| 2008年9月8日(月) |
| その31 サイズの断絶と自然の復元力 |
2008年9月8日
私の著書などで、江戸川に棲息するハゼは、1千万尾とか、1億尾とかの数字を提示したのですが、読者のみなさんの中には、ちょっと、誤解する向きもあるようです。
たとえば、6月の初旬でも、9月でも、いつでも、そのくらいの総数はいるものだ、という錯覚です。じつは、そのようなことはないのです。
江戸川のハゼは、一番子から八番子ほどまで、孵化してくるものと推測されています。ただ、この点の実証はされておりません。あくまでも、関係者の憶測に過ぎません。
そうはいっても、江戸川で、何年もかけて、一年を通じて、釣りをしつづけてきますと、釣れてくるハゼの中心サイズが、入れ替わってくるのがよく分かります。お盆の頃の時季で、13pが釣れてきたとします。あっ、こいつは、一番子だな!とかです。同日に、10〜11cmがいれば、これは二番子だとか、8〜9cmであれば三番子、6〜7pなら四番子などと、私などは、サイズのランク付けをします。ただし、それが正鵠を得ているかどうかは別問題と、考えていただきたいと思います。実証できないからです。
このようにして、デキハゼのミャク釣りができるようになってから、落ちハゼ釣りの季節になるまで、水温が13℃以上であれば、産卵された卵からは、次々と孵化してくるのです。
問題は、一番子の孵化数が300万尾程度なのか、それとも、500万尾以上なのか、ということです。孵化したハゼは、はじめは、いわゆるメダカで、水面をチョロチョロと泳ぐというよりは、集団で漂っています。2pほどになると、川底にピッタリと張り付いています。成長の速度は、このころは、1週間に1cmといわれるほどの猛スピードです。6月初旬に5cmのハゼは、1週間で6cmになるわけです。そのような成長スピードというのが、私の耳学問の知識です。
ハゼの天敵は、江戸川では、鵜、シラサギなどのサギ類、セイゴ(フッコ)、アカエイ、マゴチ、台湾ガザミなどですが、別格でアオシオがあります。ただ、アオシオは例外として、他の天敵は日常的にハゼに襲い掛かるわけです。まあ、そのようなこともあって、何百万尾孵化しようとも、自然減があるわけです。
もうひとつ、天敵といえば天敵なのでしょうが、釣り人が釣り上げるということ、漁師が捕獲する、ということがあります。漁師の場合は別としても、釣り人が釣り上げる数は「タカ」が知れています。ほんの、ちょいと、間引きしている程度だと思っています。
そのようにして、孵化した一番子は、孵化の時点を最高にして、目減りします。その一番子が、今回のアオシオ騒動の時には、すでに、12〜13pになっていたわけです。ですから、アオシオ被害さえなければ、9月の季節は、彼岸ハゼといって、江戸川のハゼ釣りの中心サイズは、12〜13pの一番子を筆頭にして、10〜11cmの二番子などを中心に釣り人を楽しませてくれていたはずなのです。
江戸川放水路内で、アオシオ被害後の釣りをしてみますと、前記の一番子、二番子、三番子のサイズが、すっぽりと抜け落ちていて、釣れてくるサイズは、5〜7pがほとんどなのです。実際には、ときおり、10p級とか、ごく、たまに、12cmクラスが釣れることもあります。でも、それは、稀なことであって、通常の年の6月前半にデキハゼ釣りをしていて、ヒネが交じるような確率です。
この実釣の結果から推測できることは、アオシオが江戸川を覆っていた8月の22〜29日までの8日間に、私が目撃したハゼの死骸の中心になったサイズと合致すると思えるのです。つまり、「大きなハゼ」から先に死んでしまったということです。目撃していた時点で危惧したことが、現実問題として浮上してきたのです。
このような事情から私が知りえたことは、一番子、二番子、三番子がどれほどの数で孵化したのか、そして、釣れるだけのサイズに、どれだけの数が成長できたのか、未知数なのですが、アオシオ発生までの釣れ具合から考えると、本年は、豊漁を予感させる釣果でしたから、今回のアオシオで、一番子〜三番子までのサイズのハゼが、大打撃を受けたのではないかということです。生き延びたとしても、かなりの低い確率ではないかと思えます。それは、釣れてくるハゼの大きさの割合からそのように結論できるのです。
もちろん、今後の推移によっては、私の現時点での推測を撤回しなければならない可能性もあります。私は、かえって、そのようなことになることをすら、望んでいるのです。
このような事態になりますと、ハゼのサイズの「断絶」ということが起こります。つまり、いまの季節に釣れるはずのハゼがいなくて、釣れるサイズは、6月か7月初旬のハゼばかりということです。5〜8pがほとんどということです。
これらのサイズのハゼが、俗に、彼岸ハゼといわれるサイズまで成長するには、あと5〜8p以上、大きく育つ必要があります。一週間に1cm大きくなったとしても、5〜8週間かかるではありませんか。ということは、10月になってしまうということです。困ったことに、ハゼは大きくなるにしたがって、体長の伸びがどうも鈍化するようなのです。
ですから、今年のこれからの見通しは、どうしても、昨年のような型揃いの「秋ハゼ釣り」はできにくいのでないか、と思えるのです。つまり、釣り人を満足させてくれるサイズのハゼの数が少ないかも知れないのです。
別の面から考えて見ますと、一番子〜三番子までのかなりの部分が死んだと思えることから、そのハゼが10〜11月の季節に13〜17cmになっているはずなのに、そのサイズがすっぽりと抜けているということになりそうなのです。
私の裏付けのない私見をずうずうしく披露させていただけるとして、数字を挙げますと、一番子から三番子までのハゼの総数は、およそ、900万尾で、そのうちで死んだハゼの数は600万尾を下らないだろうということです。生き残ったハゼはもっと少ないかもしれないのです。
じつは、そのときに、四番子、五番子、六番子などが、おそらく孵化してきていて、成長過程にいたと思っているのです。それらもアオシオでいくらかは死んだでしょう。そうであっても、アオシオ後に釣れるハゼが小型ばかりということは、一番子〜三番子までのハゼと違って、相当数生き残ったものと推測できるのです。
ここで、まとめ的に推測すれば、四〜六番子も、一〜三番子と同様な数が孵化したとして、8月のお盆の時季には最大で1800万尾近くのハゼがいたことになるのです。場合によっては、もっと、多かった可能性もあります。このように、江戸川のハゼは、デキハゼの解禁直後から、徐々に全体の数が増えていって、天敵や釣り人に釣られるものを差し引いても、お盆から彼岸にかけて、7月中旬のころを最初のピークとして、二度目のピークを迎えるはずだったのです。
アオシオ被害は、当初の見込みよりも数倍の規模で、ハゼを襲ったものと、いまでは、考えているのです。
産卵可能なハゼのサイズは13p以上だといわれます。そのサイズのハゼが激減したいま、七番子、八番子がどの程度孵化してくるのか、未知数でもあるし、不安でもあります。それと、12月にはいると、落ちハゼが産卵するのですが、産卵できるサイズのハゼがどれだけいるのか、昨年とはかなり様相が違っているような気がします。また、アオシオ直後に、洪水によって行徳可動堰が開門されて、濁流が下りましたので、そのときに、メダカ状態のハゼがいたとしたら、それも、流されてしまっているはずです。それは、5月6月のころに、水門があいたとき、一番子、二番子はそこそこにいるのですが、三番子とか四番子とかの絶対数が少ない、というサイズの断絶がおきることが経験的にわかっています。それと似たようなことが、この先、見られないとも限りません。ほんとうは、そのようになってほしくないのです。産卵するハゼが少なくなるかもしれないということだけでなく、来年に越冬するハゼの数が少なくなる可能性もあるからです。
あまりに悲観的な事を書きましたが、このことは、私の杞憂であって欲しいと思っています。実際の自然というものは、人知を超越して、もっともっと逞しくて力強いものであるはずなのです。それを私は、「自然の復元力」と表現しているのですが、そのバネが、ぜひとも、働いてほしいものだと、切に願っているのです。
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| 2008年9月3日(水) |
| その30 アオシオ・洪水被害後のハゼ釣り |
2008年9月3日
2008年8月22日に船橋沖で発生したアオシオは、8月29日に終息するまで、7日間にわたって、江戸川放水路内に滞留して、言葉を替えますと、船橋・行徳沖から放水路までを、アオシオが行ったり来たりを繰り返しながら、長期間にわたって、ハゼなどの魚類、アサリその他の貝類に多大の損害を与えました。漁業関係者にとっても、30年ぶりの大被害と言わしめるほどのものでした。
私も、事態の深刻さに驚いて、後日のためにと、ハゼの死骸の模様をカメラに収めましたが、あまりの悲惨さ、おぞましさ、悲しさに、公表を差し控えているほどです。
この10年ほどは、アオシオが発生しても、ハゼが釣れなくなる程度のもので、ハゼが死んでしまうほどの被害はありませんでしたし、日数も1日とか2日とかで終息していました。
死んだハゼの推定数ですが、私が掲示板で示した数字は、科学的な裏付けのある、根拠を示せる数字ではありません。あくまでも、私個人の思い込みの数字です。たとえ、そのようなものであったとしても、江戸川を見渡して、一目見て、その被害の規模を数字で示してみたかったのです。
ハゼは、8月25日、27日、28日、29日と4回にわたって死にました。目視したもので、一番、ハゼの死骸が多かったのは、28日でした。船宿の駐車場に塩を思い切り撒き散らしたような、そのような白いハゼの死骸が、干潟を埋め尽くしていたのです。土手から見える白いものはすべてハゼの死骸でした。29日の被害は、力尽きようとしているハゼが、水面を息も絶え絶えに漂って、棒ウキのように突っ立ったまま、流されていく様子でした。力尽きるとそのままスーッと沈んでしまうのてす。ですから、死骸は目視できません。
そのような光景を毎日見ていたのですが、私は、25日が数十万尾、27日が100万尾、28日が100万尾、29日が30万尾ほどと考えました。合計でおよそ300万尾ほどです。この数字は、決して、誇張でも、いいかげんでもないと思っています。実際は、もっともっと、多い数だったかも知れません。
300万尾といいますと、シーズン中に釣り人が釣り上げると思われるハゼの数を、私は『天狗のハゼ釣り談義』で100〜200万尾と推定していますから、その数の1.5倍の数字です。江戸川放水路に棲息するハゼの個体数は、科学的調査がされていないこともあり、定かではないのですが、同書で推定する数は1億尾あるいは1千万尾というものです。もし、1千万尾程度の個体数しかいないのであれば、アオシオ被害によって、その30%を失ったことになります。1億尾とすれば、3%ということになります。
いずれにしても、ものは考えようで、目に見えないところで、ハゼは相当数「生き残った」のでないか、ともいえるわけです。そう願っているわけです。
洪水については、利根川上流域の豪雨による洪水を、東京湾へ放出するために、江戸川放水路の行徳可動堰を開門して、8月31日午前7時40分から本格的に濁流を流し始めて、翌9月1日午後2時に閉門しました。およそ30時間の放流でした。台風のときよりも時間は短かったといえます。ですから、流れてきた山砂などの堆積量はそれほどには多くなかったように思えます。
アオシオと洪水がダブルパンチでハゼに襲いかかったのですが、アオシオの場合は、事態が終息すれば、即座に、ハゼの食いは回復するのです。
洪水の場合は、濁流の水温が18℃〜20℃と冷たいわけですから、それは5月ころの水温ですから、26〜30℃あった水温が急降下するわけです。実際に、9月2日の朝は、潮が入れ替わっていたにもかかわらず、桟橋の川底で23℃しかなかったのです。ですから、水門が閉じられてから、ハゼの食いが本格的に回復するまで、従来は、3〜5日間ほどかかっていました。ですから、洪水があると、私はいつも、4〜5日はハゼ釣りを休んでいました。今シーズンは、閉門の翌日に釣行を決行したわけですから、無謀といえば無謀だったわけです。それは、特別な意図があったのではないのですが、私のストレス解消とでもいいましょうか、10日間もハゼ釣りができないでいて、もやもやが溜まっていたわけです。ですから、もう、何でもいい、ハゼ釣りがしたい、という一念で凝り固まってしまって、無理をいって、ボートを出していただいたわけです。そんなわけで、今回のアオシオ・洪水直後のハゼ釣りは、「貧果」が最初から確約されていたような有様でした。
