ終息しました。この間にハゼが死にました。また、某環境科学研究所の依頼で研究用のハゼの捕獲に2回協力しました。それから「日本の魚釣り」誌の取材を受けました。
8月の釣果は8/2 1310尾(8h)、8/4 1224尾(8h)、8/9 1119尾(6h)、8/12 1106尾(6.5h)、8/16 1069尾(8h)、8/21〜8/24アオシオ被害あり、8/25 811尾(8h)、8/29 1180尾(8h)、以上釣行7回で合計7819尾、1117尾/回、7回の延べ釣り時間52.5時間、平均148尾/1時間でした。満足すべき釣果だと思います。
2010年は8/2 1074尾(9h、この日は8時間換算では954尾にしかなりません)、8/10 1601尾(9.5h)、8/16 1576尾(9.5h)、8/23 1367尾(9h)、8/30 1405尾(10h)で、合計7023尾、釣行5回、平均釣果1404尾/回、5回の延べ釣り時間47時間、149尾/1時間でした。ただし、計算上8時間では954尾にしかならず、1000尾に到達できない日が1回ありました。
2011年の水温は、24、26、30、31、31、28、27℃で、平均水温28℃でした。
2010年の水温は、30、29、29、29、29.5℃で、平均水温29.3℃でした。
2010年も2011年も前半はよくて、後半に両年ともアオシオ発生がありました。
アオシオは2011年の方が被害が大きかったです。
また、某環境科学研究所のハゼの捕獲については、8/17に260尾(2h)、8/28に270尾(3h)でした。この釣果は釣果データに含まれていません
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| 2011年9月1日(木) |
| その56. エサの使用量その2 |
2011.9.1
前回の「その55.エサの使用量」で不足した事柄を追加したいと思います。
それは、1本ザオか2本ザオか、ということです。
前回はどうしても最近の私の釣行が2本ザオということで、それを念頭にして書いてしまいました。
では1本ザオで一日中釣り続けたときはどの程度のエサの使用量となるのでしょうか。
実際に現在でも1本ザオで釣りをする人が多勢おられるわけで、その人から見たら、前回の1パック520尾、平均で多分450尾ほどか、という記述は、じつはもっと違うのではないかという疑問を持たれたことだと思っています。
私の場合では、1本ザオで終日釣りを続けた場合で1000尾超の釣果を打ったときは、やはり、2パックまでは使っていないわけです。使い残しがあるということです。
私の仕掛けは、胴突き一本バリですし、ハリスは3pと短いので、ハゼの食いアタリは直接手の平に伝わってきます。チクッ、コツッ、モゾッという「感覚」です。
1本ザオのミャク釣りで、私の使っている胴突き仕掛けを使用するという前提で書きますが、この釣りの特徴は「ハゼの唇にハリを引っ掛ける」と表現できる釣り方です。
よく私が言いますが、この釣法では「ハゼにハリを呑まれる」ということは「恥である」と言ってもいい釣法です。
この釣り方に熟練しますと、エサの使用量がとても少ないということになります。
つまり、@呑ませないA唇にハリがかかっている、ということでエサの消耗が少ないわけです。常に、エサがハリに付いている状態で、サオを手に持ってアタリをとっているわけです。
手返しもスピーディです。@前方へ目いっぱい振り込むA水中遊泳と軟着陸BハゼがエサとハリをくわえるC即アワセDハリ掛かりという過程です。これが理想であって、魚影が薄いときは着底直後にハゼのアタリがあるという頻度は少なくなります。つまり一日釣って500とか700とかいう場合です。このときはやはり誘いをかけるとか、振込みをやり直すとかいうことが多くなります。それでもやはり振込みをやり直したほうがアタリの出る確率が高いです。これは私の「体験」からそのように申し上げているわけです。
1本ザオのミャク釣りの場合は、やはり、「振込みの技術」が大きな比重を占め、つまり、上から落とし込むという投入を「排除」し、次のAの水中遊泳と名付けたエサをオモリが着水した前方からサオ先下まで振り子のように、つまり、放物線を描いて落下させて「釣り人の希望する(狙っているといってもいいです)任意の位置にオモリを着底させる釣法(これは正確に着底させることが大事です、これによってハゼを狙い撃ちできます)」によって、ハゼにエサを認識させて食い気を誘ってエサを「追わせ」、オモリの着底前あるいは着底直後にハゼをエサにアタックさせる、ということにその真髄があります。つまり、サオ先の「サバキ方」ひとつで着底位置をコントロールし、アタリがあった場所を「狙い撃ち」してピンポイントを攻めることが出来ます。
さらに、ハゼがエサを「吸い込んだとき」の「震動」は@ハリスA道糸BサオC手の平という順序で伝わってきます。@とAの間に「オモリ、あるいはテンビン」という「部品」がありませんので、アタリは直接手の平に敏感に伝わってきます。この時点ではサオ先とか道糸とか目印とかいうものは「動きません」ので周囲の人は私が「空アワセ」しているのではないかと思うようです。
このような釣法によって、ハゼを釣るためには@アタリがあったら(手の平にです)A即座にサオ先を30cmほど立てて(これでハリ掛かりします、向こうアワセでは決してありません)B取り込む、ということになるのです。
この過程で大切なことは@エサの長さをどうするかAエサの太さをどうするかBハリの大きさをどうするか、という問題です。
ハゼがエサを吸い込んだ瞬間の震動を捉えてアワセるのですから、ハゼの大きさに対して、エサが長過ぎたり、大きすぎたりしますと、どうしても一発でハゼを釣り上げることが出来ません。もちろん、ハゼのサイズに対してハリが大きいと思われる場合は同様の結果となります。
このことについては、釣り場で@最初の振込みをするときAそれ以外のとき、とでは、エサの大きさを変化させるということで対応が出来ます。
新場所で釣るときは(朝一番の場所で釣るときも同じ)、ハゼのアタリを出すために、エサのやわらかく「おいしそうな部分」を長くあるいは大きくつけて「ハゼが釣れなくてもよい」という振り込みをします。
こうしますと「ハゼさえその付近にいれば」通常の水質のときであれば、まず、間違いなくアタリが出ます。
このときに、決してすぐに釣り上げてしまわないほうが、あとあとのためにいいのです。つまり、「食わせておく」という作戦が大切です。細かく食い千切られたエサが周囲に散乱してハゼの活性が高くなると同時に、少し離れた場所からハゼが「ツツッ、ツツッ」と寄ってくるからです。ハゼは「一気に」「ワッと」なだれ込んでくるわけではありません。
最初のエサは食い千切られて小さくなりますが、その段階で「向こうアワセ」でハゼが釣れてしまいます。このようにして「釣れて来るハゼのサイズ」が確認できるのです。
これからが私としては「勝負のエサ付け」ということになります。もちろん1尾しか釣っていませんので、その最初の場所にいるハゼの中心サイズが釣れてきたものと同じサイズかどうかは未知数ですが、一応釣れたものを参考にして、このサイズのハゼであればこの程度の大きさのエサでいいかな、ということで次の投入をします。
このようにしてエサ付けというものは、釣れて来るハゼのサイズを観察しながら、振込みの一投一投について常にエサのサイズの「調整」という「作業」をするのです。
この様なことを終日続けますと、「極端なハナシ」、すべての振込みでエサ付けが全部違っているということが起こるのです。
ですから、知り合いの方々から「エサの大きさは」という質問をときどき受けるのですが、この答えはじつは「難問」であって、仕方がありませんので、その時点での「標準的なエサの大きさ」をお答えしているわけです。
ところが私の実際の釣りというものは一回一回エサの大きさ、固さ、長さなどが違っているわけです。これは入れ食い状態で釣れ続けているときは尚更違っているのです。1尾1尾釣る度にハリのエサは小さくなるのだし、エキスも少なくなりますし、エサの色も白くなってきます。ですからクズエサを「追い足し」するという作業もあるわけです。
そんなわけで、一本ザオでのミャク釣り(胴突き仕掛けに限定)の場合のエサ付けというものは、@釣ってしまうためのエサ付けとAハゼを寄せるためのエサ付けとB釣れている場所でのハゼの食い気をもっと誘うためのエサ付け、というものがあって、@のエサ付けは臨機応変に変えているというのが私の釣りでもあるわけです。
このようにしていますと、一回付けたエサで最低でも3尾とか、あるいは5尾釣ったとか、甚だしいときは一回のエサ付けで7尾も8尾も釣ってしまったということが起こるわけです。少なくとも、一回のエサ付けで1尾しか釣ることができなかったということは回数としては極端に少ないわけです。
私の1本ザオでのミャク釣りでのエサの消費量は2本ザオの時に比べて、さらに、少ないというのが現状です。
それでは仕掛けが胴突きではなくて、つまり、オモリの下にハリスが繋がっている、あるいは、テンビンを使用している場合についてはどうでしょうか。この場合には、どのようにハリスの長さを短くしても、オモリとかテンビンが道糸の前にあるわけですので「感度」としては胴突きよりは鈍くなります。鈍くなるという意味は、ハゼがエサを吸い込んだ時点を察知することが「困難だ」という意味です。
このような場合は、どうしても@サオを上下させるAサオ先を前後左右にそっと動かす、などの作業が必要です。この作業はハゼの「ノリ」あるいは「モタレ」という感触を確認するためのものであって、それが確認できた時点で、Bハゼがエサをくわえている、Cあるいは「ハリ掛かりしている」ということが分かるわけです。
いま書いたことはアタリを確認する作業ですが、それをしなくても、ハゼがエサをくわえて「他のハゼから逃げる」行動、あるいは「ハリ掛かりしたので驚いて暴れる」行動がありますので、何の確認作業をしなくても、サオ先がブルブルと震えますので、「アタリがあった」として釣り上げるわけです。
ベテランとか常連さんたちは、先ほどの「ノリ」「モタレ」の段階でアワセているわけです。
エサ付けについては、小さく付けていればエサをくわえたハゼはあまり騒がす動かずということで、他のハゼにエサを奪われる心配も少ないので、比較的に静かにしていると考えられますので、この場合には「ノリ」「モタレ」を確認する作業で釣るということになります。
エサ付けをハゼのサイズに対して大きく付けているときは、どうしても、最初にアタックしてエサに食いついたハゼに対して周囲の別のハゼがそのエサにさらにアタックしてきますので、エサの奪い合いということで、エサをくわえたハゼが大きく位置を変えるということになります。このようなときは、サオ先に相当派手にアタリが出ます。サオを上げると空振りということが多いアタリです。
今回は私の1本ザオでのミャク釣りについて書いてみました。私と同じ仕掛けを使っていない方には理解不能の記述もあったかと思いますが、同じ仕掛けを使っている方にはご理解いただけたものと思っています。
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| 2011年8月31日(水) |
| その55. エサの使用量 |
2011.8.31
掲示板にエサの使用量についての質問がありましたので書いてみました。
青イソメはハゼのエサとして定着していますが、ハゼ釣りをするのに船宿等で1パック500円で買います。これが一般的でしょう。
1パックといっても@江戸川放水路の船宿によって多少の違いがあるでしょうし、A街中の釣具店とかであれば船宿と量が違うかもしれないでしょうし、B釣り具の量販店では量が多いかもしれないでしょうし、C馴染みのお客さんであれば店でおまけを入れてくれるでしょうし、Dエサの自動販売機では店と量が違うでしょうし、いろいろと1パックの量については違いがあると思うのです。
本稿では、一応、行きつけのボート店でエサを買ったということで話を進めてみたいと思います。
前提として、いつ行っても1パックの中身は同量が入っているとします。
6月初旬に江戸川でデキハゼのミャク釣りをするとします。
私の場合では1000尾釣るのに1パック分のエサで間に合っています。「1パック分」などとあいまいなのは、私の場合は木製のエサ箱にアオイソだけを入れてもらっていますので、つまり、パック詰めになっていないので、使い残しがあった時の残量が正確にわからないのです。
いまの季節であれば、つまり7月〜8月であれば、前回久しぶりに試したように1パックでおよそ450尾平均程度の釣果であろうと思ったわけです。
エサはクーラーへ木製の箱ごと氷の上へ置いて保管します。エサは最後までピンピンしています。それを5本ほどずつ濡れタオルの上へ出して、1本だけ掴んで、残りは濡れタオルにくるんでおきます。
掴んだ1本は頭を取って、残りの先端にハリを刺してハリ先を出してハリのカーブしている先端で爪でエサを千切ります。こうしますと袖バリ1号のハリがチモトからアゴの部分までエサで隠れます。
ハリが3号とか4号とかであればこのように付けますとハリの大きさによってエサの大きさが違ってくるのが分かると思います。
ですから、ハリが隠れるくらいの大きさのエサと表現したとしても、エサの絶対量としてはハリの大きさに比例して多くなるワケです。
私はミャク釣りの場合はシーズン中常に袖バリ1号ですのでそれを含んで私の釣行記などを読む必要があります。
また、エサの頭部に近い部分は太くて、尻尾へいくにしたがって細くなります。ところが全体が太くなっているエサもあります。それから頭から尻尾まで全体がとても「細身」のエサもあります。
ですから1号バリが隠れるエサ付けといっても、太い部分であればハリに付いているエサの絶対量は多いですし、細身のエサであればハリが隠れたとしてもエサの量はとても少ないわけです。
それとタラシを出す場合でも、太いエサの部分を使っているときにタラシを出しますと、これはもう「巨大な」エサに見えるわけです。この場合にはタラシの長さを短くするとか、ハリのアゴの部分でカットして横幅が広いエサ付けでタラシの代用とするか、ということで対処します。細いエサの場合はタラシの長さを長くすることによってエサの絶対量を増やすわけです。このような操作によってハゼに対するアピールの度合いを調節するわけです。
ハゼ釣りでのエサの使い方に対しての私の基本的な考え方としては「エサを節約しない方がよい」というものです。
私はみなさんが考えているよりもずっとエサの使い方は多いと思っています。それは「ハゼは寄せて釣る」という考えを持っているからです。つまり「釣ってしまうエサ付け」の量よりも若干でも多い量のエサをハリに付けるということです。余分につけたものがコマセとなると思っています。