問題は、洪水後、数日過ぎた時点で、どのような釣りになるか、ということです。ハゼは、釣り人が釣り上げると推定した数字の1.5倍ほどが死んだと思われるし、すでに、これまでに釣られた数があります。ですから、従来のアオシオ後よりも、ハゼの個体数は少ないものと考えられるのです。そうはいっても、今年は、ハゼの豊漁が予感されるような釣れ具合でしたから、それほどの目減りはないかもしれません。それも、今後の釣果で判断できると思います。9月2日の現時点での釣果は比較の対象からはずして、今週末時点くらいで、比較してみたいと思います。
このように書くと、かなり楽観的で、ノー天気な見解に思えると思いますが、それが、これまでのパターンだったわけです。それが今回もそのまま当てはまるかといいますと、それは、今後の成り行きでしか判断できません。
では、アオシオ・洪水後のハゼ釣りは、どのように変るのでしょうか。私は「一般論」はさておいて、今回のことで考えてみたいと思います。
ハゼが大量に死んだ、という現実から出発したいわけです。私の場合は、9月5日に次ぎの釣行を予定していますが、もしも、その時点で「貧果」であったとします。もちろん、「ミャク釣り」でということです。私の場合の貧果といいますと、例年の釣果からいえば、いまの時季では、まだまた、10束釣りに挑戦しているときですから、ミャク釣りで100尾とか、300尾とかの数字です。9月5日の時点で、どうしてもそのような釣果であったとしたら、どのように努力しても、釣果の回復はそれほどには見込めないわけです。
釣りの対象になっているサイズのハゼが、相当数死んでしまったわけですから、小型のハゼが成長してくるまで、時間差があるわけです。生き残ったハゼというものは、釣りの対象にならない小型のハゼが多数含まれているわけです。ですから、そのハゼが大きくなるまで2〜3週間の時間が必要なのです。
ですから、セッカチな私は、その2〜3週間という日にちが待てないわけです。かといって、10〜13pのデキの良型は、かなり死んだわけです。その現実から出発した場合の釣り方は、二つだと思います。
ひとつは、ミャク釣りに固守するというものです。もう一つは、リール釣りに切り替える、というものです。私の場合は、「貧果」と判断したら、早い時期に、リール釣りに切り替えます。つまり、ミャク釣りで釣れる大きさのハゼの絶対数が少ない、という判断を下してから、という前提があるわけです。
そうなりますと、ミャク釣りでは相当に移動を繰り返すことになります。一ヶ所で釣れるハゼの数がとても少なくなるからです。それは何を意味するかといいますと、季節が1ヶ月以上、場合によったら、2ヶ月以上前倒しで早くきてしまったと思えばいいのです。いまは、9月2日ですが、それを10月2日とか11月2日とかだと思えばいいということです。
私もそうですが、10月、11月という月は、すでに、リール釣りに替えている季節です。
ハゼがたくさん死んだということを、ものは考えようで、季節が早く来た、と私は考えるわけです。それならば、ミャク釣りで「貧果」などと嘆いていないで、さっさと、リール釣りに切り替えればいいことだと思うのです。
発想の転換というほどではありませんが、そのように考えて、気持を整理する必要もあるのです。落ち込んでばかりいても、仕方がないからです。ハゼ釣りも、年々歳々、状況が違うわけですから、なにも、例年通りの、ワンパターンの釣りをする必要もないのです。切り替えなければならないのは、釣り人の頭の中の回路だと思います。
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| 2008年8月26日(火) |
| その29 ハゼのために水門を開けてもらっていた |
2008年8月26日
この8月22日のアオシオ発生後、偶然にTさんと江戸川でバッタリと顔を合わせました。Tさんは、もちろんですが、ハゼのこと、アサリのことなどをとても心配しておられる様子でした。話は当然のように、どうしたらいいのか、という善後策の話題になりました。
私は、自身の体験談を話しました。かつて、このようなことをやった人がいる、ということをです。アオシオで江戸川がコバルト色の水面になり、ハゼその他の魚が呼吸困難で浮き上がって、ハゼなどは水面へ棒立ちになって、空気中の酸素を吸う、という事態にまでなった最悪の状態を含めて、ともかく、ハゼがピンチになったときに、行徳可動堰を開門してもらって、上流域の酸素を十二分に含んだ真水を流してもらって、ハゼを救った話をしたのです。
江戸川放水路の、酸欠で苦しむハゼを救うための真水の放水は、たかだか、30分ほどの時間でいいのです。しかも、水門を全開することなく、30〜50pほど開ければ済んでいたと思います。
行徳可動堰を開けてもらって、ハゼのピンチを救う、という発想は、なかなか、思いつかないことですが、かりに、思いついたとしても、そのことを実行に移すための行動を起こす、ということは、とても勇気がいることだったと思います。
しかも、目の前にハゼが苦しんで浮いている、あるいは、水辺にハゼの死骸が転がっている、という切羽詰ったときに、時間がなくて、今すぐに開門してもらいたい、というときに、アクションを起こして、実際に、水門を開けてもらった、ということはすごいことだと思うのです。ましてや、そのことを、あちこちに意識的に吹聴してまわらなかったということが、その人の人柄を示していたと思うのです。ですから、はじめのうちは、そのような措置がとられた、ということすら、知られていなかったと思います。
いまから思えば、1996年8月22日に発生した大規模なアオシオ(様子は『江戸前のハゼ釣り上達法』の「七年待ってください」に記述しました)のときにも、開門という非常措置がとられたのではないかと思っているのです。なぜかといいますと、今回のように長い日数をアオシオのままで過ごしてはいなかったからです。それと、・・・・ではないかと、などという書き方になったのは、そのことの確認をしていなかったからです。
私が伊藤遊船さんにハゼ釣りでお世話になるようになったきっかけは、週刊つりニュースへ記事を投稿するための釣行をしたことから始まりました。先代の亡くなった親方とは、なんというのでしょうか、ウマが合ったというか、アンテナがあったとでもいうのでしょうか、親方も私をいろいろと引き立ててくれたのです。そのことを、親方の営業政策だ、と割り切った見方をする人もおられると思うのですが、私には一概にはそのようには思えなかったのです。亡くなった親方は、一面、気難しくて、人見知りが激しくて、好き嫌いがはっきりした人でした。ですから、とても、誤解を受けやすかったと思います。
その親方が、ハゼのこととなると、目の色を変えて対処していました。水温を測っていたこと、夜明け前に懐中電灯をもってハゼの着き場を探していたことなど、私の本に書いたことはその一部でした。
アオシオのときに、行徳可動堰を開門してもらってハゼを救助したことなどは、ご本人が吹聴しないものですから、極秘中の極秘事項だったと思えるのです。それに吹聴しなかったということは、水門を開けていただいた方たちへの配慮もあったのだと思います。私の出版準備中は、親方も元気でしたから、このことは原稿でも触れなかったのです。
14年前に大規模なアオシオを経験してから今日まで、今回のようなひどいアオシオはありませんでした。でも、アオシオそのものは、毎年のように、何回も繰り返し起こっていたのです。水面がバスクリーン色になったとか、ならなくてもハゼが浮いたとか、そのようなことがありました。そのことが、大きな被害に繋がらなかったのは、亡くなった親方が、手を回して、密かに、水門を「ちょっとだけ」開けてもらって、ハゼを救助していたからです。
あるとき、私がハゼ釣りをしていたとき、これは明らかにアオシオの影響だと思えることがありました。何気なしに上流方向の川面を見たら、水面がほんのちょっとせり上がって、ちょうど、海嘯(かいしょう)のように、いわゆる、津波の波頭のように、そのような形のごく低い気がつかないくらいの一直線の波が、上流から、そっと、静かに、押してくるではありませんか。アレッと思いながら、私のボートをその波が通り過ぎるのを見ていました。その直後から、ハゼの猛烈な入れ食いが始まりました。2時間で500尾を釣ったのです。
船宿へ上がったとき、親方にそのことを言いました。親方は、エヘヘヘーッと笑って、わかったぁー、といいました。それだけです。少しも自慢にしていないのでした。そのような人でした。とても照れ屋だったと思っています。
いつの時代でも、ハゼのために放水すれば、ハゼは救かるが、アサリはそうはならないのではとか、季節によっては、真水でノリに悪影響があるとかの事情はあります。問題は放水の量と時間だと思うのです。水門を全開して1日も2日も放水すればそうなるでしょう。しかし、30分だけとか、ゲートは30cmしか開けないとかであれば、緊急避難的なハゼの救助は可能だと思えます。
そのことは、親方が亡くなるまでの幾たびかの私の体験からも、そのような措置が取られたのではなかろうか、との心象は持っていたのです。今回のような長期間のアオシオ被害は、そのようにして未然に防がれていたものと思われます。親方のような人とか、あるいは、その措置に共鳴して、実際に行動した人たちが、何人もおられたことは確かです。立場によっては、職を賭して臨んだ骨太い方たちだったと思われます。
そのようなことを、Tさんとの会話の中で、ごく一部ですが、お話をさせていただいたわけです。いまは時代が違うわけですから、過去の措置がそのまま実施されるとは思いもよりませんが、少なくとも、江戸川のハゼの酸欠被害を最小限に押さえて、ハゼ釣りに関係する方々の心労を和らげるには、その方法が選択肢のひとつに加わってもいいのではないかと思えたからです。
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| 2008年8月24日(日) |
| その28 アオシオの被害と効能 |
〔注〕 25日(月)、釣行中止しました。理由、当日朝、伊藤遊船さんへ釣りに行ったところ、江戸川はアオシオでした。川面はバスクリーンを流したような色でした。釣趣もなにもあったものではありません。ハゼなどの魚が心配です。また、沖もこのようであれば三番瀬のアサリなど、魚介類の被害が出るのではないでしょうか。一日も早い回復が待たれます。
〔注〕 25日正午、江戸川へ行きました。ハゼ、セイゴ、マゴチ等々の死骸が累々と転がっていました。足の踏み場もないほどです。1994年8月22日に発生したアオシオ(「江戸川のハゼ釣り上達法」に記述)被害に匹敵するような様子です。個人的見解ですが、数十万匹以上のハゼが死んだと思われます。少なくとも、数万という規模ではないと思います。東の風、北東の風が吹き込む気候が続く間は、まだまだ、被害が広がると思われます。三番瀬のアサリの被害も出始めたとききました。南寄りの風が一日も早く吹き込むことを願っています。
2008年8月24日
本稿では、ここ数日のアオシオ発生について書きます。
最初のアオシオは、8月22日(金)13時00分、千葉沖の半径5キロの海域と船橋港内で確認されました。確認できたということは、海面が青く変色していたということです。ですから、変色しない程度の酸欠の水は、それ以前から少しずつ拡散していたものと考えられます。
その日の22日は、私は江戸川放水路でハゼ釣りをしていました。1166尾の釣果でした。この日は、上げ潮の満潮が8時10分でしたが、朝一番の、水深1.5m以上で食いが悪かったのでした。前日の、釣りビジョンの録画撮りのときには異変はなく、同場所周辺で、良型の入れ食いでした。一日で様変わりという状態です。朝の水温は27℃まで下がっていました。
翌日、23日の朝刊で、アオシオ発生を知ったのです。しかし、予兆はあったと思うのです。私は、過去の経験から、風向と降雨、気温をマークしていたわけですが、8月20日夜と21日は北東の風と東の風がけっこうな強さで吹きました。とくに、前日の21日の夕方からは、激しい雷雨になりました。風は北ないし北東の風でした。とても、寒くて、夜はクーラーなど必要がなかったのです。ただ、雨風がひどくなった時間帯が、ちょうど、満潮時間と重なっていましたので、アオシオが発生したとしても、下げ潮で千葉方面へ流されるだろうと予測したのです。そして、干潮時間が22日の2時00分で、満潮は8時10分だったのでした。
そこで、私は21日夜、22日未明の時点で、アオシオ発生の報道もなく、その情報すらも入手できない立場にいたのですが、「賭け」に出たわけです。仮に、アオシオが発生していたとしても、22日は何とか釣りになるだろう、という予測を立てたのです。
ですから、当日は前日釣れた水深1.5mのピンポイント群で、イの一番にサオを出したのです。あいにく、悪い予想が的中したようです。そこで、水深1m以内の浅場へ即座に移動しました。その日の朝は、カニは桟橋の棒杭によじ登ってはいなかったし、エイも浮いてはいませんでした。ですから、アオシオといっても、ごく微量で、俗に潮が苦いから、ハゼの食いが悪い程度の状態だったと思ったのです。それに、満潮が朝の8時過ぎですから、それまでは、浅場で釣れるハゼを、釣れるだけ釣って、下げ潮に賭けようとしたのでした。
翌23日(土)、気になっていたので、9時過ぎに伊藤遊船さんに行きました。その朝は、ともかく、食いが悪いというのです。みなさん、浅場へ集結していました。桟橋の水深2m前後ではアタリがないということでした。それでも、カニは杭によじ登ってはいませんでした。ただ、水温が26℃と前日よりもさらに1℃以上下がっていました。これは一つの危険信号でした。それでも、サオ頭は5束とよく釣ったと思いました。
本日24日(日)、さらに気がかりは増して、午前9時過ぎに伊藤遊船さんへ行きました。本日は、川の中に沖からアオシオが入っていました。行ったときは満潮時間まで1時間という時間ですが、朝一番では、川の表面が青くなっていたといいます。つまり、アオシオ特長のコバルト色です。よく、バスクリーンをうすめたような色とも表現します。ともかく、この色はまったくの、危険なカラーであって、ハゼの天敵ともいえるカラーです。
この日は、桟橋の棒杭にカニが大量によじ登っていました。また、朝早い時間には、とてもたくさんのエイがハゼ釣り場周辺の水面近くを群泳していたといいます。これは、アオシオのときの状況証拠の特長です。普通は、エイは、川底をこするように泳いでいるのです。川底は酸欠で苦しいから水面へ出るのです。
ただ、救われたのは、ハゼが水面に浮き上がって、棒ウキのように立ち泳ぎをして、空中の酸素を吸っている光景が見られなかったことでした。朝一では、そんなハゼもいた、という話を聞きましたが、私が行ったときは、そのようなハゼはいませんでした。
ということは、アオシオであったとしても、私個人の経験から割り出した「アオシオのひどさ」の基準としては、「中程度のアオシオ」と判断しました。なお、最上流域でもアオシオが発生したのですが、この場合は、北の風の強風が吹いたこと、そして、水温の急激な低下があったこと、この二つがありますと、行徳橋の潮止め水門から下流の新行徳橋上下の深場に溜まっていた悪水がアオシオとなって表面に出るのです。伊藤遊船さんの桟橋で早朝に現認されたコバルト色の水は、最上流域で発生したものだったと思われます。上げ潮は行徳橋まで押しますが、押された水は左右の岸際を下りますので、下手の桟橋近くの沖でアオシオが見られたわけです。
船宿の船外機がお客さんのところへ行くというので、便乗させてもらって川を巡回してみました。10時までの30分ほどの時間です。各ボートは岸際の浅場で釣っていました。釣れる場所を求めて移動していると、本日の場合は、当然のようにそうなるのです。波打ち際がベストです。それはアオシオの度合いにもよります。もう少し、アオシオの薄いときは、水深1m前後でもよく釣れます。本日の朝は、水深1.5mなどでは、あまり、釣れていないようでした。
アオシオの場合は、湾岸道路よりも下流に行くほど、釣れ具合は悪くなります。そこで、船頭さんにお願いして、下流に位置する左岸側の高谷漁港の船着場へ行ってもらいました。ボートで漕ぐと、伊藤遊船さんから航程40分の距離です。約2キロはあるでしょう。船溜まりの中は、釣りをしている人はいませんでした。20人ほどいましたが、みなさん、サオを放り出して、タマ網を持って、ハゼをすくっているのです。岸壁を下から上へこき上げると、数匹のハゼが捕れます。ハゼは酸欠で苦しいから、岸壁の、酸素が比較的ある高さの水深の場所に、しがみついているのです。もちろん、浅場の浪打際がある場所であれば、水深10〜20pのところに、ハゼが「ダンゴ状」になるほどに密集しています。そのハゼを捕っている人たちは、タマ網に長い棒を結わえ付けて、数m先から手元へタマ網を引きずります。すると、何十匹ものハゼが網の中で真っ黒になって跳ねているのです。今日は大漁、とみなさんご機嫌でした。釣るよっか捕れんだよ、と言っていました。
本日の江戸川放水路内のアオシオの被害は、さほどではなかったようです。被害というのは、ハゼの「大量死」という意味です。大量死というほどではなかったとしても、多少のハゼは死んだと思われます。死んだハゼを見たという人もいるからです。死ぬハゼは、大きいハゼ、たとえば、ヒネハゼとか、デキの13p級とか、ともかく大きなハゼが先に死にます。酸素消費量が大きいからです。ですから、本日の午前中のような、こんなタイミングのときに釣れてくるハゼは、どうしても、中型小型中心となります。アオシオが薄まって、大型もどうやら息を吹き替えす状況になると、こんどは、大型ばかりが、ガバガバと釣れてきます。本日24日午後の時点で、私が本稿の記述をしている現時点以降に、そのような釣りが復活すればいいなと思っています。それは、下げ潮が効いてくる時間帯だからです。
さて、それでは、あした25日(月)のハゼ釣りはどうなるのでしょうか。当日は、私の釣行予定日です。特別な大雨予報でない限り釣行しようと思っています。これは大きな「賭け」なのです。10束釣れるか、釣れないか、の賭けなのです。この20年間、このような賭けを繰り返してきました。もちろん、成算あっての決意です。ただし、本日よりもアオシオがひどくならなければ、という条件があります。もしも、という仮定のお話をするとすれば、もし、あした、本日よりも条件がいいとします。すると、どういうことになるかといいますと、ハゼはこの二日間息苦しくてエサを食べるどころではなかったわけですから、おそらく、「超」入れ食いになるということです。それは何度も経験済みのことなのです。ですから、もしかしたら、あしたはきっと、という思いがあります。また、本日程度の中程度のアオシオのときでも、船橋沖や行徳沖にいたハゼ(沖のハゼという)が大挙して、江戸川放水路の中流域へ逃げ込んでいるだろうと予測できることです。また、下流域の深場にいたハゼも同様です。このことは、アオシオ終息直後の、釣り人にとっては願ってもない好条件なのです。この好条件は、終息後10日前後は続くのです。いつもそうです。そこに、私が「賭け」にでる縁(よすが)があるのです。それはアオシオの効能といってもいいでしょう。悪条件を逆手にとった荒業だと、自分では思っています。
私が巡回していた時間は、北西ないしは北北西の風がそよそよと吹き、川面には波が立っていました。下げ潮にかかる時間ですから、それはいい風向きです。悪い潮は、すべて、風と引き潮で千葉の方へ流れてしまってくれるからです。予報では、南風ないしは南東の風になるといいますが、正午現在では、さほどに風は変っていません。14時45分が干潮で、20時44分が満潮です。そして、25日5時07分が干潮になります。25日はダラダラの上げ潮で満潮が21時29分です。16時間も上げ潮が続くのです。私が「賭け」というのは、このダラダラの上げ潮にあります。もしも、船橋沖のアオシオが終息に向っていなかったとしたら、しかも、本日よりも沖のコバルト色がひどくなったとしたら、明日の10束釣りは達成できないと思います。
でも、私は賭けに出るのです。釣りは、いつも、賭けです。それに勝つことは、私の喜びでもあるのです。ふたつにひとつ、の賭けです。記録が途切れるか、途切れないか、イチかバチかの賭けです。あしたの釣果がどうなるのか、私自身楽しみにしているのです。過去、成功したこともあるし、失敗したこともあります。それらは、あしたの釣りに、きっと、役立つと思っているのです。釣れなければ釣れないで仕方がない、ハゼに負けた、と思えばいいと思えるのです。このようなハゼ釣りもあるということをお話したわけです
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| 2008年8月13日(水) |
| その27 エサの遣い方 |
2008年8月13日
伊藤遊船さんにお邪魔しているとき、ハゼ釣りに訪れた人たちが、エサを買って桟橋へ出て行きます。1パックの人が多くて、2パック、3パックという人は少ないのです。
それを見ていて、その人が一日に釣ってくるハゼの数の予想がついてしまいます。どんなに上手に使っても、1パックで釣れるハゼの数は知れているからです。大方の人は、100〜150尾ほどだと思われます。ですから、食いがよくて、エサ切れで、追加注文をする方も多いのです。
逆に、3パックなどと買っていく人は、はじめから「やる気」なワケです。つまり、ご自分のエサの消費傾向をよくご存知で、○○○尾釣るにはこれだけ入用、というわけです。
エサの消費量は、いろいろな要因によって違ってきます。まず、季節要因としては、6〜7月はハゼが5〜8pで10p級は数が少ないのです。ですから、エサは米粒大からせいぜい1pほどですから、1パックあれば、400だって500だって釣れるわけです。8月になりますと、さすがに1番子は11〜12cm級になり、食欲も貪欲なくらいにあります。それと、2番子も9〜10pになっています。このクラスが活発に食いますので、エサ付けもそれなりに大きくなります。このサイズを中心に釣ろうとしますと、エサを米粒大などとして釣りますと、釣れることは釣れるのですが、釣れるペースにかなり隙間があります。ポツンポツンということです。それでもいいやっ、ということであればそのようなエサ付けでいいのだし、エサの消費量もたいしたことはありません。どうしてそうなるのかといいますと、エサが小さいので、ハゼがパクリと食いますと、エサのエキスがほとんど飛び散らないのだろうと推測しているのです。ですから、周囲のハゼの活性がそれほどに高くならないと思えるのです。つまり、釣り人用語で言えば「食いがたたない」ということです。アタリの回数がそれほどないのです。でも、釣れないわけではない、という状況。
そういうときは、一ヶ所で、たとえば、いまハゼを釣ったピンポイントを中心にして、半径50〜60cmの円内で「続けて」ハゼを釣るには、釣り人の方でハゼを一生懸命に「探す」という釣り方になります。ハゼが積極的に「寄って」くれないからです。このような釣り方がある、ということです。それはそれで、いいと思うのです。その人の釣り方であるからです。
私の釣り方は、いまは、エサをやや大きめに付けてエキスを周囲に振り撒くことからはじまります。つまり、コマセをまくわけです。それには、「空振り」という行為が必要なのです。また、エサを大きく付けると、最初のアタリが比較的早くでやすいという事情があります。第二段階はハゼを釣るためのエサ付けをします。大きさはハゼのサイズに関係します。最初のエリアに見切りを付けて、別のエリア、つまり、右を向くとか、左を向くとか、背中側へ釣りザオを振るとか、するときは、同じ過程を踏みます。
以上は、私の一般的な釣りパターンです。エサの大きさは、ターゲットにしたハゼのサイズにちょうどよい大きさのエサ付け、ハゼの活性を高めるためのエサ付け、の二種類というわけです。
季節要因とは違って、どの時季であっても、自分が釣りたいサイズのハゼ、というものがあると思うのです。小さいのだけ欲しいとか、逆に、大きいのだけでいいとか、サイズに関係なく数釣りがしたいとか、です。これは、前述の季節要因のところで申し上げたことの応用になります。
とくに、数釣りを希望するときは、エサの消費量が課題になります。だいたい、1パック500円ですから、1パックで100尾の釣果の方が、500尾を希望すると、5パック必要になります。となると、2500円がエサ代になります。なおかつ、型狙いを望みますと、慎重なエサ遣いが必要になります。
それでは、1パック100尾の釣果を、200尾に引上げるには、どうすればいいのでしょうか。方法は二通りです。
ひとつは、1本ザオで釣ることです。1本ザオの場合は、エサを呑まれる、ということがほとんどありません。呑まれないような釣りをするからです。8月の時季でしたら、1.5〜2pの長さで付けて、タラシを出します。これが基本となるエサ付けです。アタリはしっかりと出ます。エサを小さくするほどアタリの回数が減ります。私の著書で書いた仕掛けを使用する場合の振込みは、水中遊泳というテクニックを多用します。オモリが着底した直後のチクッなどという微細なアタリをとるのです。
1本ザオでは、ハゼの唇にハリを「ひっかける」釣りになりますので、釣り上げたときに、ハゼの口の外へエサはダラリと垂れ下がった状態です。ですから、ハリをそっと外してやれば、あとは、エサの形を整えてやるだけで、すぐに、振込みができます。1回のエサ付けで5〜10尾は釣りたいと思います。アタリが頻繁に出ているときは、エサが食い千切られて短くなるとか、エサは付いているのだが、エキスがでてしまって白っぽくダラリとなったとか、することがあるのですが、そのようなときは、千切れてしまった「クズエサ」が必ずエサ箱にあるわけですから、それを、米粒大とか、ちょっとそれより大き目とかで、ハリの先につけてやります。そのようなエサ遣いもあるのです。すると、新しいちゃんとしたエサに取り替える前に、その方法で何尾か釣れるのです。