6月でも9月でも大きなエサを付けますとどうしても大きなハゼが釣れてきます。というのは、大きなエサでは小型中型のハゼがハリまで食いつけないからですし、その前にそのエサとハリに食いつける大きさのハゼが釣れてしまうからです。これはハリについてもいえます。8月とか9月とかで例えば袖バリ4号とかのハリを使うとします。4号のハリが隠れる程度のエサをハリに付けたとします。ハリが大きいですからエサも大きくなります。しかもタラシを出したりしますとさらに大きくなります。これは細身のエサを使っても似たり寄ったりです。そうなりますとエサが食い千切られて小さく細くなってきたとしても、ハリそのものは4号で変わりませんので、このハリに食いつける大きさのハゼでなければいくらアタリが頻繁に出たとしても釣れてはきません。
私の方法は1号のハリを使って、「エサの大きさでハゼの大きさを揃える」という釣り方です。ですから大きなハゼを釣りたい時はエサを大きくつけてそれにすぐには食いつけないハゼを排除するのです。もし、小さなハゼが多いと思ってそれを構わずに釣ってしまいたいときはエサを小さく付ければいいのです。エサの長さを5mmにつけるとか米粒大とかよくいいますが、1号バリにつけたときと3号バリにつけたときとでは、ハゼの釣れ具合はまったく違ってきます。
ですから、ハゼの数釣りに徹すると思ったときに、私は1号バリを選択しました。もちろん23年前の6月は袖バリ3号でしたし、それから10年も経ってから1号バリに移行したわけです。もっとも右手の親指に「穴があく」というアクシデントがありましたので、その方面から1号バリに辿り着いたと言う経緯もありました。いずれにしても袖バリ1号という選択肢はいまとなっては私にとってベストの選択になったわけです。
ハリにはカエシがありますから、エサが自然とスルリと抜け落ちてしまうことはありません。もちろんハリを刺したときに、とくに太い部分のときなどエサの皮膚などの固い部分にハリが通っていないときは、内部の内臓部分だけですと抜け落ちることがたまにあります。
そのためにエサを上部からハリを差し込んで胴体へハリ先を出して、これで固い部分でハリは止りますので、次にハリのアゴの先端でカットするのです。こうすれば抜けることはありません。
もう一つエサがとられるときは、ハゼの口からハリを外すときです。このときにハゼの口が閉じたままハリをこじって口から外しますとエサが口の中に残ってしまうことがあります。ポイントとしては、ハリをはずすときはハゼの口をあけておかなければなりません。
ハゼの口をあけておく方法としては@ハゼの唇に指を当てて口をこじ開けるAハゼの頭とアゴの下に指を沿えてギュッと強く押さえると口が開きますBハゼのえら蓋(口から吸った水を頭の側面で両側から吐き出す部分をカバーしているもの)を胴体の方向から指を差し込んで強く押さえる、またはえら蓋の上から頭部をグッと締め付ける、等々の方法があると思います。私はBのことが多いのですが、方法はどれでもいいと思っています。要はハリを外すときにハゼの口をあけておくことです。こうすればハリをはずしたときにハゼの口の中にエサが残ってしまうということがありません。
普通はタラシがあるときなどでわかりますが、ハゼはハリ掛かりしますと逃げようとして暴れたりしますので口の中に入ったハリとかエサを吐き出そうとするのです。そのため釣れてくるとタラシの部分とかエサ全体とかが口から外へ出ていることがあります。
それとは逆にエサが小さ目だったり、食いがよくてハリを呑んだりしていますとエサが口の中に入ってしまっています。このようなときはよほど慎重になって口を開かせてハリを外しませんとハリは取れたがエサは回収できなかったということになります。このようなことが度重なりますと再利用できるはずのエサを捨ててしまうことになります。
私の経験では新規につけた新しいエサよりも、1尾とか2尾とか釣ったエサ、つまり、ハゼが噛み砕いてくれて軟らかく、しかも、ハゼの口によって食われているエサは、次のハゼがより食いつきやすくなっているエサなのです。
その、「ハゼが釣れやすいエサ」を口の中に残して捨ててしまうのはいかにももったいないと思います。この点は十分に注意してハリを外すといいと思います。
食いがよいとき、ハゼがたくさんいるとき等は入れ食いになりますので、エサを付け替えずに再利用して5尾とか7尾とかを釣ってしまうことです。こんなときの最後のエサは白くなってダランと垂れ下がるようなものになってしまいますが、食いのよいときはそのままで更に釣れてきます。駄目押しとしては、そのエサのハリ先にクズエサ(千切れて細かくなリ過ぎたもの、これ単独ではエサとしてハリに付けないもの)をチョンと付けてやればそのままでまたハゼが釣れます。これは食いが立っているときのエサの使い方です。食いが渋いときにこれをしてもペースが悪いです。
ですから、ハリの外し方をマスターする、エサのハリ付けに注意する等をするだけでエサの消費量はぐんと減ります。この点はどの季節でも同じです。
もう一点、確かにベテランさんは1パックで300とか400を釣る方はおられます。以前、そのような方から私が1パックで何尾釣るのか質問されたことがありました。200程度ではないでしょうかとお答えしましたが、これはあくまでも標準であって、季節変動があります。また、1000尾釣れるときは1尾当りの消費量が少なくて、600とか700とかしか釣れないときは意外と消費量が多いということがあります。
また、エサの消費量を少なくする努力の結果として、エサの大きさに注意を払うということもあり、エサを比較的に小さ目につけるということがあります。
そのことはみなさんの努力としてはとてもよいことだと思うのですが、エサは使う場面では思い切って大きくつけたり長くつけたりしませんと、しかも、繰り返しそのようにするということが大切だと私は思っていて、その結果として、ハゼの活性を高めて食いアタリを持続する時間を長く持続できるということがあります。
全体として、長い時間を小さ目のエサ付けで釣りますと、釣りの形としてはハゼを1尾釣りますと、次のハゼを「探して釣る」という釣り方になります。これは周囲のハゼがエサのエキスによって「活性化していない」ということが大きな原因だと思っています。これはやはりそのようなエサ付けをされていると思われる方々の釣り方を拝見していますと(近くにいて私が見たということです)どうしてもボートの周囲をハゼを探し回って探っているわけですし、1尾釣ると違う方角をまた探るわけです。これは逆にそのような釣り方の人はエサ付けが小さいのだろうと推測できるわけです。なぜそれを言えるかといいますと、過去に実際に、私がそのようなエサ付けで釣っていたことがあるからですし、そのような経験を踏まえていまの釣り方が出来上がってきたわけです。
私はハゼ釣りといえども、「ハゼを寄せて釣る」という意識がとても大切だと考えています。現実に半径1m以内のハゼはエサのエキスにつられて寄って来るわけです。ですからある程度のピンポイントで5尾8尾と釣れるのです。もちろんこれは「いつでも見ていて」このように申し上げているわけではありませんので、もともとそこに5尾なり6尾なりのハゼがいたのではないのかと反論されれば返す言葉がありませんが、長年1000尾釣りを続けてきますと、そのような現象を前提として考えたほうが私としては説明がつけやすいのも事実です。また、実際には「見釣り」が出来るときにその現象が確認できます。
置ザオを上げるとエサだけがとられているという悔しいことはあります。しかし度々そのようなことがあるということになりますと、これはエサ付けの方法を改善するということになりそうです。
大体がハゼはエサだけをとるのが上手です。別の言い方をしますと、ハリにかかってしまったハゼが暴れているうちにハリを外してしまうのです。これがひとつ。もう一つはハリにかからずにエサだけを持っていってしまうことです。これは置ザオの場合ということです。
ですから、コンスタントに右(のサオの意味、以下同じ)左右左と両方のサオに代わる代わる置ザオにハゼが釣れているときはいいのですが、時間をおいたときにハゼに逃げられることがあります。その心配があるときはハリを外しているときに置ザオのサオに触ってみてハゼがついていたら上げてしまうことです。
しかし、私は別の考えもあります。置ザオのハリのエサが「食い逃げされてもいい」という考え方です。これは「喜ぶべき現象」だと思うことです。
置ザオでエサだけをとられる確率が高いのはエサを大きくつけたときとか長時間置いておいたときです。釣っていて分かると思うのですが、置ザオになるサオが入っているポイントは、@ハゼがいてA置ザオに次に釣れて来る確率が高い、という判断ができる場所であるならば、エサ付けは私の場合は「小さ目」につけます。そのわけは「呑ませてしまう」ためです。ハゼが安心して咽喉の奥までハリとエサを呑み込んでしまうという作戦にします。
もちろん、小さ目のエサつけだけをしていますとすぐに食いが悪くなってしまいます。ですから、大き目のエサでエサだけをとられてしまうということは、じつは喜ぶべきことなのです。次に投入すれば、つまり、「釣ってしまうエサつけ」をすれば、言い換えれば「咽喉の奥まで呑み込んでくれるエサ付け」をすれば、次は確実に釣ってしまえるからです。
このへんのエサ付けの機微、臨機応変をマスターできればエサの消費量を押さえつつ、ハゼを周囲に寄せ、かつ、その場所から移動させずに足止めする、という釣り方が出来るのです。そのようにして引き寄せたハゼの数がたとえ2尾なり6尾なりであったとしても、右のサオ、左のサオと数えれば倍になるのだし、右舷、左舷と考えればさらに倍になります。このようにして一箇所で30なり60なりを釣って10ヶ所20箇所と移動したとすれば10倍20倍の数字になるのです。
エサはケチるときはケチったほうが釣れることがあり、ケチってはいけないときがあって、それは決定的にいけないことであって、それは最終的に釣果に影響するということです。
私はこれまでに、エサを節約する釣り方だけで(これがいけないことだということでは絶対にありません)1000尾に達した方を見ていません。これは1000尾釣って3パックしか使っていないというときは、とても節約して釣ったということになりますが、その内容としては「1000尾釣るほどの人」はエサの消費にメリハリを必ずつけているのです。
私が8月の29日に1パックでどれだけのハゼが釣れるか何年ぶりかでアタックしてみたわけですが、その結果は520尾ということでした。15年前、20年前と比較しますと進歩が認められるわけです。しかも、「一日釣って1パックしか使わずに520尾釣った」ということでは決してないわけです。つまり、1000尾という数字に含まれている520尾1パックなわけです。
したがって、私としてはこれは満足すべき数字なのですが、これは1000尾が釣れるような状況下であっても、ある意味、いつもあるような通常の魚影とかペースよりはもっとより条件のよい環境というかエリアというか、そのような恵まれた時間帯だったと思うのです。とはいっても、1パックでそれだけの数を釣ったということに満足感があるわけです。それはある意味ハゼ釣りという釣りの総合的な力量を自分自身で「試した」「試された」ということに対する満足感であると思っています。つまり、エサの消費量を極力押さえる形の釣りをしながら、ハゼの食いを3時間余り持続できたという満足感です。140尾超/1時間のペースです。大きくつけたり小さくつけたり、小さなままで釣り続けたり、あいだに大きなエサで「コマセ撒き」を挟んだり、ともかく、いろいろとやった結果でした。
1パック520尾という数字を打ったとしても、また、打てたとしても、一日に1000尾を達成できないのであれば、それは私にとって何の意味もない色あせた数字でしかありません。
このように、「1パックでどれだのハゼをミャク釣りで釣り上げることが出来るのか」という命題は、私の場合には、常に、1000尾超ということとセットになっているものなのです。
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| 2011年8月11日(木) |
| その54. データの連続性 |
2011.8.11
データの連続性といいますと、どうしても同一条件での記録が望ましいのだと思うのです。
ハゼ釣りの場合ですと@釣法が同じA釣り場が同じB季節が同じC仕掛けが同じであればよりよいと思うのです。
書斎にしまい込んでしまった過去22年間のつり手帳を引っ張り出してハゼ釣りの記録を読みますとこのような思いが強いわけです。
記録の始まりは1989年(平成元年)からですが、この年の特徴としてはハリスの長さ3p(これは標準です。実釣ではこれよりも長く作製して結んでいます、オモリの長さが長尺のため)、道糸のオモリとの結び目からハリスの結び目まで3p(標準です。実釣では2.5pとかになります。オモリの長さにもよるからです。長尺のオモリでは2.5p、短尺のものでは3pでいいのです、市販のオモリは短尺が多い、私は長尺使用、釣具店に特注しています、長短の違いはコヅキの違いに出てきます)という胴突き仕掛けを使用するようになったことです。
前年の1988年までは胴突き仕掛けの存在そのものを知らなかったこともあり、中通しオモリの先に自動ハリス止めを結び、ハリスの長さ3p程度でハリス止めにつけてカットしてハリをつけてハゼを釣っていました。サオは和竿の9尺(2.7m、糸巻きつき)を使っていました。この頃の私はハゼ、マブナ、アマゴ(ヤマメ)、ハヤ(ウグイ)、オイカワ(ヤマベ)などの釣りは和竿を使っていました。
データの連続性という観点からの竿の種類に付いてはさほどには問題はないと思っています。カーボン、グラス、竹と素材は違っても「延べ竿」には違いないからです。
私にとっての「ショック」は仕掛けを「胴突き」にしたことでした。
胴突きに変更するまでの記録はありません。「記録する」という意識が希薄だったこともあって、前年の1988年までの「統計」が記録されていないのです。
さて、胴突き仕掛けに変更して本格的にハゼのミャク釣りにチャレンジした初年の1989年は二つの意味から前年までのデータが比較参考にできにくいことになりました。
一つはもちろん胴突き仕掛けへの変更です。二つ目は1本ザオでの釣りです。二つ目については前年までは2本ザオで釣っていました。1本は和竿のミャク釣り、もう1本はグラスザオで玉ウキをシモリにしたウキ釣りです。
つまり1本ザオでハリ1本でミャク釣りでハゼを釣る、というスタイルに変更したわけです。
前年までの釣果については、真夏の8月頃の釣果が500尾〜700尾台というものでした。この700という数字は江戸川放水路の船宿さんにとっても「記録」に近いものだったと今でも思っています。
ですから、いまの胴突き仕掛けでの10束釣りは、胴突き仕掛けでなくては達成できない、とか、胴突き仕掛けだから10束釣りができたのだとかというような「極論」はできないと思っています。またそのような発言は慎むべきだと思っています。