2本ザオの釣りを、いまは、私は課題としてチャレンジしているのですが、この釣りでは一本ザオの場合よりもエサの消費量は多いのです。1本×2倍ということです。別の要因もあります。2本ザオでは、数釣りを目指せば目指すほど、置ザオの釣りに習熟する必要があるのです。私は2本ザオの釣りは置ザオの釣りだと申上げているほどです。とはいっても、200〜400尾ほどとか、500〜600尾程度の釣果ですと、かなりな時間を、両手にサオをもって、振込みとか、誘いとか、アタリを待っているとか、の時間があります。ミャク釣りの姿勢でいるということです。そうであったとしても、釣果の半分近くが、置ザオで釣れてきた、ということが多くなるのです。
2本ザオのエサ付けの場合は「置ザオで食わせる」ということを考慮して、私の場合は比較的に大きめに付けています。釣れたときは、片方のサオを始末している間に、置ザオにアタリが出て欲しいからです。最初の振込みは、基本的には1本ザオの場合と同じ手順を踏んでいます。エサの大きさによってアタリの頻度は大きく違います。釣れてきたハゼの口にあるエサの状態も、1本ザオのときとは異なります。まず、呑み込まれていることが多いのです。2本ザオでは、呑ませて釣る、という釣り方もマスターする必要があります。ハリを外すときに、口の中にエサが残らないように慎重に外します。残ってしまったら、それは、ロスになるからです。呑んでいるときは、たいていは、エサはわりとしっかりとしています。ハリが唇にかかっているときは、エサがないときとあるときと半々くらいです。そこが1本ザオと違っています。エサがないのは、他のハゼに食い千切られた、または、ハリを外そうと暴れているときにエサがとれてしまった、のどちらかだと思っています。まあ、それが、コマセになるわけですから、ハゼが近くにいる限り、食いは続くわけです。
次に、1本のエサをどう使うか、ということです。7〜8月のいまの季節で申上げてみます。まず、頭の固い部分は、木片、石その他を用意していって、ボートの座席で「潰し」ます。あまりひどくグジュグシュにしないほうがよいのです。口先の固い小さい部分にハリ先を通して、ハリのチモトあたりまでこき上げます。こうすると、ハゼが食い千切ろうとしても、エサがかなり持ちこたえます。それに、エサの頭の部分は脳みそがあるわけですから、ご馳走でもあるわけです。この潰した頭のエサ付けだけで10尾ほどは釣りたいものです。細いエサの頭は、潰す必要がありません。そのままつけても大丈夫です。1パックにエサが20本入っていたとします。この方法だけで200尾は釣れる計算になるでしょう。鈴木さんの話は誇大すぎる、と思うのでしたら、話半分にしても結構です。それであっても、100尾以上は、1パックのエサの頭の部分だけで釣れるということになります。
エサは、太すぎるエサ、というものも中にはあります。太いから短く付けても、エサの量としては、細いものをタラシを出して付けたときとたいして違わないのです。でも、太いから、なにか、ダンゴをぶら下げているような感じになります。そんなエサでも、良型が多いときは、ガバガバッと食ってきます。ところが、7〜8p級のときは、アタリだけでハリ掛かりしてくれません。そのときの対応は二つで、ハリに付いているエサを、指で更に小さく千切るのです。千切ったエサは手元に残しておきます。再利用するのです。もうひとつは、エサ付けをするときに、エサを縦にハリに刺すのではなくて、横に指すのです。つまり、胴体部分の幅広のところは、指やはさみで5〜6ミリくらいの長さで切ります。それを向きを変えると、エサの胴体の太さの分だけの長さのエサができます。それにハリを指すのです。このエサ付けは、エキスの持ちが普通の付け方よりも悪いということがありますが、ぶっといエサが交じっていたときはこのような方法があるということです。
エサ切れが生ずる原因の一つは、エサを余らせてはもったいない、ということがあります。ですから、たいがいは、ぎりぎりに買ってもっていくのです。追加注文は遠慮なくされたほうがいいと思います。また、余ってしまったときは、次回の釣行に備えて、新聞紙にくるんで、冷蔵庫に保管するといいでしょう。釣行間隔が長いときは腐ってしまう心配がありますが、青イソはきちんと管理すればけっこうな日にち持つものです。死んでしまっても、溶けてしまわないうちであれば、そのままハゼ釣りに使用できます。それでも、保管するまでもない、いらないという方は、船宿に置いてくればいいでしょう。
私などは、顔見知りの人が早上がりするときに、使い残しのエサを「差し入れだよ」と置いていってくれたりしたこともありました。過去に、エサ切れで、930尾で終りとか、けっこう、ありました。伊藤遊船さんの先代の親方が、そんな私に「余分にいれといたからよ」と言ってくれました。エサ箱の中に、たっぷりとエサを入れてくれたのです。以来、今日まで、私はエサ切れの心配はなく、安心して釣りを楽しめているのです。このようなことは、本当に幸せなことだと感謝しています。
ですから、エサ箱のエサの管理は十分に気を使っています。クーラーに氷を入れて、その上にエサ箱を乗せます。冷え過ぎそうなときは、あいだに、タオルを挟みます。エサは小出しにします。夕方まで、エサはピンピンして元気です。余ったエサは船宿にお返ししています。
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| 2008年8月10日(日) |
| その26 チンセンてなに? |
2008年8月10日
「チンセン」というのは、沈船と書きます。文字通り、江戸川放水路に沈んでいる船です。いまでは、牡蠣の山になってしまいました。ですから、外目には、牡蠣礁と見えるのです。
それでも、古くからのハゼ釣りの人たちは、沈船といえば、その場所とわかっているのです。右岸側、妙典排水樋門の上手、およそ、100m、岸から約80mほどの位置にあります。大潮の干潮になると露出して全貌を現し、ゴロタの山よりは沖目になります。船宿では、座礁その他を懸念して、目印の棒を3本ほど立てています。
いまから20年前、私がハゼ釣りを本格的に始めた頃、沈船はたしかに、船の形をしていました。記憶が正しければ、下流方向が船尾で、上手が船首だったと思います。船尾には、エンジンなど油が含まれた部品があったのでしょうか、ときおり、油膜が漂い出ていました。
トモから胴の間、船首にかけては、竜骨があって、その間が落ち込んでいて、竜骨の間で良型がサオを絞りました。また、潮が高いときは、竜骨の上にハゼが乗っていて、落ちてくるエサに飛びついてきました。船は木造船でしたので、川底から、船の外板がそそり立っていて、その板や棒に、よくボートの底や、はなはだしいときは、ビクを引っ掛けて穴をあけてしまったりしたことがありました。
沖側の舟板は崩壊して、外側に倒れていましたので、ところどころ、板が破れていて、それにハゼが乗っていました。ですから、外側は深いのですが、崩れた舟板の分だけ、段差があったわけです。その位置を良く覚えておいて、また、水深があったり、ササニゴリだったりして、川底が見えないときは、オールで底を突いたりして確認しながらボート位置を決めました。
それもこれも、20年の間に、洪水による土砂の堆積で埋もれたこと(川が浅くなった)、牡蠣が繁殖して、まさに、牡蠣山のようになってしまったことなどから、かつての沈み船は、その面影がありません。
いまでも、懐かしく思い出しますが、岸側の舟板の内外はポイントのひとつで、舟板際に振り込むと10〜13pのデキがよく釣れました。ちょうど、北東の風とか東の風などで吹き寄せられて、干潮時間間近の干潟になる斜面に座礁して、そのまま、動けなくなって、放置されたものと思われます。
現在の沈船は、船の形をしていないのですが、第一級のハゼ釣りポイントであることは間違いありません。沈船の右手が砂地で高くて、左側が泥地でミオ筋の延長線上にあります。そこよりもさらに沖目へ出ますと、砂地になって、少し浅くなっていますが、10年とか15年前はそうではなくて、もっと深い場所だったのでした。洪水によって土砂が堆積して浅くなってしまったのです。堆積する土砂は、粒子の大きいものは流心部分に先に沈んでいるようですので、どうしても、川の中央部分に堆積します。おまけに、ゴロタから沈船にかけては、左岸側に川がゆるやかに蛇行していますので、左岸側は流れてしまい、川が深いままで、川中部分に堆積するようで、右岸側はどちらかというと、粒子の細かい砂が堆積すると思うのです。日に2回干満があるのですが、どうしても干潮時間の右岸側のミオ筋といっている筋状の深みには泥がたまるのでしょう。
でも、それは、いまは、人間がコントロールしていないので、現状のようになったわけです。河川管理者は、いろいろな理由で、江戸川放水路の掘削をしないようです。ですから、大潮などの干潮時間には、乗合などの大船が東京湾に出られないほど浅くなるということがあるのです。それらのことが、ハゼの生息にとっていいことなのかそうでないのかはわかりませんが、この20年間、ハゼは「同じように」釣れている(自己判断)、ということだけは、状況証拠としてあるのです。
ただいえることは、川の状態が年々変化するわけですから、ハゼの釣りポイントも年によって変わってくるということです。短期で見ればそれほどの違いはなくても、5年とかの単位で見れば、ある程度の釣り場の変化は理解できるのです。
そうはいっても、ある年に、大洪水があったとか、年に3回も洪水があったとか、しますと、思わぬ副産物として、川底が流れでえぐられてしまって、ある部分が深くなったとか、別の場所は数センチも浅くなったとか、牡蠣の群落が埋まってしまうとかして、状況が一変するということがあるのです。そうしますと、場合によっては、極端な話、10年前の川底に戻った場所すらも出てきます。
沈船もそのような環境にさらされて、年々、浅くなって、牡蠣も着いて、昔の面影はまったくありません。私のハゼ釣り日誌などで、ポイントとして「沈船」と書いていますが、沈み船はどこを捜しても、見られないわけです。
釣り人も、年々入れ替わって、往時の沈船の姿を知る人も少なくなりました。全然知らない、という方もたくさんおられます。ですから「チンセン」てなんだ、というわけです。
このことからの教訓は、ポイントというのは固定された場所ではない、ということだと思うのです。川底の土質、起伏、貝の群落、沈殿物などの障害物などは、もちろんのこと、変化します。それとは別に、潮汐、水温の急激な変化、日照、風の強弱、船の引き波とか風による波での浅場のニゴリなどがあって、昨日の好場所は今日の好場所とは一概にいえない、ということもあります。
そうであったとしても、沈船周辺のポイント群は、今年も、中流域の屈指の好ポイントのひとつとして、存在しています。そこでどのような釣りができるのか、ということは、釣り人自身が、どのようなイメージを作り上げられるか、ということと無関係ではないと思うのです。
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| 2008年8月6日(水) |
| その25 枝ハリスの長さ |
2008年8月6日
陸釣りでハゼを釣っている方から、リール釣りの仕掛けで、全長1m、3本バリの場合で、ハリスの長さ10pでは短いですか、という趣旨の、ご質問がありました。
仕掛けを作成するときの部品、つまり、幹糸は何号か、ハリスは何号か、とかいうことは、どのような釣りを目指すか、ということと深く関わってくると思います。
ポイントを、100〜150m遠方に設定して、力投する釣りの場合は、サオ、道糸などは、かなり、丈夫なものが必要になるでしょう。振り回すからです。ですから、仕掛けも、それに応じて、絡まない、縮れない、切れない、という条件を満たすような、ピンと張りのある、ときには、太いものが要求されます。これは、仕方のないことです。
ポイントが、70m前後の距離ではどうでしょうか。この程度であれば、私でも、手元にあるタックルで投げられます。私の道具は「投げ釣りの遠投用」の本格的なものではありません。磯ザオの2〜3号の外通しの6.3mとか、それに類似するような沖釣りのサオです。
それに、小田原型の15号オモリとか、18号オモリとかを付けて、道糸ナイロン2号、ウデの長さ15〜18cmほどのテンビン使用で、投げました。本格的な投げ釣りのトレーニングの機会がなかったこともあって、そのタックルを持っていなかったのです。また、ハゼなどが釣れたときに、「釣り味」を楽しみたいがために、比較的「やわらかめ」のサオを選んでいたことも確かです。
そんなときの仕掛けは、道糸がナイロン2号だったこともあって、幹糸1.5号、ハリス0.8号〜1号というのが限界でした。厳冬期のマブナの投げ釣り(常陸利根川などで)もよく通ったのですが、ハリス0.8号の細地袖7号のハリをよく使いました。これはとてもよく釣れました。
ハゼの場合は、江戸川の岸壁から投げたのですが(いまでは工場敷地になったりして釣り場が極端に少なくなった)、ハリスは1号の袖バリ7号を使いました。そのようなハリを使ってもよいような大きな15〜17cmを釣る時季だったからです。これもよく釣れました。ときおり、カレイも釣れました。取り込むのが一苦労でした。
まあ、こんな、手前味噌のような、過去のお話をしていても仕方がないのですが、釣り場によって、仕掛けの仕度の仕方があると思うのです。たとえば、根掛かりが多い場所だとか、流れがとても速いポイントだとか、水深がとてもある場所だとか、いろいろあると思うのです。
ミャク釣りもリール釣りも、というご質問の内容だったので、ここは、それほど厳しい条件ではなくて、たとえば、30〜40mほど、ちょいと、投げればいいんだとか、根掛かりの心配はそんなにないとか、オモリだって7号くらいでいいとか、などの場所を考えてみました。そのような条件というのは、江戸川のボートのハゼ釣りで、水深2〜4mの場所でリールで釣る場合とよく似ています。
そのように、特別な「大場所」ではない釣り場の場合は、仕掛けは、わりと、繊細なもので釣りができます。私の場合でしたら、多分、道糸ナイロン2号程度使用として、幹糸1.5号、ハリス0.8号、袖バリ4〜5号で、仕掛けを結ぶと思います。そのときの、ハリスの長さですが、5cmを目安に結びます。でも、そうはいっても、なかなか、思い通りにいかなくて、7pになってしまったとか、5cmのものもあるとか、いろいろになってしまうことがあります。ハリスを8pに結んだとしても、ハリスが0.8号とか1号ですと、使っていると、けっこう、パーマになったりして絡まったりしますので、実際は4〜5cmしか長さがない、ということがあります。ハリスを長く結ぶほど、絡まって短くなる確率が高くなるのです。ですから、0.8〜1号程度のハリスの場合は、ハリスの長さを10p以上とか、長くセットする意味が薄いことがあります。なお、9〜10月のハゼの場合は、ハリスが多少縮れても、デキハゼを釣るわけですから、釣果にはそれほど影響はしないようです。
実際のところ、長年、江戸川のボート釣りで、リールでハゼを釣ってきますと、そのへんの機微がわかってくるのです。ノウハウの蓄積というやつです。ですから、私は、ハリスの長さは5cmを目標に結んでいます。それでも、釣果に影響がないことはいうまでもありません。私のリール釣りでの目標釣果は500尾なのですから、それだけでも、よくわかると思います。
また、仕掛け全長は、釣り場によって、1.3mとか、長くしてもいいと思います。長い仕掛けを振れる場所、サオなどであれば、長い方がよいと思います。
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| 2008年8月3日(日) |
| その24 8月末のハゼ釣り |
2008年8月3日
表題の件について、ご質問がありましたので、どのような状況になるのか、考えてみました。
月末の潮は、28日〜30日が、中潮、中潮、中潮で、31日が大潮の初日です。このあたりの釣行になるのでしょうか。それでは、満潮、干潮を調べてみましょう。
週刊つりニュース発行のつり手帳付録の潮時表によれば、28日、中潮、満潮02:12干潮09:10満潮16:30干潮21:53、29日、中潮、満潮03:17干潮10:00満潮16:54干潮22:29、30日、中潮、満潮04:06干潮10:42満潮17:17干潮23:03、31日、大潮、満潮04:46干潮11:08満潮17:38干潮23:36、となっています。
下線を引きましたが、干潮時間が、午前中となっています。ということは、一般の方たちが、普通に、釣りに見える時間帯が、引き潮の真っ最中だということです。28日は、朝から潮がなく、ゴロタが露出していて、干潟もかなり出ているでしょう。だんだんと、干潮時間が遅くなりますので、6時の時点での水の量は増えていきます。31日は、満潮時間が04:46ですので、6時の時点では、下げはじめて、1時間15分ですから、満水状態に近い水量があります。ですから、朝の釣り始めは、とても、釣りやすいでしょう。
午前中に干潮時間がくる、ということは、その日の釣りは、上げ潮を釣る、ということにもなります。28日のように、干潮が早い時間のときは、一日中、上げ潮を釣れるのです。
ご存知のように、潮の変り目はとてもよく釣れます。また、朝早い時間もいいと思います。ということは、なるべく、朝早く来て、涼しいうちに釣りをするということがあります。この時間帯は、潮が引いていますから、水位の低下とともに、やりはじめの干潟になってしまう浅い場所から、比較的、深い場所だった釣りポイントへ変える、という釣り方があります。この場合は、サオは、1.8〜2.4mほどの長さで一日対応できます。つまり、常に、1m前後から1.5mほどの水深を釣り歩く、という釣り方です。もう一つの釣り方は、満潮、干潮にかかわらず、はじめから、深い場所を釣る、という釣り方です。その場合のサオは、2.4〜3.0mほどの長さのサオが必要です。ただ、満潮時間帯とか、水位が高いときにそのサオを使っても、干潮時間では、だいたいが、水深1〜2mになってしまいますから、サオが少し長いかな、と感じる時間もあると思います。
どの長さのサオを使うかは、個人の好みというか、釣り方でもありますので、好みの長さで釣ればいいと思います。
8月末の季節では、まだまだ、水深1〜1.5mのラインで8〜12cm級のデキハゼがよく釣れます。また、ポイントによっては、水深2〜2.5mの場所でとてもよく釣れてきます。
釣りポイントについては、8月末では、例年、湾岸道路の上下の水域が釣り場になっています。今年も必ずそのようになる、とはいえませんが、季節的に、下流域に釣り場の中心が移ることは十分に考えられます。
今年は、上流域や中流域で、とてもよく釣れていますので、釣り場が下流域へ移るのが、多少、遅れるとも考えられます。でも、そうはいっても、ハゼは季節で動くと思われますので、いなくなるときは、いっせいにいなくなる、ということがよくありますので、いつまでも、中流域などで釣れ続くということは、考え難いのです。ただ、上中流域で釣れ盛っているときは、各船宿さんも、わざわざ、遠くの下流域まで、ボートを曳船する、という営業にはなり難いと思います。その辺のところは、推移を見守るしかありません。ですから、船宿情報というか、ボートがたくさん集結している場所がそのときに釣れているポイントと判断できます。
釣りの目安として、ハゼのサイズを大きめのものに揃えたい、という希望があるかと思います。デキハゼは8月末では、一番子で11〜12pのサイズです。おそらく、8月末では、4番子あたりが盛んに釣れると思いますが、そのサイズは5〜6pです。ハゼ釣りといいますと、みなさん、15p前後の魚体を連想されます。これは、相当に釣りをした人でも勘違いをされます。8月末のデキハゼでは、そのようなサイズにはなりえないのです。その大きさのハゼは、ヒネハゼであって、デキがその大きさになるのは、江戸川では10〜11月ですし、今の季節では、ヒネはいくらも釣れてきません。
以上を前提に、デキの良型を釣る方法を考えて見ます。数は捨てて、型をとる、という釣りです。ハリは、袖バリ3号程度でいいと思います。たとえば、ハリは4号でもいいのですが、これは、4号のハリに食いつけないような小さいハゼは釣れないわけですから、ハリの大きさで釣れるハゼを選別する方法です。この場合は、エサをどれほど小さく付けても、ハリの関係で、5〜7p級は釣れにくいものです。
そこで、3号のハリを使うとします。これは、伊藤遊船さんなどの船宿さんで置いてあるハリが、そのサイズがメインだからです。つまり、お客さんが、ハゼを釣りやすいサイズのハリということです。3号のハリに「普通に」エサを付けますと、5〜6pのハゼは、なかなか、ハリにかからないものです。空振りをしながら、エサが小さくなったときとか、硬いエサが、しゃぶられて、軟らかくなったとか、ハゼの食べやすい状態になると、わりと、小さいハゼが釣れるわけです。
江戸川では、水深が2mとか、比較的、深い場所で釣っていても、5〜7p前後の「小型」のハゼがとてもよく釣れるのです。では、小型しかいないのか、と思いますと、そうではなくて、デキの良型、10p前後のものもかなりいるのです。
ですから、エサ付けとしては、8月末の頃では、1.5cmとか、2pとか、わりと、大きめに付けてみます。それで、まず、釣ってみるわけです。つまり、そのサイズのエサに、がぶりと食いつけるハゼがたくさんいるかどうか様子をみるわけです。仮に、空振りばかりで、釣れないとしても、空振り自体がハゼの食い気を誘うことになりますので、それでいいわけです。釣れてきたハゼの大きさを見て、そのときにハリに付いているエサの太さとか長さとかを調べればいいのです。この場所は、このサイズのエサで釣ればいいのかな、というわけです。エサを大きめに付けますと、どうしても、大きいハゼから先に釣れてきます。小さなエサを付けますと、どうしても、小さなハゼが先に釣れてきてしまいます。大きいといっても、デキですから、10〜12cmということです。中型で8〜9cmです。エサが大きめだから、5〜6cm級はほとんど釣れないでしょう。どうしても、もう少し、数が欲しい、と思ったら、エサを小さく付ければ、小型が釣れます。
また、移動の目安ですが、一人で乗っているボートでも、二人で乗っているときでも同じですが、一ヶ所で30尾とか40尾とか、ボート一艘で、そのくらいのハゼを釣ったら移動を考える、ということにしたらいいと思います。場所によっては、ハゼが密集しているところもありますから、それは、釣れ具合である程度判断できますから、なにも、40尾で機械的に移動することはありません。小型が多くなったとか、アタリが遠くなったとか、感じたら移動すればいいでしょう。小型だってお土産に釣ってしまおう、というのであれば、エサを少し小さくして釣ればいいでしょう。食べたら、小型の方が軟らかくて美味しいのです。
ミャク釣りばかり書きましたが、8月末では、リール釣りも面白くなる時季です。リール釣りのハリは、袖バリ4号程度の大きさでいいでしょう。エサ付けは1.5cmほど。サオは2〜3本以上。釣り方にもよりますが、置ザオで釣るつもりでいいと思います。根掛かりが少ない平場を選んで、投げて置ザオ、2〜3分で聞きアワセ、というパターンでいいと思います。デキの良型が釣れるでしょう。
釣果の目安は、リール釣りでは1束、ミャク釣りでは1〜3束を目標というところでしょうか。満水状態が釣りやすい人、干潮時間の方が好みの人など、いろいろです。それは、そのようなときにいい思いをした経験からきていることが多いのです。ということは、干満どちらでも、いい釣りができることがある、ということですから、水の多い少ないにとらわれずに、船宿の意見を聞きながら、ハゼがたくさんいる場所を探してみたらどうでしょうか。今の季節は、極端な話ですが、江戸川のどこで釣ってもハゼが釣れる、という状態です。
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| 2008年7月27日(日) |
| その23 指の負傷 |
2008年7月27日
私が、ハゼの数釣りを始めて直面したことのひとつに、手の指の管理の問題がありました。釣果が、300とか、500とか、700とか、になりますと、それだけのハゼを、ハリから外すわけです。それと、そのハゼを釣るためのエサ付けを1000回も、2000回もすることになります。
具体的に、どのような現象がでたかといいますと、右手については、親指のツメと皮膚の境目あたりの皮膚の表面が薄くなって、だんだんと、穴があいてくるわけです。原因は、ハゼをはずすときに、ハリのチモトを掴むのですが、そのチモトが皮膚にあたるというか、触るというか、ともかく、皮膚が局部的に磨り減るのです。それと、右手の人差し指は、ハリを掴むもう一本の指ですが、どうしても、ハリの軸とかが触るわけです。ハリをハゼの口からはずすときに、たとえいく分かでも、ハリを持ち上げるような感じで、コジルわけです。そのときに、ハリが人差し指のツメに触るのです。もし、ツメが磨り減ってきたり、もともと、ツメが短く切ってあるときは、どうしても、人差し指の皮膚にハリが余計にあたることになりますから、その部分が、ささくれたようになるわけです。私は、人差し指と中指のどちらかを親指とペアを組ませるようにしています。ですから、ハゼ釣りが始まると、右手の親指、人差し指、中指の3本は、どうしても、ツメを切らない、という状態になってくるのです。かといって、あまり伸びすぎますと、今度は、ツメが割れたり、折れたり(年をとるとツメが弱くなる)しますから、伸ばしすぎは、上手くありません。その辺を考えながら、ツメを整える程度に管理するわけです。次の釣行まで何日あるか、ということを予定して、ツメを切ったり、整えたりするのです。私の場合は、ツメを切りますと、ほぼ、一週間は復元に時間が必要です。というわけで、あまり、大胆にはツメを切れないわけです。これは、左手のツメの場合でも同じです。