いいかえれば、「胴突き仕掛けにしなくても」、10束釣りは十分に可能だったと今でも思っています。足りなかったのは「10束を釣る」という目的意識を持っていなかったこと、そのような考えが思いもよらなかったことが「不幸」だったといえば不幸だったと思うのです。
釣果についてはその頃でさえも船宿の人が数をしっかりと数えてくれた「検量」された釣果でした。私の江戸川のハゼ釣りは最初から「検量」という関門をくぐったものだったのでした。
1989年の初年に1本ザオで胴突き仕掛けでのミャク釣りを開始したわけですが、このときに、技術修得の目安として、また、その手段として、目標として、1日1000尾、ミャク釣りで1万尾、1回平均500尾以上の目標を持ったことです。
この年の記録は276、385、722、590、540、978、1186、455、721、698、659、377、305、365、409、216、346、457、608、377、313、228で、ミャク釣行22回、11211尾、1回平均509尾、1000尾超1回というものでした。目標値をすべてクリアできたわけですが、23年経ったいまから記録を振り返って見ますと、1989年初年としては、これで精一杯の釣果だったと思いました。
このような釣果の数字というものは、アップダウンの激しいこと、それは江戸川放水路という釣り場のことをほとんど「知らなかった」こと、釣りの技術が未熟だったこと、ハゼの生態をよく調べていなかったことなどが原因だと分かるのです。
一つだけ「自慢できること」は、一日に1000尾を釣りたいという強烈な思い、ミャク釣りで1万尾に到達したいとという願望、平均釣果を500尾台にしたいという希望を最後まで捨てなかったことでした。
たとえ1000尾釣った日があったとしても、それで技術修得が「完了」したわけではないのですし、ましてや江戸川とハゼのことが分かったとはとてもいえることではありませんでした。
私にとっては一日に1000尾釣ったという事実は「ハゼ釣りの始まり」であって、決して「終わり」ではなかったのです。ましてや、そのことを「勲章のように」首にぶら下げて自慢するなど「恥ずかしい限りの心根」だと思っていたのでした。それは自分の実力の足りなさをいやというほど私自身が知っていたからです。ですから、「1000尾釣れた」ということが私にとっての「重荷」になってしまったのです。
私の10束釣りの記録はホームページで公開していますが、1989年からのその後は苦心と苦労の日々が続きました。何が大変だったかといいますと「10束釣り」を「再現すること」が一番大変なことでした。
てすから、数年間は10束釣りの「再現」に試行錯誤をしました。
その後は、再現が重なりますと、年間に何回「再現できたか」ということになり、その次は「連続何回再現できたか」ということになっていったのでした。
私にとっての喜びは1989年の初年から7年後の1996年6月23日に1959尾の自己最高釣果を記録したことです。これは1本ザオでの釣果でした。ポイントはみなさんよくご存知の場所で、東西線鉄橋下手、右岸、送水管下手の牡蠣礁が帯状に展開するエリアでのことでした。手帳の記録にはそう記されています。この年はシーズン中の釣果も40126尾で、現在でもこれを超過する記録は出ていません。
この年に釣りすぎたのでしょうか、それとも最高釣果を打って気持が緩んだのでしょうか、その後の何年かは釣果の低迷が続きました。
記録を読みますと、これはハゼの魚影の濃淡と大きくかかわったことだと理解が出来ます。
釣り方につきましては「魚影が薄い」という自然現象からでしょうか、2本ザオの釣りへの段階的な移行が読み取れます。つまり、比較的に魚影が濃い場所にあたったときは1本ザオでの釣りをし、釣果が500とか700とか少ないときは2本ザオの釣りをしているのです。
そのうちに本格的に2本ザオの釣りに移行したようです。あいまいな表現の理由はその移行時期がはっきりしないからです。
1本ザオと2本ザオの釣果の違いについては、比較的に魚影が薄いと思える場合には2本ザオの方が1本ザオよりも1.5倍の釣果を打てるという事実です。これは少なくとも「私については」という限定です。
なお、2本ザオで1959尾の最高釣果を超える釣果はまだ打っていません。
この1本ザオから2本ザオへの変更ということが、私にとっては二度目の「ショック」となりました。
当初は1本ザオではどうしても1000尾に到達できないという状況で、それは「技術」という問題ではなくて、それはさんざん何年も1本ザオでの10束釣りを積み重ねて、しかも、1959尾という最高釣果も出しているのですから、なかなか1000尾に到達ができないという原因は「魚影が薄い」からということになりますので、それを打開する方策として2本ザオへの移行を決断したわけです。
もちろんそれまでには試行錯誤した期間中に2本ザオでの釣りはテスト的に行っていたのですが、あくまでも「補助的な」「過渡的な」「半端な」釣り方だったと思います。
今度は「始めっから2本ザオで1000尾を釣る」という目的意識をしっかりと持って釣りをしたのです。
このようにして釣りを始めて最初に気がついたことは「2本ザオで1000尾を釣るための釣りは置ザオの釣り」だということでした。少なくとも300尾とか、500尾とか、700尾とかの釣果の場合で2本ザオで私が釣った場合は、両手にサオを1本ずつ持ってアタリを「待っている」という釣り方の時間が多いという事実です。これは今でも変わりがありません。
2本ザオでハゼを1000尾釣れるときの釣りというものは、「置ザオ」で釣れてくる率がとても高いということです。逆に言えば、置ザオでハゼに食わせるということを実現することが出来るようになれば、2本ザオで1000尾に到達できる確率が高くなるのです。
私の近年の「ミャク釣り」の季節での2本ザオでのハゼ釣りは、1000尾を確実に釣れるようになることから一歩進んで、いつ釣行しても当たり前のように1000尾を釣る、という目標になってきていたのでした。
ところが今年2011年は、私が70歳になったということもあり、また、酷暑の毎日が続いていることもあって、家族の「要請」が強いわけです。
そこで実釣では、「早上がり」ということにして、実釣8時間ということを目安に釣りをすることにしたのです。
これは第三の「ショック」と言えるでしょう。これは大転換です。
なぜかといいますと、1959尾の最高釣果を破ることを断念せざるを得ないからです。代りにそのときの10時間平均の釣果195尾/1時間というペースを上回る平均釣果を狙うということしかありませんでした。このことは2011.8.9に186尾/1時間まで迫りましたが、まだ、「かなり足りない」というのが実感です。
やはり、1000尾に到達した時点で釣りを中止して早上がりするということにしますと、どうしても一日の釣果としては1000尾ちょっとという水準になります。
このことは釣果の比較としては全体的にダウンするということになります。しかし時間当たりの釣果としては、過去22年間の目標としてきた100尾/1時間から130尾/1時間へアップしませんと8時間で1000尾という釣果は打てませんので、その意味での「緊張感」といいますか、「技術アップ」といいますか、総合的な面での釣りの見直しを迫られたわけです。
このことは今年のハゼの魚影が比較的濃いという事情と、アオシオ被害がいまのところ軽微だということで、私の釣りの転換は順調に推移しています。
この23年間で@1本ザオでの胴突き仕掛け一本バリでの1000尾釣りへの挑戦A2本ザオでの1000尾釣法への移行B釣行8時間以内での1000尾釣りと1時間当りの最高釣果の更新目標、という三度の釣法変更があって、私なりの「ショック」がありました。
このような大きな変化がありますと、手帳に釣果が記録されていても、単に数字を見ているだけでは判断できないことが多いのです。データの連続性という面では基礎となる「釣法」の大きな変更がありますので100%そのまま数字だけで統計をとっていいものかと思えるわけです。
そうは言ってもどうしても一覧表を作成したりしますとスペースの関係から一定の数字の羅列になってしまうことも確かです。
そのような意味から言えば、少なくとも今年の釣果というものは、例年に比較して1500とか1700とかの「大きな数字」は現われにくい環境になっていると思います。これも仕方がないことなのかもしれません。
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| 2011年8月8日(月) |
| その53. どこでも釣れている |
2011.8.8
先日、江戸川放水路でハゼ釣りをしていたときのこと、私を遠くから見ていた方がおられました。その方は一日中私を見ていたらしいのです。
その方がおっしゃったことは「鈴木さんはどこへ行っても釣れていましたね」という意味のことでした。
つまり、ハゼを求めて私はしょっちゅう移動を繰り返しているわけですが、その移動先でもよく釣れていたという意味です。
実際にその日は8時間釣って1224尾で1時間平均153尾という釣果でした。これは「入れ食いが途切れなく続いた」と言ってもいいペースでした。
このようなことはじつは珍しいことで、1時間に100尾程度のペースという時間がときおり挟まるわけですが、それでも1時間に200尾釣れたという瞬間風速とでも言える荒食いもありますのでトータルでは1時間に150尾とか130尾とかの平均ペースになるわけです。
ところが、1時間に100尾ペースといいましても、現実にはたくさんの方が釣りにきていて、例えば1時間に30尾平均ほどのペースの方は8時間釣って240尾ということですが、その方から見たら1時間に100尾のペースということはとても素晴らしいペースに見えると思うのです。
ですから私が1時間に100尾のペースになってしまって、気持ち的には焦りに似た感情を抱いたとしても、周囲からは「入れ食い」という表現がされるような釣れ具合に見えるのだと思います。
また、元に戻りますが、先の153尾/1時間といいますと9時間半に換算すると1453尾という釣果が計算できます。ですから昨年までの釣り時間であれば、1400とか1500とかの釣果が出たと同様のペースといえます。
ところが今年は1時間平均130尾の釣果を8時間持続することに「窮々と」しているというのが実状です。
この1時間に130尾平均ということは9時間半に換算しますと1235尾という釣果です。ところが8時間では1040尾ということで、やっとのことで1000尾をオーバーできる水準です。
このように昨年までとは違って、今年は1時間当りの平均釣果を30%程度引上げて、130尾/1時間ということにしています。
このことは私の体力を考えての決定ですが、家族の希望もあるわけです。もう歳だからというわけです。
じつはこの家族の心配が私自身のハゼ釣りの「技術」アップに一役買ったわけです。
総釣果は1000尾をそこそこにオーバーできればよい、問題は1時間平均の釣果を130尾以上に引上げたいということが今年の私の課題であるわけです。
このことを実現するための最大の要素は、魚影が濃いと見極めたポイントについて「ハズレ」を極力少なくすることでした。
この前提となる技術につきましては1日に1000尾を「釣り上げることができる」技術が私に備わっているということがどうしても必要になります。
いいポイントに「当たった」としても、そこにいるハゼを釣り上げる技術的裏づけが乏しいのであれば、それはどうしても150尾/1時間で釣れてもいいはずなのに、実際は100尾/1時間でしか釣ることができなかったということになるからです。
もっと極論すれば、釣れ盛っているときは「200尾/1時間」という猛烈なペースで「釣ってしまう」という技術がどうしても必要になることがあるのです。
これが「希薄」ですとどうしても平均釣果はある程度の水準で高止まりして、1000尾に到達できる水準に届きにくいことがあります。
このことは私も23年間には何度も痛い思いをしてきました。あとになって「あのときにもっと釣ってしまっていたら」という反省は随分とあったと思っています。
ですから、今年の場合は「1時間に130尾以上の釣果が望めない場所」という判断をするのがとても早くなりました。これは昨年までは「1時間に100尾以上」という水準であったわけですが、釣行時間が9時間半から8時間ということで個人的都合で短縮されていますので、1000尾釣るために「巻き返しを図る時間的余裕」が1時間半も少ないという現状があります。
過去には最後の最後に、つまり最後の1時間で、言い換えれば、夕方の1時間でようやくにして1000尾に乗せたという経験が何度もありましたので、今年はその夕方の最後の最後という時間が無いわけです。
ですから、最近では本日の潮時であれば、あのポイントで釣りたいが、朝一番はどこで、潮が動いたら次はこう動いてなどとシュミレーションして、あるいは、予定のポイントへ入れないあるいは予定のポイントで思っている釣果が打てないとなったときに、どこのポイントへ移るか、二つ目三つ目四つ目のポイント選定をしています。
もちろん、ひとつひとつのポイントでどのようにハゼの群れを探すかという技術についてはみなさんと同様のテクニックを使っていると思っています。ただ私の場合には1000尾という目標に届きたいという「思い」が強いとか、それが原因で場所の見切り方がとても早いとか(それは5分釣ればわかると思っていますので)あると思っています。
「次に移る場所」については既に書いたように選定箇所はある程度持っていますが、実際に移るまでの過程としてはいろいろと観察もし考えてもいるのです。
つまり、誰かが釣っていた場所というのは(ピンポイントのことが多いですが)釣ったハゼの数だけは確実に少なくなっているわけです。ですから、どのような「ウデ」の釣り人がそこにいたのかということは大きな問題であるわけです。
また、ピンポイントで釣っていたのか、「ジュウタン爆撃」のように「ある一定の面」のようにある一定のエリアを釣っていたのかということも問題です。
それらを自分の釣りをしながらよくよく見ておくことが必要なのです。ですから、既に釣りをしていた人がいたという場所であっても、そのボートからサオが届いていなかったエリアにはそれ相応のハゼは「残っている」のであって、逆にそれらのハゼはエサのエキスの影響である程度の活性は高まっていると私は考えているのです。
ですから、他のボートの動きをよく観察して、私が次に移る場所を選定しています。
今年はそのような「作業」の「綿密さ」が昨年まで以上に「丁寧に」「「緻密に」なったと自分でも思えるのです。