釣りをしていて、手が痛くて釣りにならなくなる、とか、戦意喪失、とかの状態は、右手の場合は、大概は、親指と人差し指に現われます。指を切る、ということは、右手の場合には、私の場合は、まったく、経験がありません。
指を切る、ということの、最大の原因は、ハリ先を指に引っ掛けてしまう、それを気がつかずに、瞬間的に振り込んでしまうとか、手を動かした瞬間に、左手の指に針先が触っているのに気がつかないで、これは、刺さっているということではなくて、触っている程度ですから、うっかりするわけです。身体をちょっと、動かしたときに、糸がスッと引っ張られて、そのときに、ハリ先が指の表面を「走る」ワケです。これが最悪の場合で、5ミリとか1pとか皮膚をざっくりと切るわけです。
ハリというのは、けっこう、鋭くできていて、「刺さる」だけではなくて、「切れる」わけです。意外と、切れる、ということについては、みなさんは、ご存知ないのです。
ハリ先が鈍りますと、当然のように切れも悪くなるのですが、皮膚にハリ先が触っていても、切れが悪ければ刺さらないのですが、刺さらないだけに困るのですが、何かの拍子に、ラインとかハリスなどが、腕とかツメとか、ササクレとかに、引っかかったりして、引っ張られますと、見事に皮膚が切れるわけです。これは、とても痛いです。私も、今でも、そんな場面になってしまうこともあります。ですから、とくに、左手に関しては注意しているのです。
もう一点、これも大切なのですが、ハゼを掴む左手は、どうしても、皮膚の磨耗が激しいということがあります。ハリにかかったハゼを左手で掴むのですが、掴んだ手の中でハゼが、身体をくるくると回転させて、抵抗するわけです。300尾釣れば、300回は手の中でくるくると回るわけです。ですから、ハゼの魚体が触る部分の皮膚が磨り減るのです。手を広げますと、触った部分が赤くなっていますから、ああ、ここにハゼが触ってるんだな、ということがわかります。なかでも、とくに、左手の親指と人差し指は、ハゼの首根っこをギュッと掴む指ですから、他の指よりも接触の密度というか、回数というか、それが多いのですから、磨り減り具合も激しいわけです。ですから、釣っているうちに、親指と人差し指の皮膚の表面から、血が滲んでくる、ということすらあるのです。この場合は、釣っているときに、左手の指が乾燥したりしますと、余計に、痛みなどが感じやすいし、切れやすいのです。ですから、私の場合は、濡れタオルを近くに必ず用意してあります。常に、左手は湿り気をつけておくのです。この方が、左手の指が楽です。
また、ハゼの口にかかったハリのハリ先が、ハゼの唇を貫通して、外へ出ているのですが、ハゼを掴んだときに、どうしても、ハリ先が左手に、チクチクと触るわけです。とくに、一本ザオでのミャク釣りのトレーニングをしていますと、どうしても、ハゼの上唇のど真ん中にハリをかけたいわけです。それはそれで、ひとつのこだわりというか、ポリシーなワケです。一本ザオのミャク釣りで、ハリを呑まれるなんて、何だ、というワケです。私の修行時代は、一本ザオのミャク釣りで、ハリを呑まれる、ということは、「恥」とされていたのでした。それはそれで、「美学」というものであろうと、私は思っているのです。
一本ザオのミャク釣りと、ニ本ザオの「ミャク釣り」との決定的な違いは、二本ザオの場合には、両手にサオを持ってアタリを待っているときは、確実に唇にハリをかけ、置ザオにしている時間のサオでは、呑ませて釣る、という釣りになることです。つまり、釣果が、500とか、700とか、1000尾とか、増えるにしたがって、二本ザオの場合では、置ザオで釣れてくるハゼの数が加速度的に増えていくのです。これは、私の経験から申上げているわけです。
もちろん、一本ザオでのミャク釣りで、1000尾釣りをさんざん、やってきたわけですが、それはそれで、素晴らしい釣りなのです。美しいというか、きまっている、というか、釣り姿がいいのです。つまり、下を向いている時間が少ないのです。エサを付け足すとき以外は、ほとんど、下を向かないからです。サオは右手から離すことはありません。サオを握ったまま、左手でハゼを掴み、右手にオモリを掴んで(サオは右手で掴んでいる)、同時に、ハリを外すわけです。そのままの状態で、ハリにエサを新たに付けるとか、再利用のため整えるとか、点検するとか、して、サッと振り込むのです。ですから、サオをカタンカタンとボートなどに横たえるという動作は一切ありません。そのようなトレーニングをしたわけです。ハリを外すときは、右手でハリのチモトを持って、ほんのちょっと、動かせば、外れるわけです。呑まれてなんぞいないからです。ハゼをそのまま離してやれば、足元のバケツに落ちるというわけです。エサは、そのまま、再利用しますから、点検だけして、サッと振り込むのです。動作に無駄がありません。アタリそのものの回数は、エサ付けのやり方次第で、どのようにも、出せるわけです。
そのような釣りをしているときでさえも、釣果が1000尾台になりますと、右手と左手を負傷するわけです。左手の話に戻りますが、左手の指などの皮膚が磨り減る原因の一つが、ハゼを掴むことによる、と申上げたのですが、もう一つは、エサの青イソメを掴むことにあるのです。どなたもそうですが、青イソメを切ったり、つぶしたり、揉んだり、付けたエサを千切ったり、ということをすると思うのです。エサの皮膚は、けっこう、蛇腹で、ゴツゴツとしています。これは、実際、思っている以上にごわごわしています。ですから、それを、一日、触っていますと、どうしても、皮膚が磨耗するのです。ましてや、昔は、砂をまぶしたりしていましたので、これは、いまは少ないのですが、それでも、ときおり、そのような店もあります。いまでは、砂はあまり、使わなくなったのですが、すべり止めの部材がパックのなかに同封されているでしょう。そのようなすべり止めなどの部材の千切れた細かい微粒子とかが、けっこう、皮膚の磨耗に関係するのです。これは事実です。
そんなわけで、ハゼの魚体とエサと両面から、皮膚は磨り減っていくのです。私などは、ハゼ釣りがはじまりますと、両手ともに、「指紋」がとても薄くなってしまいます。警察に捕まったって指紋が採れない男、と家内に冗談をいうほどになるのです。ですから、新聞紙や本などのページをめくるのに大変です。指が滑ってしまって、紙に指がひっかからないのです。指を舐めてめくるほどです。家内などは「キタナイッ!!」と叫んでいますが、それも、仕方がないではありませんか。
そのように、左手はとくに、皮膚の磨耗が右手よりもありますので、薄くなった皮膚に、ハリ先が触れて、それだけならいいのですが、何かの拍子にハリ先が瞬間的にヒュッと動きますと、スパッと皮膚が裂けるわけです。
このように、右手にしても、左手にしても、痛み具合の状態は違うのですが、ハゼの数釣りを300尾以上続けますと、徐々に、出てくると思えます。それは、束釣り程度の釣果の方たちには、絶対に、理解不能のことなのです。
では、対策は、といいますと、近年の私は、袖バリ1号のハリを使うことで、かなり、状態が緩和されてきています。従来は、6月は袖バリ3号、7月は3.5号、8月は4号、9月は5号などと、ハリを季節ごとに使い分ける方法を習い覚えてきたのです。それもひとつの釣りの型ですが、1000尾釣りに挑戦してそれを止めました。1束、2束ならそれでもいいでしょう。それに適したハリ遣いといえると思います。そのサイズの大きさのハリで釣れてくるハゼだけを選りすぐって釣る、というハリ遣いだからです。
私がそのようなハリ扱いを止めたのは、1000尾のハゼを揃えるには、型を選んで(1000尾を)釣る、というスタイルの釣り方が、当初、私にとって至難のワザだったからです。そのような技術的到達点には、とてもとても、たどりつけなかったからです。まず、1000尾を釣る、ということを最優先にしたときに、使うハリは3号とか、3.5号とかの小さ目のハリにしたのです。これは、当初、空振り防止対策でした。小さなハゼが多いかな?と感じたら、エサを小さくつけるとか、するためのハリを常用したわけです。
そうであっても、私の指の負傷は、相も変らず続きました。そこで、行き着いたのが、袖バリ1号のハリだったのでした。これは、確かに、ききました。1000尾以上釣っても、右手の指に穴があかなかったのです。ヤッタ、と思いました。でも、一日おき、とか、二日おきとか、間を詰めますと、何回目かには、右手が負傷します。ですから、手の状態を見ながら釣行するわけです。
ハリそのものは小さいサイズであっても、エサ付けのサイズと硬さを考慮することで、釣れてくるハゼのサイズをコントロールできることを学んだのです。従来は、ハリのサイズを交換することで、それをしていたわけです。それを、ハリのサイズを固定して、エサのサイズでハゼの釣れる大きさを、希望のサイズのハゼだけを、揃えられるようになったのです。
指を保護するために、ハリを小さくしたことで、釣り方そのものも、新しい境地に到達した、といえるのかも知れません。このことは、私の個人的な釣技なのであって、誰も彼もがそうすべきだ、などということは、とても、いえることではありません。また、そうであっては、いけないと思っているのです。釣りは、十人十色だと常々思っているからです。でも、ハゼの数釣りにチャレンジする人たちは、誰しもが、一度は経験することですから、私の経験談をお話したわけです。
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| 2008年7月18日(金) |
| その22 ターゲット |
2008年7月18日
江戸川で実際にハゼを釣り始めますと、私自身何回も経験したことですが、思ったような釣りができないと、けっこう、「逆上」することがあります。文字にすると、過激に聞えますが「わけがわかんなくなる」という意味でもあります。
いつも思うのですが、ハゼ釣りの場合であっても、ターゲットを定めると思うのです。たとえば、釣果では、300尾とか、自己最高をとか、束釣りとか、などです。ハゼの大きさについては、デキの良型を狙うとか、食べるとおいしいから5〜7p級ばかりでいいんだとか、いや、ヒネがほしいとか、いうことです。
相当に釣歴を重ねた人であっても、ときには、「ハゼを釣りにきた」などという感覚の方も見受けます。心の中では、ある目標があると思うのです。でも、たとえば、具体的に、「どの大きさのハゼを今日は釣りたい」のかとか、はっきりしていないことがあります。
江戸川へハゼ釣りに訪れるお客さんの90%前後は、ハゼを釣りにきた、という方たちです。すると、どういうことになっているかといいますと、ハリは7号とか、オモリは15号とか、リールザオは50cmのカレイが釣れてもびくともしないような頑丈なものとか、になるのです。当然、エサも大きくつけます。ハゼの魚体よりも長いエサ付けの人だっています。これは、冗談でも、ウソでもありません。実際にあった話です。よく私はいうのですが、15号のオモリで7pくらいのエサ付けで、リールザオで投げたら「デキハゼにあたって」ハゼが気絶する、と冗談交じりにいうことがあります。今の季節は、それほどにハゼは密集して、たくさんいます。
そのような方たちに、いちいち、レクチャーする船宿の人たちは大変です。根気よく、ていねいに説明しているのを、よく、見かけます。
では、残りの10%の方たちはといいますと、この人たちは、もう、ベテランです。ご自身の目標というか、課題というか、そのようなものを持って、釣行されているわけです。とても、研究熱心な人たちです。ですから、年齢に関係なく、上達するのです。それは、私自身が通った道ですし、現在でも、日々、そのような感慨をもつことが多いのです。ああ、おれも、また、進歩したのかなあ、という感じです。
上達する、ということは、現実には、釣果が増える、という形であらわれます。また、実際には、釣果そのものは、とくに、増えなくでも、チクッというアタリが理解できたとか、そのアタリがわかってきたとか、いうことがあるわけです。それは、すばらしい進歩だと思います。
私の現在のターゲットと言いますと、「いつでも、当たり前のように、1000尾を釣る実力を会得する」というものです。もちろん、10束釣りたくても、季節はずれで不可能とか、いろいろと、不可能な条件のときもあるのは承知していますが、それでも、ミャク釣りのときは、いつでも、狙っていることは確かです。