このことは、別の言い方をすれば、とても「気持が引き締まっている」ということだと思うのです。つまり、昨年までのハゼ釣りは「惰性に流れて」「ある程度大雑把で」「時間さえかければ」1000尾には届いていたという釣りだったといまさらながらに反省できるのです。極論すれば私の「技術的進歩」が「止ってしまっていた」だけでなく、「退化し始めていた」といっても過言ではありませんでした。
このことは私の「自惚れ」、ハゼに対する「侮り」の姿勢だと思ったのです。
そんなわけで「結果として」、1時間平均で130尾以上を8時間釣り続けるという「新たな私の目標を持った」ことで、私の気持も引き締まって、釣りもある意味「活性化して」、私がハゼ釣りをしている姿が「真剣なもの」に外部からは見えるのだろうと思うのです。
そのことが結果として「場所替えをする度に行く先々でどこでも入れ食いになる」という現象として観察できるのだと思うのです。
もちろんそうなれるのはそれだけのハゼの魚影が濃いということが大前提にあるわけですが、その点では今年は恵まれたシーズンになっていると思っています。
ハゼの神様がご褒美をくれた、と思うことができる釣りというものを、今シーズンはより強く感ずることができているということはとても幸せなことだと感謝しているのです。
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| 2011年7月31日(日) |
| その52. 2011年7月のハゼ釣り実績について |
2011.7.31
7月のハゼ釣りの特徴としては台風6号が来たことと、それに伴うアオシオが発生したことがありました。また、「隔週刊つり情報」誌の取材を受けたことでした。
釣果は7/4 1030尾(8時間)、7/8 1217尾(7時間)、7/12 1094尾(8時間、「隔週刊つり情報」誌の取材)、7/19、7/20、7/21、7/22以上4日台風6号の影響でハゼ釣りできず、7/23、7/24以上2日アオシオが放水路に侵入して被害あり、7/25 1044尾(8時間)、7/29 1070尾(6時間)でした。釣行5回で合計5455尾、1091尾/回、5回の延べ釣り時間37時間、平均147尾/1時間でした。
釣行1回8時間で1000尾以上、130尾/1時間の目標を達成できました。
2010年は7/2 1342尾(9.5時間)、7/8 1566尾(10時間)、7/14 1132尾(8時間)、7/20 1520尾(10時間)、7/26 1123尾(9時間、この日は8時間換算では997尾にしかならない)で、合計6483尾、釣行5回、平均釣果1296尾/回、5回の延べ釣り時間46.5時間、139尾/1時間でした。ただし、計算上8時間では997尾にしかならず、1000尾に到達できない日が1回ありました。
また、1時間当りの平均釣果も2011年の方が上回ることができました。目標を30%かさ上げしたことにより釣果とペースのアップが実現したのだと思います。
2011年の水温は、29.5℃、27℃、29℃、26℃、26℃で、平均水温27.5℃でした。
2010年の水温は、27℃、27.5℃、25℃、29℃、30.5℃で、平均水温27.8℃でした。
2011年は台風6号の通過後は極端に水温と気温が下がってしまいました。今後「残暑」みたいな暑さがあるのでしょうが、水温が低いほうがハゼにとって体力維持の上ではいいのではないかと考えています。
8月初旬に台風8号の接近がありそうですが、さらなるアオシオ被害が出ないよう願っています。
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| 2011年7月26日(火) |
| その51. 魚群探知機 |
2011.7.26
先日のこと、私は他のボートが釣っている様子を観察して、そのエリアでの釣果を予測しました。結論としては、その付近へ近づかなかったのです。
目安としたのは、ウデのよい常連さんが「動いているか動いていないか」ということでした。
私が経験している範囲内ですが、@上手な人ほど見切りをつけてボートを動かすのが早いAその他の人たちは食い渋っていてもあまり移動しない、という傾向があると思っています。
その基準からしたらその日は私の経験の範囲内で判断できたのでした。
また、上手な人が動く場合でも@釣れていて釣果を伸ばすために移動するA食い渋りを直感して新しい場所を捜すために動く、の二通りがあると思っています。
この場合の見分け方としては、私なりの基準があって@釣れていて釣果を伸ばすために移動するときは、川に対して縦方向(上下)へ移動する、つまり同一の水深付近を釣っているということA食い渋りと判断して、よりよいポイントを探すときは、浅い場所、深い場所などランダムに動く、あるいは、川を横断するように岸から沖へ、また岸方向へなどと動く、またはそれとは別に大きく場所を移動する、という傾向があるようです。
以上の基準を利用するためには、どのボートが常連さんが乗っているのか等々のデータを必要とすると思っています。
私の場合にはそれを無意識のうちに判断しているわけです。
このようなことをハゼ釣りの釣行のたびに積み重ねていますと、ボートの動きを見ているだけで、釣れているのかいないのか、どの程度の釣れ具合なのかということが「おおよそ」見当がつくようになるわけです。
こうなりますと@今の時間でAこの天候でBあの水深でCあれだけ散らばっている集団でDあのポイントでEあのサオの上げ方で、という具合にハゼの魚影とか食い気とかが判断できます。
ですから、私が釣り場に着く前に先着のボートがいて釣りをしていて、それを見ながらポイントへ行くわけですが、そんなときでもいろいろと観察できるわけです。
とくに江戸川のボートでのハゼ釣りの場合は、「どの水深を釣るか」ということを私は常々課題として釣りに臨んでいるわけです。
ですから、自分が釣りをしているときであっても、そこが入れ食いの場合であっても、常に周囲のボートの動きを観察するようにしています。とくに他のボートのいる@水深Aサオの上げ方Bどのような人が釣っているのか、という3点は注意しています。
それによってそのポイントの「魚影」が推測できると思っているからです。
このことは、私がいま釣っているポイントから離れて、他の場所へ移るときの「移動先の目安」を常に選別しているということです。
つまり、あそこにはまだハゼが「残っている」とか「あの人がいたところでは食い気のあるハゼは釣られてしまった」とか「あそこは潮が替わってから行こうか」とか、いろいろと頭が回転しているわけです。
今年の場合はとくに1時間に130尾平均で8時間を釣りませんと1000尾に到達できないという私なりの新たな目標を立てましたので、これは従来の30%増の目標値ですので、ポイント選定の「ハズレ」を極力少なくしたいわけです。
したがって例年以上に周囲の観察をこまめにしています。
これは言い換えれば、他のボートの動きを「魚群探知機」として見ているということになると思うのです。
逆のことも言えると思います。
それは私のボートが魚群探知機の役割をすることがあるのです。
私が釣っていますと、しかも、釣れている様子がありますと、周囲になんとなくボートが集ってくるということがたまにあります。
私は平日にハゼ釣りをしたくて「早期定年退職」と称して早々と仕事を引退してしまったほどの「釣りバカ」ですので、盛期の土日祝祭日の混み方はいやというほど経験していて、ボートがぶつかりあうような混んでいるところで長年釣りをしていました。
そんな具合ですと、一日に1000尾を釣るようなペースですとどうしても「目立つ」わけです。そうするとどうしても「あの場所は釣れる」という認識になるわけです。これは私自身もかつてそのような時期がありましたので、その気持は十分理解できます。
たくさん釣りに見えているお客さんの中にはボートの操船も十分出来ない人もありますし、風と波があるときはボートが自由にならないときもあります。そんなときはどうしてもそんなつもりは全くないのに、ボート同士接触するとか1.8mのサオが隣りのボート届いてしまうとか、そんな至近距離にボートが並んでしまうということも随分とありました。
そのようなことになりそうだと思ったときは、つまり、なってしまってからでは遅いですから、早めにそこから離脱するということをしょっちゅうやっていました。
そうしますと、私のボートがあった場所に他の人がアンカーを入れるということがよくあったのです。
これは、いいとかいけないとかのことではなくて、私を含めた釣り人の心理としてそれはそのようなものだと私は思っているのです。
このように書いてくると「自信過剰」だとか「自惚れている」とか「そんな書き方はないだろう」とかご意見があると思いますが、私の筆不足ということでご容赦いただきたいと思います。
そのようなことをさんざん経験してきて、「平日の空いている日」にのんびりと気ままに気の済むまでハゼ釣りをやりたい、という気持が相当に「煮詰まってきて」とうとう早期定年退職してしまったのです。
ですから、若い方たちは当分の間「現役」でしょうから、どうしても土日祝祭日の「サンデー釣り師」ということですので、混みあうときの釣りということになると思います。
そうなりますと、そのような日に、700とか900とか1000とかを釣るということが、どれほど難しいことかということをよくよく私はわかっているつもりでいますし、周囲からマークされて「釣れる場所」ということでボートが何となく集まってくるということもあると思います。
そんなこんなの私が経験してきたことを若い世代の方たちが経験していくのだと思うのです。
でも、仕事を引退するまではどうしてもサンデー釣り師ということになりますので、その辺はある程度あきらめていただいて、釣りを楽しんでいただければいいかと思うのです。これは引退した私がそういいますと嫌味に聞えるかもしれませんが、人間一つずつしか年をとりませんので私の立場になるまでは少し間があることでしょう。
いずれにしても、釣れているボートを見つけてその周囲へ移動して釣ってみるということはひとつのセオリーでもあるわけです。
自分でよいポイントを探し出すことを「省略」して、他のボートに魚群探知機の役割をしてもらえばいいわけです。
これは悪いことでもなんでもなくて、江戸川放水路のボート釣りでは「常識」と考えていいと思うのです。
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| 2011年7月10日(日) |
| その50. ポイント選定 |
2011.7.10
7/8に中流域で1217尾を7時間で釣り、173尾/1時間の平均ペースでした。瞬間的にはやり始めの2時間が200尾/1時間で、午後の1時間半が211尾/1時間のハイペースでした。
このことを私のHPに書いたわけですが、それを御覧になった方々が7/9に私が釣った同場所周辺でハゼ釣りをされたと聞きました。
ところが思い通りの釣りにならなくて別の場所へ移ったのだそうです。
私の情報は実際に釣ったことですから間違いはないのですが、7/9に釣った方たちは相当のウデの持ち主の方たちだったようですので、どのようなことが起きていたのかと思いました。
やはり@一晩でハゼの主力が移動してしまったA何らかの食い渋り要因があったのどちらかではないかと思いました。
それにしても私の情報を知って釣行された方々には申し訳がないことをしたと思っています。
7/8の私のポイント選定は@ズブズブの砂地は避けるA牡蠣の群落がある所B固い砂地C水面下の遺棄された杭がある場所D石、コンクリート片、少数の牡蠣などが点々と点在する場所などを目安にしました。
これは@干潮時間帯で干潟になっているときに目視しておくA釣るときはオールで底を突いてその感触で位置を確認するなどで対処しています。
とくに今年は私の体力温存方針が元になっていて、これは家族の熱中症の心配を考慮したことです。
ですから釣り時間の短縮ということにして、実釣8時間を目安にしました。
このことから必然的に1000尾の釣果を打つためには1時間に130尾平均で釣る必要があるという結論が出るわけですが、これを実現するためにはどのようなポイント選定が必要かという課題があるわけです。
昨年までは1時間に100尾あるいは110尾程度の平均釣果を持続できれば、釣り時間9時間半あるいは10時間で1000尾は釣れました。
今年は8時間でそれを実現しようとするわけですので、130尾/1時間以上のペースでハゼを釣ることが出来るポイントを選ぶ必要があるのです。この部分が昨年までと違うところです。
昨年までは80尾〜130尾を1時間で釣っていれば1000尾になったのですが、今年は100尾〜150尾程度と1時間平均で30%増程度のペースを臨んだわけです。
ですから、昨年までのポイント選定よりももっと「正確」にポイントを「当てる」確率を高くしようと考えました。
これまでは、「いまの季節」は、比較的に固い砂地であれば、粘土質のオールにねっちりと黒い土がついてくるような場所よりもハゼの数が多いということは経験的にも分かっていますので、オールで底を突いて固い砂地を目安にハゼを釣り、1時間に100尾〜130尾を目安に釣りをすれば9時間半でまずまず1000尾という釣果を打つことが出来ました。
固い砂地という部分の中には、底に何らかの「貝殻」や「石」その他の固形物が交じっている場所を含んでいます。また、牡蠣のほんの小規模な群落も含んでいました。
以上がこれまでの私の釣りポイント選定の目安でした。
ところが今年は130尾/1時間以上の釣果を8時間持続しませんと1000尾にはなりませんので、これまでのポイント選定基準だけでは不安になったのです。つまり、昨年まではどれほど「楽な釣り」をしてきたのかということを思い知ったということです。
少なくとも、私自身がマンネリしていたのではないかと思ったのでした。
というのは、牡蠣の群落の上というのは「良型のハゼ」の宝庫であって、それがわかっていて、そこを攻めなくても、1000尾を釣ることが出来たので、釣りやすいポイントばかりで釣っていたと思ったのでした。
それは無理もないことで、昨年までの釣果を見ても、1500尾前後とかの釣果は度々出しているわけです。従来のポイント選定方法だけでも、仮に釣り時間8時間であっても1000尾という釣果は十分に達成できるだけの実績があったのです。
しかし、過去の1000尾釣りの実績をよくよく調べてみますと、やはり8時間換算では1000尾に達しない日が多数あるわけです。
そのことは当時としては、1000尾を釣るという目標だけですので、それは9時間半なり10時間なりを釣っていれば1000尾ちょいでも1000尾は1000尾でした。
ところが今年は私の事情から8時間前後というタイムを設定しましたのでポイント選定方法を変更しませんと対処できにくいことになったのです。少なくとも従来の釣り方では8時間換算では1000尾に達しないというものが実績中に30%程度はあったということです。
このことは@昨年までよりも「瞬間風速」と私が表現する時速180尾〜200尾という釣果の時間帯を増やすA朝一からの2時間ほどを集中して釣果を伸ばすB正午までに700尾〜800尾を確実にゲットする(従来は昼までに600尾で1000尾は釣れた)C牡蠣礁の上と周囲での良型ハゼの釣りを徹底的にするD過去の実績で130尾/1時間以上のペースで釣ったことのあるポイントを徹底して釣るE新規開拓の釣りポイントを増やす(6月に既に実施)F過去に80尾〜120尾程度のポイントでも積極的に再挑戦して新たな気持ちで130尾/1時間以上になるように釣技の練磨をする(7/4に実施)、等々のことを思いました。
ですから、7/8の私の選んだポイントはCの牡蠣礁を中心とする場所をオールで底を突いて確認したわけで、仕掛けとハリの消耗を覚悟してたくさん用意して臨んだわけです。
もちろん、牡蠣礁からどの程度離れたら、どの程度の大きさのハゼになってしまうのか、アタリの頻度はどの程度違ってくるのか、というようなデータ集めも実施しました。そのことは当日の釣行記として「江戸川のハゼ釣り日誌」にアップしたわけです。
そうはいっても牡蠣礁はそれほどたくさんはないわけですし、干潮の度合いによっては干潟になってしまって、牡蠣礁がない場所での釣りということも多々ありますので、従来のポイント選定で釣っていた場所での釣りも当然のように多くあるわけですので、そのような事情のときにどのようにして130尾/1時間以上を持続できるか、持続可能にするにはどのような「釣り方」をすればいいのかという課題があるわけです。
6月から始めたミャク釣りはそのような課題を持って臨んだのですが、個別の日程では天候、体調、プライベート予定など、それぞれの都合があって釣りは一様ではありませんでした。内容については「江戸川のハゼ釣り日誌」と「天狗のハゼ釣り談義」の「6月のハゼ釣り実績」で述べている通りです。
結果としては、7/8までの一ヶ月間でミャク釣りの釣行8回で1000尾超が6回、1000尾未満が2回ということだったわけです。
問題は、最初に申し上げたように、1日にたとえ何時間であったとしても、その釣ったアベレージが130尾/1時間という目標に到達できたかどうかということこそが大事なのであって、それに加えて1000尾に到達したかということです。今年は130尾/1時間ということがとても大きな課題ということで私にはあるわけです。
そのようなことがあって、これまでとは異なった、ポイント選定とか、移動のタイミングの取り方とかになると思うのです。
ですから、7/8の私の「江戸川のハゼ釣り日誌」を御覧になって、同ポイントと思われる場所で翌日の7/9に釣りをされた方がおられて、思ったような釣れ具合にならなかったということがあって、その場所から移動されたということになったのですが、私としても翌日それを聞いて、「原因は?」と思ったわけです。
しかし、すぐに思い当たることもなく、私もそのうちに似たような潮の日に場合によっては「再挑戦する!!」ということもあり得ますので、ことによったら釣り場でご一緒するかもしれませんので、そのときはよろしくお願いしたいと思っています。
最後に、今年は昨年まで以上に、ポイント選定の確実さといいますか、正確さといいますか、狙った場所での130尾/1時間という釣りの「的中率を上げなければ」と思っているところです。
昨年までは「考えもしなかった」新たな課題を自分の都合のために、自分に課すという「ハメ」になっているというのが実状です。
でも、「もしも」、これが上手くいきますと私自身のハゼ釣り技術が進歩できたのではないのかと「一瞬でも」都合良く考えてしまうということになるのかも知れません。しかし、これは今の段階では「獲らぬ狸の皮算用」の部類の思いだと言えます。まだまだ、ミャク釣りをする予定の7月〜9月までの期間は長いです。8時間の釣りでは1000尾に達することが出来ない日も多いのではないのでしょうか。蓄積されたデータは正直ですから。
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| 2011年7月1日(金) |
| その49. 2011年6月のハゼ釣り実績について |
2011.7.1
6月になってミャク釣りをしました。
釣り場は最上流域を選定しました。月末は中流域を釣ってみました。これは例年の傾向としてシーズン当初は最上流域でデキハゼがよく釣れ、7月近くなると中流域でハゼが釣れるようになるからです。
釣果は6/4 880尾、6/10 1258尾、6/16 1202尾、6/20 1081尾、6/23 1058尾、6/27 748尾(これのみ中流域)でした。釣行6回、合計6227尾、平均1037尾/回でした。
2010年は6/2 811尾、6/10 1098尾、6/18 1330尾、6/25 1395尾で、合計4634尾、釣行4回、平均釣果1158尾/回でした。
水温は19.5℃、23℃、22℃、22℃、25℃、24.5℃で、平均水温22.6℃でした。
2010年は20.5℃、21℃、26℃、26℃で、平均水温23.3℃でした。
最上流域の釣りとしては、今年も例年通りの魚影でよく釣れたと思いました。なぜそのように思えたのかといいますと、大震災のときに江戸川放水路でもひどい津波に襲われて大きな被害がありましたので、ハゼに対しても悲観的な意見が多かったわけです。たしかに、ヒネハゼの釣りはまったく駄目で、ほとんど釣れなかったという惨状でした。したがって、デキハゼについても期待を持ち難い悲観的な空気でしたが、結果として例年並の釣果を出すことが出来ました。
中流域については、6/27に東西線車庫前で釣りましたが、アオシオが川に入っているのではないか?と勘ぐるほどの潮の色と釣れ具合でした。また、間の悪いことに正午過ぎから本降りの雨になりましたし、北東の冷たい風が強く吹きましたので、健康上の配慮から6時間半の釣りということで断念して納竿した次第です。この日のペースは115尾/1時間と手帳に記録があります。10時間釣れば1150尾というペースです。9時間で1035尾と計算上はなります。
今年は早々とアオシオの情報があります。大規模なものではありませんが、行徳沖はアオシオだったそうです。その水が放水路へ入りますので、ハゼとしてはご機嫌斜めということで、状況としては最上流域のハゼが一番機嫌がよいという状況で、中流域へ下るほど釣れ具合が渋くなるということです。今後の推移を見守りたいと思っています。
私の今年の釣りの特徴としては「釣り時間が短い」ことをあげることが出来ます。。
最初の6/4だけは9時間30分でしたが、次からは8時間、8時間45分、7時間30分、8時間、6時間30分で、平均釣り時間は8時間でした。
2010年は9時間30分、9時間30分、8時間、9時間30分ということで、平均9時間12分/回というもので、これが例年の釣り時間の平均に近くて、今年と比べても1時間12分も平均で長く釣っています。
今年の釣り時間が短いという原因の一つは、釣り宿の作業時間が「今年から」平日は午前6時から「午後3時まで」となったからで、実釣は午前6時10分開始というのが最も早かった私の開始時間でした。このことは無理のないことで、仕方がないことだと思っています。
ですから、午前6時に仮に釣りをはじめることが出来たとしても上がりが午後3時ですから釣り時間は9時間が最長ということになります。これは平日のことです。
土日祝祭日については、午前5時出船ということになっているようですので、午後3時まで釣れば、最長10時間の釣りが可能ということになります。
私の場合は、今季は土日祝祭日の釣りは9月末までは出来ない事情がありますので、今季は事実上10時間のフルタイムの釣りは不可能となります。最長で9時間(事実上不可能?)、おおむね8時間から8時間30分というのが私の釣り時間だと思っています。これは終わり時間が1時間早くなったからです。
このことは、私の更なる釣技の向上を目指す動機となります。
これまでは9時間半あるいは10時間釣って1000尾超ということも多かったわけですから、それが8時間とか8時間半とかの釣り時間で1000尾超に挑戦ということになりますと、過去の実績を振り返ってみますと、実績の何割かはその時間では1000尾に達していないというデータになるのです。
このことから、今年のミャク釣り実績は前年までと比べて10束釣りの@回数が少なくなるA連続回数が少なくなるB平均釣果がダウンする、ということが考えられます。
仮にそうであったとしても、1時間に130尾の釣果を8時間持続できれば1000尾に達することが出来るのです。前年までは1時間に最低100尾を釣ることが出来れば10時間で1000尾に到達できる可能性がありましたし、それでギリギリに1020尾とかで達成したということなどもあったわけです。
ですが、今年は1時間当たりの釣果を最低でも25%引上げて125尾/1時間とする必要があります。であれば8時間で1000尾になります。これは最低のラインです。
安全圏としては130尾/1時間以上をキープすることです。前年までであれば、1日で1200尾〜1400尾の釣果となったペースということになります。ですから、130尾/1時間を確保できたとしても、今年は1日で1040尾〜1100尾程度が私の釣果となるわけです。
そんなわけで私の釣果としては1000尾超の実績としても、表面上は、例年の釣果だった1300尾とか1500尾とかの釣果はなかなか出にくいということになります。8時間で1300尾ということは162尾/1時間ですし、1500尾ということは187尾/1時間ですので、これは過去では1500尾オーバーの釣果ということで、そう度々は達成できないレベルだからです。8時間とか8時間30分の釣り時間では私のウデとしては不可能に近いレベルです。したがって今後は私の最高釣果1956尾などという釣果は夢のまた夢でほとんど可能性のない数字になってしまいました。それは釣り時間10時間の釣果だからです。
そのような訳で、今年の新たな私の挑戦目標としては、130尾/1時間を目指して「8時間の釣り時間で」どのようにして1000尾を達成するかという課題です。
これは新しい「釣り環境」として私が心しなければならない事態だと認識しています。
ですから、今後としては私の釣果が1000尾に達しないことがあったとしても、その釣果をネットその他で知った方たちが、それは「ハゼがいない」または「ハゼが釣れない」ということではなくて、私のペースが130尾/1時間という目標に届かなかったという単純なことだと考えていただきたいということです。
したがって、私のネットではこれからは130尾/1時間などのように平均釣果を必ず表示することにしたのです。目安は130尾/1時間なのです。
そのようなわけで、今年は昨年までと違って、1時間当りの平均釣果を前年までの平均釣果目標の「30%増」と大幅にアップして釣りに臨みたいと思っています。これは私の新たな挑戦ということになります。
このことは、結果として「釣り時間が8時間」ということで、昨年までよりは2時間または1時間半も「少ない」ということになりますので、私の「体力」としては家族が熱中症等を心配する現状からみますと「歓迎」される状況であることは間違いがありません。
10束釣り実績は若い人に譲って、これからは、細く長くハゼ釣りを続ける心掛けに転向したほうが身のためかなと思っているこのごろです。
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| 2011年6月7日(火) |
| その48. アタリを出す |
2011.6.7
釣りをしていて一番つまらないと思うことは「アタリがない」ことです。少なくとも私はそのように思っています。アタリがないということは「釣れない」ということに繋がるからです。
私は江戸川放水路のハゼ釣りを本格的に始めてから今年で23年目になります。
やり始め当初での私のハゼ釣りの「実力」はまあそこそこに中級者の上くらいだったと思っています。
というのは、4.5mのグラスザオでの玉ウキのシモリ釣りと2.7mの和竿でのミャク釣りの二刀流で700尾を釣っていたからです。
そのことは釣歴とも関係すると思いますが、やはり地元で「旧江戸川」でのハゼ釣りや仕立船での浦安沖や行徳沖でのハゼ釣りをしていた経験があったからでしょう。
それにしても、私が江戸川放水路で師匠と出会っていまの3pの胴突き仕掛けでのミャク釣りを教わってからの「修行」の日々は楽しかったと今でも思っています。
やはり師匠とともにボートを並べて釣っていますと、師匠のアワセの回数が私よりもずっと多いわけです。もちろん「空アワセ」という技術があるということを知ったのはもっとずっとあとのことでした。
とはいっても、私よりはずっとアワセが多いわけです。ということはアタリを出せているということです。この点については私がどのように逆立ちしてもどうしようもない現実でした。
ですから私の23年間のハゼ釣りのテーマは「常にアタリを出し続けるには?」というものでした。これは今でも変わっていません。
江戸川放水路のハゼについては「極論すれば」放水路のどの場所であっても「ハゼはいる」ということがいえます。ただ、どの程度の尾数がそこにいるのか?という問題だけです。
であれば、エサをつけて仕掛けを投入すればアタリは出て当たり前ということです。なのに、拝見していますとサオを握って「じぃーっと」待っている姿を見かけることがときどきあります。
私にとっては、江戸川放水路のハゼ釣りは「釣れて当たり前」なのであって、自己満足させてくれるハゼの魚影がどの程度のものかという問題だけなのです。
ここまで辿り着くにはいろいろと悔しい思いもありました。何百万尾、何千万尾というハゼが目の前の川の中に「いるはず」なのに何でミャク釣りで一日釣って200尾ほどしか釣れなかったのか、という自己嫌悪です。
このことの中には「アタリを思い通りに出せなかった」という思いがあったわけです。
釣りというものは、私の意見としてはアタリがなかったらこれほどつまらないものはないと思っているのです。
アタリを思いのままに出せるようになることこそが私の願いでした。
アタリがないということは@ハゼが仕掛けを投入した周囲にまったく「いない」Aハゼはいるがエサに食いつかない、のどちらかでしょう。
すくなくとも江戸川放水路では@ということはまずありません。数の多少はあってもどの水深にでもハゼは「います」。これが私の見解です。もちろん、6月のシーズン当初と11月過ぎの季節とではハゼの着き場は違うでしょう。それでもまったくゼロということはないのです。
問題はAでこれはなかなかに深刻です。初期の私はやはりこの問題の解決がつかずに悶々としていた時期があったのでした。
Aを解決するためにはB誘いをかけるC敏感な仕掛けを使うDハゼがエサをくわえたときの震動が瞬時に伝わるサオを使う(ミャク釣り)Eエキスを振りまく(コマセなどの寄せエサ)Fエサを大きくつけたり軟らかくて飛び散りやすいエサをつけるF同一場所への振り込みを手早く繰り返す等々の対策をとると思います。