ですから、1000尾釣る、ということは、言い換えれば、デキの大中小を入り交じって釣る、ということです。基本的には、そのようになります。ということは、この釣り方というものは、一番、手っ取り早くて、釣りやすい形ということになるのです。なぜかといいますと、いまいるポイントで、いま釣れてくるハゼを釣ればよい、という釣り方になるからです。ハゼの大きさをよりわけて、あるサイズ以上のハゼだけを釣る、という釣り方ではないからです。もちろん、そのような釣り方で10束を狙う、という釣りもあるわけで、何度も私はチャレンジしています。難易度が高いわけです。
10束釣りをともかく一度でもいいからやってみたい、と思っている場合には、型を揃えるなどということは、二の次で、実際には、そのような余裕がないわけですが、また、そのような「遊び」の部分がありますと、僅差で10束を逃す、などということがあるわけです。そのような、「遊び」については、ある程度、コンスタントに10束釣りを積み重ねられるようになってから、チャレンジする目標でいいと思うのです。一段上、ということです。
私が、今シーズン、10束釣りを11回も積み重ねてきているのを見て、余裕をもって、そうなっていると思われるでしょうが、ひとつひとつの1000尾釣りは、全部、内容が違っているのです。会心の出来、というものは、いくつもありません。その他の10束釣りは、「汗と涙の結晶」なのです。それなりに、苦労しているわけです。
ですから、10束釣り、というターゲットは、私のミャク釣りと切り離せないものになっているのですが、では、本日、いま、これから、ハゼを釣る場合に、どこで釣るのか、という実釣の場面になりますと、選ぶポイントによって、デキの良型が揃う可能性の場所、しかし、ペースは若干落ちそうだとか、あそこは、中型小型だが、数はたくさんいそうだとか、目星のつけ方があると思うのです。それに、干潮時間とか、潮の下がり方がすごいとか、あるわけです。
ですから、一日の前半の時間は、どうしても、ある程度の数を揃える、ということを主眼に釣りをすることになります。その理由は、私も年ですから、若い人たちと違いますので、どうしても、後半の時間は、スタミナが切れてくるわけです。それに、10束にギリギリという数字ですと、たとえば、15時の時点で890だとか、いう場合ですが、もう、精神的にも、ギリギリなわけです。しかも、その時間帯が干潮になっているとかいいますと、もう、絶望の気持が先立つわけです。でも、1尾1尾確実に釣り上げて、数を積み増さない限り、1000尾はないわけですから、891,892などと積み上げるわけです。このときに、どうしても、もう、だめなんじゃないかとか、ここよりも、もっと、釣れる場所があるんじゃないのかとか、いろいろと、迷うわけです。このような煩悩は、いくつになってもとれないし、出てくるわけです。私としては、そのような状況に陥らないためには、どうしても、前半部分である程度の釣果を確保しておきたいわけです。私の場合の「安全圏」は、午前中に700尾というラインです。まあ、それだって、完璧な安全圏ではないのですが、まあ、なんとかかんとか、1000尾に届くラインという目安です。いつものことですが、午前中に600とか650とかいうことは、しょっちゅう、あるのです。その場合は、午後からの釣れ具合がよければ、10束に届きます。1時間に100尾のペースでは、10束は難しいということです。時速120というのが、私のペース配分になっています。
このように、1000尾を釣る、ということをターゲットにしますと、大中小のデキハゼを、満遍なく、コンスタントに、ペースよく釣る、ということになります。江戸川にハゼ釣りにくるお客さんのうちの10%の方たちは、少なくとも、ご自分の課題をもってお出でになっている方たちと思いますので、その場合には、サオ、ハリ、オモリ、ラインその他、ターゲットに応じた仕度をしていると思います。あとは、実釣の場面で、思うようにいかなかったときに、なるべく、逆上しないように、あるいは、わけがわかんなくなってしまわないように、願うだけです。なんとなれば、釣れない、と思っていても、ハゼはボートの近くにいるのだし、気持が焦っていて、ハゼをエサに食いつかせることに、失敗している、ということだと思うのです。
もっと大きなハゼが釣りたい、という現実があるとすれば、それはそれで、そのターゲットを追えば済むことですが、それは、1000尾釣り、デキの良型揃えという二兎を追うことになりますので、10束を目指すのであれば、当面は、どちらかに絞った方がいいと思うのです。
私のつたない経験から申上げれば、デキの型がよくなるにしたがって、面積辺りのハゼの個体数は少なくなっている、と思われるのです。ということは、一ヶ所で100尾釣れたとか、150尾釣れたとかいうことは、だんだんと少なくなって、30尾で移動するとか、ということが多くなるのです。ですから、ますます、見切りどき、というテクニックも要求されてくるのです。中小型が多い季節はそのような心配も少ないわけです。
江戸川でのハゼ釣りのターゲットの定め方は、10人の釣り人がいれば、10通りのものがあると思います。なにも、1000尾釣りにこだわる必要なんかないわけです。自分は、小型だけでいいし、50尾でいいのだ、という人とか、あるいは、デキの良型だけを釣りたいから、ハリは4号と5号しか使わないとか、ヒネだけを釣りたいとか、家族連れなので、ともかく、なんでも、釣れればいいんだとか、いろいろ、あるわけです。そのような方たちを含めて、江戸川のハゼ釣りは毎日されているのです。
ターゲットを決めた方がいい、などという議論は、自分で書いて自分でいうのもおかしいのですが、かなり、マニアックな、特殊な議論だと思えて、ときどき、おかしくて、笑えてくることだってあります。でも、上手に釣りたい、という気持があったからこその問題提起でもあったことは事実です。そんなこんなで、江戸川で20年、ハゼ釣りをしてきたわけです。
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| 2008年7月12日(土) |
| その21 ヘラの釣り座とハゼのポイント |
2008年7月12日
私が、ヘラの釣り堀へ通い始めて、もう、2年半になりました。その前の年、ですから、ちょうど、いまから、3年前になりますが、さきおととしの6月に、地元の79歳になる長老から誘われて、とうとう、ヘラ釣りに付き合うことになりました。10年来、誘われていましたが、他の釣り(とくに、ハゼ釣り)があるので、断わっていたのでした。同行することにした最大の理由は、その人の連れが、何人も、病気、死亡、その他で同行できなくなり、とうとう、その人だけしか残らなかったのでした。おまけに、家族が、一人で釣りに行くのはダメ、と言って、出してくれなくなったから、鈴木さん、なんとか、お願いできないですか、ということだったのでした。そのかわり、教えてあげる、という条件付でした。
道具はひと通り持っていましたので、エサと道糸、ハリを用意すれば釣りに行けました。その年は、一ヶ月に一回とかで、半年で4回程度しか一緒しませんでした。というのは、その人は、11月になりますと、来年の3月過ぎまで冬眠、と言って、冬場の釣りをやらなかったのです。年寄りだから、仕方ないか、とは思ったのですが、おっぱなされた私は、不完全燃焼の状態でした。
そこで、次の年の1月から、私一人で、釣り堀に通い始めました。まあ、私は私で、乗合船に乗って東京湾に出てしまいますと、急用ができても帰宅困難ということになりますので、ちょうど、そのようなことも予測できる事情もありましたので、乗合船に乗ることを差し控えていたわけです。そんなときに、いい按配に、ヘラ釣りをはじめましたので、冬場の釣りとして、やってみたわけです。ハゼ釣りまでの、中継ぎの釣りという気持でした。
まあ、ズブの素人同然の状態でしたので、右も左もよくわからずに、釣り堀へ一人で通ったわけです。ただ、耳学問としては、いろいろと、釣り仲間から、ヘラ情報は聞いていましたから、ひとつだけ、やってみようと思ったことがありました。
それが、釣り座のことでした。その釣り堀では、釣り座が114席ありました。釣りに行くたびに、別の席に座るようにしたのです。ということは、114日通えば一回りです。実際は、一昨年は90回の釣行でしたので、それも、ダブリで座った場所もありますので、さきおととしの12月の分を入れても、114席は座りきれなかったわけです。
それが、去年に持ち越されて、どうやら一周りしたのですが、どうも、私の心の中では、何かがくすぶっていて、納得できない部分があったのでした。そこで、2回目の周回を思い立ちました。今年の6月いっぱいで、どうやら、114席すべてを、2回ずつ、座ることができました。
こんなことは、誰に対して言ったところで、なんの、自慢にもならないことなのですが、その釣り堀へ通っている人たちは、誰も、私のようなことをやった人はいないようです。いつきても、同じ場所で、同じ長さのサオで、同じエサで、釣って帰ります。そのような釣り方も、ひとつの釣りだと思います。自分が楽しめればいいのですから、気に入っている釣り座で釣るのが、いいに決まっているのです。このように、いつも同じ場所で釣りますと、それはそれで、それなりの、いろいろなことが分かるのです。ハゼ釣りでも、そのように、自分の気に入った場所というか、過去に、いい思いをした場所、というのがあって、そこへ、一目散にいって釣りをする、という釣り人も見かけることがあります。
ただ、私は、釣り堀の釣りというものが、よく分かっていないものですから、池の全体像を把握するには、単純に、全座席を釣ってみるのがいいと思っただけでした。最近では、私よりも先輩の釣り人が、どこが、釣りやすいかねえとか、何番は釣れる?とか、私の意見を求めるようなこともあります。
114席を二周りしたわけですが、そのために、31ケ月かかったわけです。今月からは、とくに、そのようなノルマを課さないで、風向き、混み具合、季節、気分などなど、もっと自由に、任意の釣り座に座ろうと思っています。同行の年寄りも、今年は82歳になるのですが、かくしゃくとしていて、釣りのウデも、大分に、上がったように見受けられます。82歳になっても、釣りのウデは進歩するものだなあ、というのが、私の実感です。だいたいが、ご本人自身が、そのような感想を語ることがありました。
釣り座めぐりは、私としては、データ集めのつもりでもあったのですが、それはそれとして、行くたんびに違う釣り座で、けっこう、楽しんで釣りをしていたと思います。それが、私のヘラ釣りのスタイルでもあったわけです。釣り堀のヘラ釣りといえども、釣りなのですから、なにかしら、一つくらい、楽しみというか、興味がわくことを、やってみようとしたのです。
ハゼ釣りも、ヘラ釣りも、他の釣り人と同じことをするのが、なんとなく、嫌だったと言えば、あたらずとも遠からず、というところです。まあ、かなりの、天邪鬼とでもいえるかと思います。そのおかげというのでしょうか、万分の1とでもいうか、少しくらいは、池の様子がわかってきたように思えます。
この2年半の釣り座行脚で気がついたことは、釣れるか釣れないかは、釣り座のためではなくて、自分自身のウデ次第だということでした。ハゼ釣りと違って、釣り堀のヘラ釣りは、池の中にヘラがたくさんいることはわかっていますので、釣れるか釣れないかは魚のせいではないのです。ハゼのように、ハゼのいない場所で釣ってしまった、などということがないわけです。そのようなことを、あらためて、知らされたということが、収穫といえば収穫になります。
江戸川のハゼ釣りの場合は、まだまだ、本格的にサオを出していないポイントがたくさんあるわけですから、ヘラ釣りをしているヒマがあったら、ハゼ釣りをすればいい、などと、心の中では思うのですが、そうはいっても、デキハゼのミャク釣りで10束釣りのペースは、長年の経験と私のコンディションからも決まっているペースがありますので、今以上の回数はなかなか、とりにくい面もあるのです。