もちろんコマセといってもハゼを釣るためにコマセカゴを使ったりアミコマセをまいたりなどというのは論外の釣りですが、思考方法としては「ハゼを寄せる」という着想がとても大切です。
やはりボートの周囲360度を6つのエリアに分割して片側3つのエリアで各10尾ずつを最低でも釣る、両側で合計60尾、それを最低でも1時間で釣ってしまう、という技術とか考え方とかを私はとりました。
一箇所で60尾を釣ることが出来るのであれば、一日10時間のうちで10回移動して釣れば単純計算でも600尾は釣果となるはずです。
あとは1時間当りの釣果を60尾から100尾にするにはどうしたらいいか、ポイント選定眼の練磨、データの蓄積、手返しスピードの上達、臨機応変にエサつけを変化させる機微、釣果のカウントの正確さ等々も必要だと思うのです。
これらのことは意識しなくても私の場合には一日にミャク釣りで1000尾という「目標」がありましたので、自然と身についたわけです。
もともとの最初は師匠に教わった技術をマスターするためには「漠然と」ハゼを釣ったのではマスターする速度が遅いだろうと思って、一日に1000尾を釣る、という目標を設定したのであって、あくまでも1000尾というのは技術上達のための目標でした。
ですから当初の釣法は一本ザオでのミャク釣りで、水中遊泳と軟着陸の技術修得を目標としていて、エサが着底直後に出るハゼの「チクッ」「コツッ」「モゾッ」などというサオ尻を握った手の平に出るアタリの感触ですかさずアワセる釣り方でした。この場合には「ハゼの口にハリを引っ掛ける」という釣りであって、間違ってもハリを飲み込まれるということはあり得ない釣りでした。ハリを飲まれたなどということは「恥」なのです。そういう釣りです。この釣法の最大の課題は振込みの技術でした。
そのため始めのうちは、ともかく、「チクッ」のアタリを出すことに全神経を使ったわけです。誘いをかけてから「チクッ」が出るのではないのです。胴突きのオモリが着底直後に「チクッを出す」のです。この点は私の筆力が未熟なせいでしょうか誤解があるのかもしれません。
そのようにして始めたことが、いつの間にか、1000尾を釣るために、師匠直伝の技術を「利用する」というように逆転してしまったのです。つまり、一本ザオでの1000尾釣りが何十回も実現しますと今度は2本ザオでの釣りとはどのようなものになるのかという興味が湧いたのです。
ことのことは、私の「トシ」とも関係があります。気持としてはだんだんと「横着な」「楽な」釣りに変化したのだと思いました。
結論から言えば一本ザオの釣りと2本ザオの釣りは全然違った釣りだということです。少なくとも私の見解では@1本ザオのミャク釣りはハゼの口にハリを引っ掛けるという「芸術的な」「美しい釣り」であるということA2本ザオの「ミャク釣り」は置ザオの釣りであってハリを「飲ませて釣る」釣りであるということであり、自分からは誘いもやらないし、当然のようにアタリもあわせない釣りです。サオを手に持っていないからです。
2本ザオのミャク釣りとよく言いますが、ミャク釣りというのはサオを手に持ってアタリをとる釣りのことです。
つまり2本ザオの場合には2本同時に合わせて釣り上げるとか空振りするとかしますと、これはミャク釣りと表現してもいいと思うのです。しかし、そうはうまくいかないものです。大体が片方のサオだけアタリがあって釣れて、もう一本のサオはともかく置ザオにする、釣れたサオを投入してから置ザオにしたサオを聞きアワセする、それが釣れていなければまたサオを両手に一本ずつ持って「ミャク釣り」をする、ということになります。
それでは置ザオにしたサオにハゼが「釣れてしまっていた」としたらどうでしょうか。
そのときは置ザオの繰り返しでしょう。ということは2本ザオである程度の釣果を打つ場合には置ザオにしていてそれで釣れてくる回数が結構な頻度であるということです。
私の経験では、2本ザオでの「ミャク釣り」の釣果が200〜400尾ほどの場合には比較的に置ザオで釣れてくる回数が少なくて両手にサオを持って振り込んだり誘ったりしている時間が長いのです。もちろん釣っている水深とか季節によって釣り方などには変動があることは確かですから一概に一般化はしにくいと思っています。
私の江戸川放水路でのハゼ釣り人生の前半は一本ザオのミャク釣りで、後半は2本ザオでの「ミャク釣り」人生なのです。つまり、後半は2本ザオでの「置ザオ釣法」でいかに1000尾を釣るかという試行錯誤の釣りでした。
やはり800尾とか、1000尾とか、1500尾という釣果になりますと、「2本ザオのミャク釣り」で釣っていますと、どうしても50〜70%のハゼは「置ザオ」のサオで釣っているという現実が私の場合にはあるわけです。
ということは、振込みのテクニックとしてはあくまでも水中遊泳の技術を前提とした振込みであって、着底も軟着陸をイメージしているわけですが、軟着陸直後の「チクッ」というアタリをとることを「放棄」しているわけです。というのは片方のサオを振り込んだ次の瞬間には振り込んだサオからすでに手を離しているのであって、空いている手は置ザオを聞きアワセしてハゼを取り込んでいるからです。
このことが可能になる大前提は@釣れるハゼが目の前にいるAそのハゼの食い気が立っているB振り込んでいる一点にハゼを寄せている、ということがあるわけです。
ですから釣り始めたときの何投かの振込みはとても大事になるのです。また、振込みをする角度を替えて「新場所」方向に振り込むときも同様です。この置ザオのパターンが実現しませんと必然的に両手にサオを握って誘ったりして「アタリを待つ」というパターンの釣りになります。
釣り会の制服を着て両手にサオを持ってアタリを待っている姿というものは「決まっていて」美しいと私はいつも思っているのですが、私自身がそのような姿に外から見えるときは1000尾を目指している割には「釣れていないとき」ということになるわけです。
それはアタリが少なくなってしまった証拠でもあるわけですから場所替えの潮時のサインでもあるわけです。
もちろん、手を尽してある程度の食い気のあるハゼを釣りきってしまったことが原因であるのか、あるいはそうではなく自己責任の部分が大きくてハゼはまだたくさんボートの周囲にいるのにアタリが出せないで両手にサオを持っているのかという違いはあると思うのですが、ともかくアタリが出ない、あるいは、出せない、というときは移動するということが一つの手段であることは確かです。
とにもかくにも、釣りというものはどの魚種の釣りであっても「アタリを出し続ける」ということこそが、釣り人にとっては最大の課題なのだとつくづくと思う昨今です。
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| 2011年5月21日(土) |
| その47. デキハゼ逃げる |
2011.5.21
5月19日に伊藤遊船さんへお邪魔したときに、ハゼが逃げた話を聞きました。
これは私にとって待っていた「朗報」です。
話によれば、桟橋近くの水際で人が近づくとハゼが「ザザーッ」と逃げるのだそうです。大きさは、3〜4cmくらいかなあ、ということでした。
それを聞いて私は桟橋を歩いて川面を見に行きました。私の目的は、水面を泳ぐ「メダカ」のハゼを見たいということでしたが、残念ながらメダカは見られませんでした。
水際の川底にいてザザーッと逃げるハゼは今年の一番子ですから、私が見たいと思って探していたメダカは二番子あるいは三番子のハゼということになります。
第一陣で孵化したハゼが大きくなってきて、次の第二陣のハゼの孵化は終ってしまったのかこれからなのか気になるところです。
久しぶりにいい話を聞いたのですが、問題はハゼの魚影がどのくらいの濃さなのかということです。
でも、こればかりは「実際に釣ってみなければ」わからないことなのです。しかし、あっちの水際、こっちの水際という具合に、あっちでもこっちでもザザーッと逃げるハゼが確認できるようであれば、安心できる程度の魚影かなあとも思えるのですが、その辺の確認はとれていません。
そうであったとしても、対岸の船宿さんでもハゼの姿が見えるという話だということですので、ある程度のハゼの姿は目撃されていることは確かです。
こうなりますと、よいほうにしか解釈しない性質の私などは、すっかりハゼ釣りモードになってしまうのです。
そうはいっても3〜4cmの大きさでは、相手にするには「不足」です。やはり、これは「可哀相」とか「資源保護」のためにとか、「釣り趣」とかを考えますと、やはり魚体が5p以上になるまで待つということが一番よい選択肢ということになります。
まあ、人間がそのように気を使ったとしても、白鷺などの鳥が水際を歩いてときどき嘴を水に突っ込んでハゼを追いまわしている様を見ますと、腹立たしいやらうらやましいやらで複雑な心境です。
いまはまだ水際のごくごく浅い場所にいるハゼですからシラサギに追いまわされたとしても食べられてしまう数はさほどには多いと思わないのですが、それでも10羽、20羽と数が増えますと、これは容易ならざる事態ということです。
でも、それが原因でハゼの魚影が薄くなってしまって、釣りに影響があるようなことになるとしたら、それはもともと魚影が極端に薄かったということだと思うのです。そのようなことにならないことを願うのみです。
もうひとつ、越冬したハゼですが、これがまたなかなか釣れてこないようです。これでは今後仮に釣れたとしても昨年までのような釣果には恵まれないのではと思っています。
しかし全く姿を見ないかといいますとそうではなくて、エビを捕獲するための籠などにヒネが入るというのです。釣り人のハリにかかるような場所に広く展開するほどの数はいないのではないかと心配になります。
またヒネハゼにとっての天敵は鵜の食害ですが、この鵜がかなり頻繁に江戸川にきていて潜ったり浮いて出たりを繰り返しています。
獲物はハゼ、イナッコその他の小魚ですが、ハゼも食べられてしまうのではと心配しています。
以上のことは自然界のことですので私たち人間がどうしようもないことですが、気持だけは焦ってしまいます。
今シーズンのハゼの出だしはまったく「不調」という出だしですが、先日、いまから10日ほど前から江戸川放水路で「バチ抜け」という現象がありました。バチ抜けというのはゴカイなどの生物が生殖活動のために水面へ泳ぎ出てきて精子と卵子を振りまくことをいいます。穴から出るときに長いからだの一部を切り捨てて水面で生殖活動をしますので、魚にとってこれほどの美味しい御馳走はないのです。
バチ抜けがはじまったという情報を聞いて私はこれでハゼが大きく育つと思いました。
それから10日余り、いよいよハゼの逃げる姿が目撃されましたので、あと一息でデキハゼ釣りが楽しめるシーズンになると思ったのです。
5〜6月のハゼは俗に1週間に1pほどの割合で大きくなる、ということが言われています。このことは実証されたことではないのですが、俗にそのような生長スピードの時季があるということです。
常識的にも15cmのハゼが16cmになるのに1週間しかかからないといわれても、それは俄に信じられないことで、確かにそれはないことだと思うのです。しかし、3pのハゼが4cmに育つのに1週間でそうなるということは私などは素直に信じてきたものなのです。
人間でもそうですが、生長のスピードというのは若いときほど早いものだと思うのです。
現実としても毎年のように江戸川で目撃されるハゼの姿から出てくる結論はそのようなものですので、5月19日の時点で3〜4cmということは、あと2週間すればそれらのハゼは5p以上に育ってくれているのだろうと推測できるのです。
そうであれば今年のデキハゼ釣りは6月のデキハゼ釣りの開幕にちょうどよく間に合うということになりそうです。
ボート屋さんの準備も、今年は震災の津波の影響で遅れていて、6月開幕にようやく間に合うかどうかという状況のように見受けられます。
したがって、私の目下の関心事は「魚影」がどの程度の濃さなのかということですが、こればかりは、釣りをしてみないことにはわからないことなのです。
かといって、5月中に釣りをしたとしても、スレ掛かりなどで4cmとかのハゼを引っ掛けてしまいますと、放流したとしてもハゼが死んでしまう確率が高いので躊躇する部分があるわけです。
ということで、ハゼが「ザザーッ」と逃げたという情報は願ってもない「朗報」なのですが、いま少し辛抱して、ハゼが大きく育ってくれることを祈って待つしかないといい聞かせている毎日です。
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| 2011年4月29日(金) |
| その46. 越冬したハゼの試し釣りについて |
2011.4.29
本日4月29日に江戸川放水路で越冬したハゼのリールでの試し釣りをいたしました。釣果はゼロで、いわゆるオデコです。
水温は19℃でしたので幾ばくかの期待感をもってサオを出しましたが7本のサオを投入中にすでに「釣れないかも」という感触になってしまいました。これは理屈ではなくて「感じた」のです。仕方がありません。
釣りをした場所は過去に釣れたときの実績のある場所でした。そのような場所しか回りませんでした。これには理由があって他宿のボートが4隻すでに釣りをしていたので、その方たちが釣っている場所についてはサオを出さないことにしたからです。
いまの季節はどなたが釣っても釣れないとなれば、たとえ誰が釣っても釣れないという季節だからです。私はそのように思っています。
ですから、1時間ほど釣ってから、もちろんその間は釣りながら他宿のボートの動きとかサオを上げるときの様子をしっかりと観察していました。ともかく私も釣れないですから、ヒマなので見ていたわけです。
それからボートを漕いで4隻のボートを巡りました。その時点ではどなたもが釣れていませんでした。エサをつけて何本かのサオを投入して4人の人たちが朝早くから釣っていてまだ釣れないとおっしゃるわけです。
そうであれば、これから仮に釣れたとしても、釣果は知れたものです。釣れたとしても後日に釣り人がきて「釣れました」と喜んでいただけるような釣況ではないものと判断しました。
したがってその場を離れて私なりに試し釣りをしましたがオデコの結果でした。
過去7年間の4〜5月中の越冬したハゼのリール釣りの釣果実績は次の通りです。なお、この時季のミャク釣り実績は(ミャク)と記しておきました。
2004年 4/29 23、5/1 146、5/7 130、5/12 255、5/18 209、5/25 181、5/29 97
2005年 4/9 9、4/17 42、4/29 120、5/4 204、5/9 171、5/12 245、5/14 189、
5/15 115、5/18 56、5/28(ミャク)282
2006年 4/17 0、5/25 104、5/29 58
2007年 4/18 0、4/29 0、5/20(ミャク)406、5/26(ミャク)427
2008年 5/1 35、5/13 153、5/21 310(越冬ハゼリール自己記録)、5/26 190
2009年 4/29 13、5/15(ミャク)352
2010年 4/24 0、5/14 136、5/21 158、5/28 110
2011年 4/29 0、以下未定
このようなデータを眺めていますと越冬したハゼがよく釣れた年とそうでない年のことがよく分かるのです。江戸川放水路の自然環境が微妙に変化してきているのかも知れません。
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| 2011年4月22日(金) |
| その45. 不思議なこと |
2011.4.22
世の中には不思議な現象に出くわす方もおられるようです。
3月11日、この日は東北地方太平洋沖地震が午後2時46分に発生した日です。
この日は小潮で干潮時間が午後2時31分でした。
この地震発生時刻に潮干狩りをしていた人たちがいました。場所は江戸川放水路下流域の湾岸道路下流の右岸側で、京葉線鉄橋の下手、右岸陸上に石油タンクが林立する岸壁の外側でした。
この辺一帯は干潮時間には干潟が露出します。ここでは、アサリ、ホンビノス貝その他の貝類が獲れます。
この場所の干潟で貝を獲っていた人たちは、地震の大きな揺れに気付きました。もちろん江戸川の水が大きく揺れて波打ちましたので危険を感じた事は確かでしょう。
それよりももっと驚いた事は、自分たちが貝を獲っていた何もない砂浜だけの干潟に、地下から「にょきにょき」と無数の棒が「生えてきた」ことでした。その数は数百本にものぼります。
この情報は船宿の船頭さんが後日地震後の見回りに出たときにその干潟に貝を獲りにきていた人たちから聞いたことなのだそうです。それを聞いた船頭さんから私が4月20日に聞き取ったということです。
話としては、干潟から棒が生えてきたというのです。この奇妙な現象はいったいなんだったのでしょうか。4月20日現在で私が見に行ったときにも、それはもう無数の「棒」が「生えて」います。生えたと表現するのは、それまでは一本だってそのような棒は見られなかったエリアだったからです。これは異様な光景です。
これまで長い間ハゼ釣りに行っていますが、この場所にこのような光景はありませんでした。
しかし、よくよく考えてみると、この一帯は海苔養殖の種つけ場であって、毎年9月のお彼岸過ぎになると漁師の方々が養殖網を張るために竹の棒を立てる場所だったのです。
そのことに思い当たりますと「生えてきた棒」の正体は昔の海苔養殖用に立てた竹棒の残骸であって、棒を取り除くときに深く刺さっていた部分が折れて地中に残されたものだろうと推測できるのです。
とはいっても、林立している形状と棒の密集の様子が、海苔養殖の棒立て方法と違う側面も伺えると思うのです。
昔、ここで工事等をしたときの羽口などの材料が残されていて、それが江戸川放水路の洪水その他で長年の間に干潟の地中に埋没したのではないかと思われるのです。
いずれにしても平常時にはまったく人目につかない地中に隠れていたものが、3月11日午後2時46分の地震と同時に「にょきにょき」と姿を現したのです。
これに遭遇し見届けた人たちはびっくり仰天した事でしょう。
ではいったいこれはどんな現象と考えればいいのでしょうか。
一つには地中に隠れていた棒が地震の揺れによって「浮き上がって」きたということが考えられます。コンクリートの塊などの比重の重いものは多分逆に沈んでしまったでしょう。ということは液状化が起きたと思えるのです。
二つには地盤沈下したのではないのだろうかと思えることです。
きっと以上二つの事が連動して起きたのでしょう。結果として貝を獲っている人たちの目の前で「にょきにょき」と地中から棒が「生えてきた」という現象になったと思えます。
こんなことは一生のうちに目撃できるなんて一度だってない事でしょう。私がここにこのように書いたのは、このブログを見ている皆さんにこのような事実を伝えるとともに、何かの役に立てるのではないかと思ったからです。
じつは、棒がなかったところに「生えている」という事実は、江戸川放水路全域にわたってあるわけです。
4月20日、この日は大潮の干潮時間が正午過ぎの12時19分ということで、私は行きつけの伊藤遊船さんにお願いして船外機に乗せて貰って、江戸川放水路の全域について視察をしてみたのです。視察といっても大げさな事ではなくて、船外機に乗って船頭さんの案内で2時間ほど見て回ったわけです。
そうしますと、先ほどの棒のことですが、昨年のハゼ釣りの時までには「なかった場所」に棒が立っているわけです。それは一箇所だけではなくて、あっちにもこっちにもあるわけです。場所によっては棒だけではなくて、コンクリートの塊その他の残骸が干潟に埋もれた形がその一部あるいは全部が露出しているのです。
そのような光景はこれから先は当たり前の光景として普通になってしまうのでしょうが、その気になってみてみると異様な光景とうつるわけです。
また、別の事ですが、地盤沈下が多くの場所で起こっている事です。地盤沈下は、ひとつには江戸川放水路「全体」で沈下があったと考えてもいいと思えるのです。その中で一部は噴砂現象などによって局所的には高くなったと思える場所もあるということです。
船外機で一周しますと、大潮の干潮時間で、しかも一年中で何回かある大きな潮の引き方をする大潮の当日なのに、水面上にでてもよい川底がまったく姿を現さないのです。
具体的には東西線車庫前とその対岸の川の中央に存在する中の瀬は大潮や中潮の干潮時間には露出していました。露出しないまでも船外機ではまったく航行できないほどの浅瀬になってしまうのですが、視察した4月20日には干潮時間であるにもかかわらず、船外機ですいすいと航行できるのです。この事実には船頭さんもとても驚いていました。
また、高圧線から上流の左岸側つまりクリーンセンター側ですが、こちら側の干潟は露出する面積がとても少なくなってしまいました。あきらかに地盤沈下したものと思えます。
この地盤沈下につきましては、行徳沖の海の干潟で潮干狩りをする場所があるのですが、つい最近に潮干狩りにいったところ干潟が出ないというのです。このことは南に位置する浦安市日ノ出地区の岸壁の外側は毎年浦安市民が潮干狩り場として楽しんでいて、浦安市としてその場所に今年は児童の学習用の施設を建てる予定だったのが、潮干狩りをする干潟がほとんど姿を現さないために、その計画は立ち消えになってしまったのだそうです。
また、江戸川放水路の中央部分、あるいは、水通しのよかった水域については、川底がコチコチの砂地に変化してしまいました。その原因として考えられる事は、津波が押し寄せたときに、これは一度ならずも何度も何度も繰り返し押しては引いてを繰り返し、それも大変なエネルギーの津波でしたので、川底の表土を根こそぎ浚って持っていってしまったと考えられるのです。
もちろん粘土質でネチャネチャの干潟だった場所も、全部ではありませんが、表面のやわらかい土がなくなってしまって、硬い砂地に変わった場所も多くあるのです。
これは逆に、浚われてしまった軟らかな土はどこかに堆積したとも思えます。このことは津波の勢いが静まってからある場所へ堆積したと思うのです。江戸川放水路の川筋で水面下で見えていない部分がたくさんあるわけで場所によっては浅くなってしまったエリアが今後わかってくるものと思います。
このことについて私が「危惧」したことがあって、それはハゼの孵化前の卵が津波によって表土ごと流されてしまったのではないのか、というものでした。
このことに関しては、なんとも実証のしようがない事ですので、今シーズンのハゼの「湧き具合」を注視している日々です。たくさん湧いてくれ、というのがいつわらざる心境です。
最後に湾岸道路下流域の右岸一帯に石油タンクが林立し、タンカーが接岸するシーバースがありますが、その石油タンクを囲む江戸川放水路側の岸壁がおよそ100mほどにわたって放水路側の干潟の上に倒壊いたしました。
これは4月20日現在でも手付かずのままで復旧工事未着工の状態であるわけですが、その直後に押し寄せた2mほどの高さの津波にどうやら持ちこたえたようでした。いずれにしても岸壁内側の道路の土が剥き出しのままの惨状ですので地震の激しさを物語っていると思います。
私は4月の後半に越冬したハゼの試し釣りを予定しているのですが、このような状況とともに、じつは、川水の色などが、とても気になっているのです。津波のために東京湾全体がそうなのでしょうが、江戸川放水路でも、私にとっては何か理由はわからないのですが、何かが気になるのです。そのようなわけで試し釣りの延期をいたしました。もう少し様子を見て釣行しようと考えています。
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| 2011年4月11日(月) |
| その44. デキハゼ泳ぐ |
2011.4.11
4月11日に江戸川放水路の伊藤遊船さんへ顔を出しました。
いの一番に船頭さんに「水温」を訊いたところ、16℃ありますというのです。4月5日には13℃と言っていたのにとても早いペースで上昇しています。
ということは、4月5日に聞いた13℃というのは、じつはそれ以前の段階で比較的に早い日に13℃になっていて、それが気温の上昇が激しかったときに、例えば15℃とかになっていたのが、寒の戻りがあったときに13℃に下がって、その下がった水温を4月の5日に私が聞いたのだと思いました。
そのように一瞬考えていたときに船頭さんが、ハゼがチョロチョロと見えます、というのです。私は確認をしました。つまり、水面を泳いでいるかどうか、ということです。そうしたら、水面をチョロチョロしているというのです。これは間違いなく「デキハゼ」です。
船頭さんの話では対岸の船宿さんでも同じ情報があったというのです。
また、お隣りの船宿さんでも同じ話を聞きました。
これは「朗報」です。
昨年2010年4月の水温は測定をした4月24日で13℃であってこの日の午前11時半で14.5℃だったのでした。同年4月26日で水温16℃でした。
このことから推測しますと2011年の方が2010年よりも水温上昇が早いのではないか、ということです。2010年はデキハゼの釣りが1ヶ月遅れといわれたほど釣れ具合が遅かったからです。
今年の3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東京湾の津波は江戸川へは2m以上となって何回かに分けて押し寄せました。津波の威力は凄まじく海底や川底の土などを根こそぎさらってしまったようです。もちろん、川の中央部分と岸辺付近とでは違っています。岸辺付近の方がその意味では被害が軽微だったようでした。
この被害は全体として甚大だったのですが、ひとつには川底の形状の変化と固い砂地が多くなったこと、干潟表面の軟らかな土壌が流されて硬い地盤が多くなったこと、牡蠣礁の表面が流されて??、干潮時に水面へ露出する面積が少なくなってしまったこと、牡蠣礁のことは地盤沈下の疑いもありますが、いずれにしてもあれこれと川底の様子が変化したと言うのです。このことは船頭さんとの会話でいろいろと情報提供があるわけです。
その話を聞いていて、「ハゼの卵」はいったいどうなってしまったのだろうかと危惧していたのです。土壌と一緒に流されてしまったのであれば、孵化は少なくなってしまうだろうと思ったのです。つまり、「湧きが悪い」という年になってしまうと思ったのでした。
ところが、本日の船頭さんの情報では、すでに水面にチョロチョロと泳ぐ稚魚がいるというのです。もちろん、「大群」ではなくて、群れとして確認出る数十匹単位の数のようでした。
そうであったとしても、このような目撃情報が語られるということは4月5日の段階ではなかったわけですから、この1週間の間で孵化が完了して、水面を泳ぐ「めだか」のハゼが出現したということです。
ハゼの孵化はもちろん水温と密接な関係があるようですが、それにしても、孵化が開始してから28日間ほどで卵からめだかのハゼが出てきて水面を泳ぐとされているのですから、逆算すると3月14日頃には孵化が始まった計算になるのです。
このことは「驚異」です。なぜかといいますと、この時期は水温が13℃よりもずっと低かったからです。
ハゼの孵化が大地震による大津波の直後に始まったということは「自然の摂理」があるのでしょうか。つまり、種の保存本能です。
「自然の摂理」については2008年8月23日から始まった大規模なアオシオのときも経験しています。このときは江戸川放水路のハゼの90%以上は死滅したであろうと噂された惨状でしたが、このアオシオ終息後に孵化したハゼが多数ありましたし、生き残ったハゼは10月の段階で体長20pに達するのではないかと思われるほどの「巨体」に成長しました。それは江戸川放水路の中ではついぞ見かけなかった「巨体」でした。ともかく「デカイ」と評判になったほどの大きさでした。いままで川の中では釣れたことのない巨体だったのです。
このことはエサの量に対してハゼの個体数が絶対的に少なくなってしまったことから、ハゼの生長が早まったということが考えられましたが、別の見方をすれば、自然の摂理が働いて、壊滅状態になったハゼを一刻も早く産卵可能な魚体にして種の保存を図ったものと思われたのです。少なくとも私はそのように思ったものでした。
本日4月11日に5日には見られなかったデキハゼが水面を「泳いでいた」という情報は、逆算して計算してみると、自然の神秘を実感せざるを得ない状況だったのです。
いずれにしても、本日水面を泳いでいるハゼが、釣り人のハリにかかる5p以上の大きさになるにはまだまだ日にちがかかります。
4月後半に「ヒネハゼ」の試し釣りをする予定でいますが、それまでに水温が18℃を安定的にオーバーしていることを期待しています。18℃というのは私のデータではこの水温付近がシーズン当初にヒネハゼが安定的に釣れてくる水温だからです。
2010年4月24日にリール釣りで試し釣りをしたときは、朝の水温が13℃で午前11時半で14.5℃でした。昨年は極端な低水温の年で試し釣りは釣果ゼロで終りました。
今年の試し釣りはどうなるのか皆目分かりませんが、水温だけは18℃ほどにはなっていて欲しいと思っています。そのときに3pとか4cmとかの「デキハゼ」がハリにかかったとしても「当然のように放流」です。東京湾としての「大津波」を乗り切って孵化したデキハゼたちを釣って楽しむのは6月になってからのことでしょう。もし、5月の中旬以後にデキハゼを釣ることになるとしたら@デキハゼが大量に孵化したことが確認できたことAデキハゼの生長が早いことB越冬したハゼの釣果が思わしくないこと、などの事情があるときだと思っています。
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| 2011年4月6日(水) |
| その43. 越冬したハゼ |
2011.4.6
越冬したハゼのことを普通は「ヒネ」ハゼと言うことが多いと思います。
ヒネといいますと江戸川放水路では普通は体長15cm前後のハゼを思い浮かべます。
そのような大きさの越冬したハゼが、江戸川放水路で5月のゴールデンウィークの季節に釣れるかどうかということになりますと、私の経験からは悲観的な言葉しか出てこないのが実状です。
多分、そのような15cm前後の大きさのハゼもいるのでしょうが私自身で釣れた記憶がないのです。
それでは5月初旬の頃に釣れてくるハゼといいますと、今年生まれの「デキ」ハゼはまだまだ問題外の大きさであって、せいぜい体長2〜3cmになったかどうかというミニサイズです。
といいますのは、ものの本によりますと、ハゼの孵化温度は13℃だと書かれているのを読んだ記憶があります。
ハゼは「卵」の中でハゼの形に生長するのですが、卵の殻を破って「外界」へ出てくるまでにおよそ28日間かかると書かれていました。
ハゼの孵化する川や海、それぞれの土地の環境によって多少の誤差はあるにしても、たいていはそのようなものだろうと思っています。
さて、江戸川放水路の4月6日現在の水温はといいますと13℃です。この水温は2〜3日前から13℃だったのか、本日たまたま13℃になったのかは分かりませんが、ものの本の通りであれば、江戸川放水路のハゼの卵の孵化温度になったということだと思うのです。
ということは、今年生まれの、つまり「デキ」ハゼと呼ばれるハゼが水面に姿を現すのはこれから先28日後だということです。
もしもそうであれば、あるいは、それが当たらずとも遠からずであるのであれば、本日現在では「デキ」ハゼと呼ばれるハゼは江戸川放水路には1匹もいないと言っても間違いではないと思うのです。
ところが、船頭さんたちの話を聞いていますと、ときおり川底の障害物を取り除いたりすると、その中とか、その周辺に3pとか4cmの小さなハゼがいると言うのです。
人によっては「デキ」がいた、とおっしゃるのですが、それは私の意見としては、つまり、「越冬したハゼ」なのであって、昨年の12月後半の段階で、体長が2pとかなどのミニサイズのハゼが川底にいるのが確認されていますので、そのような昨年のシーズン中にかなり「遅れて」孵化してきたハゼたちがいて、しかも、冬の寒さを乗り切って越冬に成功したつわもののハゼだということだと思うのです。
ですから、12月といっても12月の初旬に卵から「外界」へ出て来たハゼはもう少し大きくなっているのであって、それは体長が5pとかになっているわけです。
私たちが2011年の5月から、リール釣りあるいはミャク釣りで越冬したハゼ(つまりヒネハゼ)を釣り始めたときに、釣れてくるハゼのサイズがハンコを押したように同じサイズ、つまり8〜10p程度と大きさが揃っているわけです。
それはミャク釣りなどで障害物回りなどのピンポイントを攻めれば、あるいは、12cmとか14cmとかが釣れる確率は高いのですが、リール釣りでの大きさはそのような「大型」は5月1日前後では釣れてこないのが実状ですし、釣れても稀だということです。
ですから5月中の越冬したハゼの釣りは、小さなものは8cmほどで大きくても10〜12cmというところです。
この越冬したハゼは、6月からの「デキ」ハゼのミャク釣りをする頃になりますと、そのころに小さなものでも8cmなどといいますと、これは「デキ」が5pから6cmというサイズですから、8cmといいますとこれはまたそれにりに「巨大」に見えるわけです。
人によっては、これをヒネとは考えずに「デキ」という方もおられるかもしれませんが、これはどう考えても「ヒネ」です。
4月6日現在で偶然に見つかって3pなどと観察されている越冬したハゼが6月初旬には8cmとか9cmとかになっているわけです。
それらの越冬したハゼが釣り人のハリにかからず、天敵の鵜の攻撃から逃げおおせて生長しますと、7月、8月の頃には15cmとかになるわけです。
ハゼが産卵できる大きさというものは、ものの本では体長13cmになりますと産卵すると書いてあります。もちろん、体長15cm以上のハゼと、13cmのハゼとでは産卵する卵の数が違うとのことですが、産卵ができる大きさになったということです。
ですから、越冬したハゼがある程度たくさんいて、どのくらいの数がいるのかということは私たち釣り人の想像も及ばないほどの数がいて、それが生き延びて夏になった頃に産卵するのだと思うのです。
もちろん、「デキ」ハゼも13cm以上のサイズになれば、理屈の上では産卵可能サイズになったというわけですが、「デキ」についてはどうでしょうか、夏から秋にかけて産卵するということを書くのはとても躊躇されるわけです。
「デキ」の産卵は、普通は12〜翌1月とされていますので、もし、すべてがそうなのであれば、江戸川放水路でのデキの出現が、1番子から8番子ほどまであるという未確認の実証されていない「話」というものはどのように考えればいいのでしょうか。
現実としては江戸川放水路では5〜12月の8ヶ月にわたってハゼの稚魚が群れをなして泳ぐのが確認できるのです。
一つの考えとしては、12〜1月に産卵されたものが理由は分かりませんが「順じ」にあいだを置いて、毎月のように、次々と孵化してくるのだ、という自然界の人知の及ばぬ出来事だというものを上げることが出来ます。
もうひとつは、先ほど書きましたように「越冬したハゼ」たちが、しかも4月の時点で越冬に成功したハゼのサイズが3pとかあるいは5pとか8cmとかのものが生長して6月〜8月にかけて産卵し、それが夏から秋にかけて「デキ」ハゼとして出てくるのではないかと思えるのです。
もちろん、どちらかがということではなくて、両方の考え方がどちらも正しいのであって、そのようにしてデキハゼが毎月のように孵化して現われて、次々とハゼが「補給」されていくという現象があるのだと思うのです。
江戸川放水路でハゼ釣りをしていますと、7月になっても8月になっても、9月になってさえも、6月のころのシーズンインのころに釣れてきた5pから7pのサイズのハゼが釣れてくるという「不思議」な現象が説明できるのではないのでしょうか。
小さなハゼが秋口になってさえもたくさんいるという現象は、もう一点、江戸川放水路のハゼの個体数が想像を絶するほどにたくさんいるのではないかと推測できることです。
このことは「アオシオ」被害があったときに見られることですが、水面を黒く染めるほどのハゼが棒のように突っ立って息も絶え絶えになって漂って流れに乗って移動していくという事が観察されます。
このようなハゼの幅3〜5mの「帯」は川幅300mほどの水面に何本か認められるわけです。このハゼを玉網ですくってバケツに入れますと八分目ほどの量になりますが、数えますと500〜1000尾はいます。ハゼのサイズによって数が違うのです。
こうなりますと全長3000mほどの江戸川放水路全体では「途方もない数」のハゼがいるわけで、億の数、どう控え目に考えても数千万尾はいるのだという推測が成り立ちます。
そうなりますと問題は、エサの絶対量がハゼの数に比較して足りているのか足りていないのかということです。このあたりに「いつまでたってもハゼが大きくなんない」という釣り人の感想の答えの一つがありそうです。
いつまでたってもハゼが大きくなんない、ということの最後の答えというものを考えてみますと、釣れてくるハゼは大きなものから比較的先に釣れてくる、ということがあります。このことは、現実としてあるわけで、それはエサ付けとか使用するハリのサイズも影響するのですが、比較的にそのような傾向があるようです。ですから、大きなサイズのハゼを先に釣ってしまいますので、結果として、特別に大きく育ったハゼが「いつもみなさんが釣りをするエリア」では数が少なくて、数が多い中型サイズが釣れてきてしまうということだと思うのです。
私などは長年ハゼ釣りを江戸川放水路でしてきたのですが、大分前から、ハゼのために「間引き」をしている、という考えを持つようになりました。このような思いというものは外れてはいないと思っています。
そうはいっても、私が一日に1000尾を釣ったということを知った人たちの中には、ハゼが「いなくなっちゃう」という感想をもつ方もおられるようです。
私としては、そのような「善意の」意見というものも心してお聞きしてそれを踏まえて釣りを楽しみたいものと思っているのです。
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| 2011年3月12日(土) |
| その42. 東北地方太平洋沖地震の影響について |
2011.3.12
2011.3.11午後2時46分に発生した地震は江戸川放水路にも大きな影響を与えました。
3月12日午後2時の時点で未だ津波が川中へも来ています。
桟橋に立って川面を見ていますと速い速度で潮流が上流へ下流へと行き来しています。水は泥色に濁っています。
繋留してある底引き船、乗合船などが流されるのだそうです。そのような威力があるものが津波なのです。通常の潮汐ではないことが起こっています。
3/11は東京湾奥にも気象庁発表の津波が横浜で160cm、晴海で110cmとされていますが、江戸川ではもっと潮位が高かったということです。実際にそうだったと確信しています。
その証拠に、伊藤遊船さんの桟橋の上に、津波で流されてきた葦の枯れ茎などが固まって乗っています。話では、桟橋が水没したのだそうです。
河川敷の駐車スペースは完全に水没して堤防の中腹あたりにまで水位が高くなったそうです。
押してきた津波は行徳可動堰にぶつかって押し返された水流が反転して山のようになって伊藤遊船さんの桟橋方向へ渦を巻いて海からの津波の上に乗るようにして下ってきたそうです。
このことは十分に考えられる事ですし、そのようなことをイメージする事ができます。
行き止まりの放水路ですから当然のように行き場のない津波は高く盛り上がるのです。
その結果して、江戸川放水路の船宿さんのすべての桟橋が水没、破損して、部分的には流失してしまいました。
伊藤遊船さんもそうであって流された桟橋を回収したそうです。
本日12日は船頭さん総出で桟橋の修復に取り組んでいました。
3/11の津波では、行徳可動堰を乗越えて、その上流の真水域へ流入したようです。野球場にしている河川敷が水没したのだそうです。
そのような状況の中で本日現在でも海水が干満にかかわらず急激に上げてきたりあるいは下げたりを繰り返しているのです。
伊藤遊船さん側の右岸を遡りますと、各船宿の桟橋が傾いてしまったり、沈没していたり、部分的に流失していたり、桟橋に繋留してあった船が横転していたりと無残な有様でした。
このような状況では、とくに潮が津波のために変則的な動きをしている間は乗合船の出船は無理なのではないのでしょうか。船宿によっては船を港の奥深くへ移動してしまったところもあります。
また、放水路でも「液状化現象」が起こったようです。
右岸側の河川敷から川中の30mほどにかけて、全部ではありませんが、「噴砂」現象があって、これは陸上では液状化といわれる現象ですが、川底に地底から砂が吹き上げて、その結果としてその部分の川底が高くなってしまいました。つまり水深がずっと浅くなったということです。その結果、浅場にあった牡蠣礁などが完全に埋没して、ダラダラの砂の斜面となりました。このような場所が右岸側の一部エリアで生じたということです。
部分的には20〜30cmは浅くなったでしょう。
そのために桟橋の岸近くの部分が、先端部分に引っ張られるようになって橋桁が川の中央方向へ傾いてしまいました。すごい力が働いたのだと思います。
ところが反対側の左岸側の船宿さんの話として訊けたのは、左岸側の一部で(これは現場を見たわけではありません、川の水の中のことですので)川底が深くなってしまったというのです。つまり地盤沈下があったということです。
話を総合してみますと、放水路の左岸では地盤沈下があって川が部分的に深くなり、右岸側では噴砂現象のために浅くなった部分があるということです。
このことは放水路のどの程度のエリアに広がっているのか、左岸でも逆に浅くなってしまった部分があるのでないかとか、右岸でも逆に深くなってしまった部分があるのではないのか、という疑問もあるのですが、その点についての確認はまったく取れていません。
ハゼ釣りを始めてみたら川底の状態が去年と違っているということに気付く事があると思います。
大地震によって陸地や海底などが隆起したり沈降したりすることは今回の地震でも見られることですが、東京湾についてもいまから300年前の元禄16年の大地震のときに、これは千葉県野島崎沖を震源とするM8.2の大地震ですが、このときに船橋沖の三番瀬が隆起して浅くなって徳川将軍に献上していた魚が獲れなくなってしまって御採浦の権威がなくなって浦安、葛西などの漁師が三番瀬で大規模に密漁をするようになって漁場争いが激しくなったきっかけになった地震でした。このように、大地震がくると地盤の隆起沈降は行徳でもつき物です。
それが今回は規模は不明ですが江戸川放水路でも起こったという事です。なお、余談ですが、埋立地である浦安の土地が大規模な液状化に襲われて、広範囲の各所で地盤が隆起したり沈下したりしました。交番が地面に埋って傾いたり、建築したばかりの新築住宅が埋ってしまったり、道路が凸凹になったり、堤防が傾いたり、ディズニーランドの敷地が液状化して噴砂に覆われたりしました。水道は断水、ガスは止り、停電もする、ということで浦安の新開地は大変な有様になっているのです。
それから「仮称妙典橋」の橋桁の建設工事が進んでいますが、この工事中の施設が津波によって一部損傷があるようです。
いずれにしても、湾岸道路の橋脚補強、架橋工事等による掘削によって水中に舞い上がった砂の沈澱、地震による噴砂の沈澱、川底の隆起と沈降等々の影響がハゼの孵化にどの程度影響するのかまったく分かりません。
今年のカレイの豊漁が地熱などの変化を感知したカレイの行動の結果なのかどうかわかりませんが、私としては、カレイが豊漁の年はハゼも釣れる、という私なりのデータを信じたいと思うのです。
本日現在の水温は私が測ったわけではありませんが、まだまだ10℃に達していないのが現状です。今年の水温も現状では低水温の状態が続いているものと思われます。
ハゼの孵化水温はものの本によれば13℃ということですので、10℃ではまだまだ低いと思っています。水温が13℃になると孵化が始まり、28日過ぎると卵から稚魚が泳ぎ出すということになっています。
そうであれば、今年生まれのハゼというものは江戸川放水路には本日現在では一匹もいないのだと考えても間違ってはいないと思っています。
今年のハゼ釣りは豊漁だったと笑える日がくることを楽しみにして待っているのです。
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