まあ、10束釣りという私の釣果目標を無視して、気楽に、300とか、400とかで止めておけば、それはそれで、週に3回であろうと4回であろうと、手に傷を負わない程度に、何回でも、ハゼ釣りができると思うのです。それはそれで、ヘラの釣り座をめぐることによく似ています。江戸川のハゼ釣りポイントは、絶好のポイント、好ポイント、まあまあのポイント、普通のポイントなどなど、数多くあるわけです。しかも、季節、潮回り、天候、鵜の食害、アオシオやアカシオ、場荒れ、洪水、エサの枯渇などなど、様々な要因があって、その日その日で、普通のポイントが絶好のポイントになったり、その逆だったりと、いろいろと、変化するわけです。自然が相手ですから、この辺の事情が、釣り堀のヘラ釣りと違う点だと思います。何百種類という組み合わせのあるパズルのようだと、考えればいいわけです。それと、私の「気分」の関係もあって、その年、その年で、お気に入りのポイントというのでしょうか、好んでめぐるエリアが、違っていることがある、ということもあります。何年間も、いい釣りができなかった場所があったとします、でも、未練たらしく、ときどき、「偵察釣り」をするわけです。たまたま、条件が整った瞬間があって、そのときに、偶然というか、必然というか、私の直感が決まったというか、そこで大釣りできたとします。すると、そこが、その年のお気に入りの場所となるわけです。そんなわけで、江戸川のハゼ釣りポイントは、みなさんが想像する以上にたくさんあるわけです。ですから、私のハゼ釣りのポイントめぐりの方は、未達成、とでも言える状況だと思います。10束釣りに、はまっている間は、何年もかけて、昔のポイントへ舞い戻る、ということにもなるわけです。
ハゼ釣りがはじまりますと、ヘラ釣りは当然のように回数を激減させて、ヘラ釣り場の顔見知りの人たちが、鈴木さんはどうしちゃったんだろうか、身体でも具合が悪いんだろうか、などと、心配するほどに、通う日数が少なくなります。82歳の長老と一緒する程度になってしまうわけです。自然と、そういうふうになってしまうとしても、ハゼ釣りの方は、まだまだ、先のある、気の長いポイントめぐりといえそうです。
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| 2008年7月7日(月) |
| その20 予備バリの作成とオモリとのバランス |
2008年7月7日
私が、ハゼのミャク釣りで愛用している「3pの仕掛け」の作成方法についてのご質問がありましたので、本稿は、その返信です。説明が、少々、回りくどいと思いますがご容赦願います。
ハリスの長さ3pの胴付き仕掛けの最大のポイントは、オモリがセットされているラインに(注:2〜3ミリ間隔で結び目が2ケ作ってありますから、そこへ)、予備バリのハリスをからげたときに、ハリの位置が、オモリの胴体部分の中心になっているかどうか、ということです。ハリスが短いと、ハリのチモトがオモリの上部位置になります。つまり、オモリの尻の部分から見て、かなり、上の位置にハリがあることになります。このようなバランスですと、アタリが少なくなります。多分、ハゼが上を向いてエサを追う、ということが少ないためと思われます。このことから、ハリスは、短いよりは、長めのほうがよいということがわかります。
次に、オモリの形状ですが、ナス型1号オモリといっても、鉛の部分が短形のものと、まさに、茄子(ナス)のような形で細長いものとがあります。また、どちらにも共通するのですが、鉛の上部に、ラインをからげる金属製の輪がついているのですが、その大きさというのでしょうか、長さが、わりとまちまちなのです。最近は、けっこう、長く、突き出ているものが多いのです。私は、ナスのように細長い1号オモリを長年使い慣れていますので、それを踏まえてハリスの長さを調節しています。短形のオモリよりも少し長めのハリス作りかと思います。
そのような現状を踏まえて、仕掛けを作るわけです。そのキーポイントが、先ほど書きましたように、オモリの胴体の中心付近に、ハリがぺたりと張り付くようなバランスということになります。それよりも上にハリがいきますと、アタリが極端に少なくなり、逆に、胴体の中心からハリが下へ下がるにしたがって、私がいっている前アタリという、チクッ、コツッ、ムズッというアタリが出にくくなります。そうはいっても、前アタリをどうしてもとりたい、ということは、個人の釣りの好みの問題だと思いますので、大事なことは、要するに、釣れればそれでいいわけですから、ハリの位置のバランスは上にいってしまうよりは、少し下になった方が、釣れないということはまったくありませんし、釣れるだけ、その方がいいわけです。
話を戻しますが、基本のお話をしますと、オモリの金具にチチワにしたラインの先端をからげたときに、チチワにしたラインの結び目(2ケ作った上の結び目)から金具までを、3pにするのか、2.5pにするのか、などという長さの問題があります。なぜ、ここで、2.5pなどという数字がでるのかといいますと、金具が、長いものだと、0.5cmほどもあるものがあるからです。それ以上のものもあるかも知れません。ですから、2.5p+0.5cm=3pというわけです。
オモリをつけるラインの先端をチチワにしてから、ですから、チチワにするときに、これで3p位かなと思いながらチチワにするのですが、それにオモリを付けてみます。そして、定規にあててみます。すると、チチワの上部の結び目からオモリの結び目までの寸法がでます。それが、2.5pとか、3pとかの長さなのです。もし、3pよりも長く結べてしまったとか、いうときは、結び目を2ケよりも多く、3ケとか作って、希望の長さになるように調整します。なお、結び目は、はじめは1ケだけ結んでオモリをセットして、長さをみてから、2ケ目の結び目を作ります。そのときに、結び目間隔を2ミリでいいのか、3ミリでいいのか、という判断とか、3ケ作ろうかなどということがわかります。結び目を増やすときは、オモリをつけたままで、グルッとひとくぐりさせて結び目を作ります。結んでからのラインの引っ張り具合で、結び目が締まりますから、2pとか2.5pとか、寸法を測ってから、力をいれてラインを引けば、2pなのを2.5pなどと長くするための最終調整ができます。はじめから、力を入れてラインを生真面目に引いてはいけません。短くする調整ができにくいからです。
ハリというものは、袖バリ1号、2号、3号、3.5号、4号などとあるのですが、大きくなるにしたがって、ハリの軸が長くなります。そうなると、1号のハリでピッタリだったバランスなのに、3号のハリをつけたらハリが下の方にいって、ときには、ハリの「曲り」部分が、オモリよりも下へ突き出てしまうということもあります。アタリの感度に影響しますが、釣れないことはありませんので、その心配はありません。
私の場合は、手の保護のために、1号バリを愛用しているのですが、この場合ですと、ハリそのものが小さいわけですから、基本どおりに、ラインの結び目を3pの高さで、予備バリのハリスの長さを3pでということで作成して組み立てますと、どうしても、ハリがオモリの上部の方へいってしまうわけです。オモリに付いている金具の長短もあるし、オモリ本体の長短もあるし、というところです。ですから、ラインの結び目は2.5pの高さで、ハリスの長さは3.5pの長さで、ということで、基本的なパーツを作成しておくわけです。それで組み立てると、ちょうどよいバランスになる、というわけです。
さて、ハリスの結び方ですが、私は、爪楊枝、定規、糸付き1号バリを用意します。右ききの私は、ハリを左手でつかんで、ハリスをチチワの形にします。右手の爪楊枝をチチワの先端に入れて右に引きます。次に、それを定規にあてて、ハリのチモトから先端まで、3.5pの長さになるようにハリスを調節します。それができたら、爪楊枝を置いて、3.5pになっているハリスをグルッと回して、結ぶのです。一回結びでいいのです。こうしますと、結んだ分だけ3.5pよりも短くなるのです。それでいいのです。それと、ラインの結び目の間に(注:2〜3ミリ間隔で2ケ作りますから)ハリスをからげるわけですから、その分だけ、ハリスの長さが、また、短くなるわけです。そんなわけで、わたくしの場合は、3.5pのハリスの長さで予備バリを作るわけです。「江戸前のハゼ釣り上達法」「天狗のハゼ釣り談義」などで図示しているものは、できあがりの形ですから、予備バリのハリスは、以上のように、からげる回数を勘案して、その分を余分の長さとして考慮して採寸するわけです。なお、ハリスを結ぶときは、右指でグルッと一回りしてから、輪の中にその先端をくぐらせるのですが、それがなかなかうまくいきません。私は、くぐらせる前までは指でしますが、くぐらせること自体は、右手に爪楊枝をもって、その先端を輪の中へくぐらせて、チチワの先端へ爪楊枝の先端を入れて、先端を輪の手前に抜き出すように引き出します。そのまま、ギュッと引けば、結べます。これはわりと簡単にできます。
このように文章で書いても、実際の私の製作では、にぎっているハリスが伸びてしまったり、目がかすんで、とかで、3.7pになったとか、逆に3.3pだったとか、いろいろと、寸法の違いがどうしてもできてしまいます。何年やっていてもそうです。ですから、やむなく、同じものはなかなか作れないものだ、という前提で、私は、パーツ作りをしているのです。釣り場で、ハリ交換でセットするときに、最終調整をするようにしているわけです。
また、オモリをセットした予備ラインの、ハリスをからげる結び目までの寸法についても、同じようなことがあります。つまり、2.5pだったり、2.8pだったりするわけです。そのような事情が必ずできてしまう、ということを考慮しながら、作成しているわけです。
そのなかで、私が心掛けているのは、オモリをセットしたラインもまちまちですが、それをもとにすること、ハリスは長さ3.5pで結んでおくこと、ハリスをラインにからげたときに、ハリがオモリの先端よりも下へいってしまうようなバランスのときは(ほとんど、ないですが)、2度からげ、3度からげなどをして調節してオモリの胴体の中心にくるようにすること、ハリはオモリの上部の方へは絶対にいかないようにセットすること(このようなハリは廃棄しています)、などなどです。
また、ハリスの長さは、釣り方によっても違ってくると思います。いままで申上げたことは、1本ザオでのミャク釣りの場合の基本的な調整方法と作成方法です。もちろん、この仕掛けで、2本ザオでの釣りに十分に対応できることはいうまでもありません。ただ、いえることは、2本ザオの場合は、10束(1〜3束では問題外)という単位での釣果の場合は、置ザオで釣れるハゼの数が多いわけですから、それに対応したハリスの長さでもよい、ということになります。つまり、オモリの胴体部分にぴったりと張り付くバランスよりも、少し下にいったバランス、表現を変えれば、ハリスが少しくらい長くても、とでもいいましょうか、そのようなバランスでも、2本ザオの場合には十分に釣りになる、ということです。ですから、私は、いまは、2本ザオの釣りをしていますので、予備バリをセットするときのハリスの長さは、短くならない限り、特別な注意を払っていないのです。予備バリ作成時に大きな誤差がありませんので、そのようなことが可能なのです。
なお、ここ何年かの間に、この3cmの仕掛けの亜流ともいうべき仕掛けが何種類か工夫されて使われているようです。そのうちのひとつに、オモリの金具に、市販されている金具をつけるというものです。それは、片側にオモリの金具を取り外しできる金具があるものです。これは、大きさが何種類かありますので、適当なものをセットすれば、ラインを結んで結び目を作らなくてもすむわけです。私の場合は、できる限りシンプルな形が好ましいので、そのような「部品」は使わずに、直結びで釣りをしています。その方が、アタリの感度がいいからです。それらは、結局のところ、釣りの「好み」の問題だと思いますので、そのような方法もある、ということをご紹介したわけです。要は、みなさんが、手間ひまかけずに、釣りが楽しめればそれでいいからです。
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| 2008年7月5日(土) |
| その19 私の挑戦 |
2008年7月5日
(注:私が、本稿をアップしたのが本日の朝で、その日の夕方に18才の高校生浜田寛之君が1163尾を釣ったと、伊藤遊船さんのホームページに載りました。本当にすばらしいことです。おめでとうございます。どなたにも、チャンスがあると思いますので、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。私が浜田君と出会ったのは、彼が、中学2年生のときでした。)
私が、ハゼ釣り日誌をHPにアップするようになってから、何年かが過ぎました。はじめは、ごく簡単な記事でした。いまのように、「充実」(自己判断)してきたのは3年ほど前からでしょうか。「江戸前のハゼ釣り上達法」を刊行できたのも、その時期でした。ちょうどその年の暮から、「天狗の釣り談義」の掲載を始めました。
それは、私の釣りを参考にされる人が増えましたので、質問や、船宿での釣り人との会話などが、結構、あったわけです。そのときどきの話というものは、いつでもそうですが、時間切れで、説明不足とか、言葉では言い尽くせない部分とかが、必ずあって、あとで、あれも言えばよかったとか、ああ言えばよかったとか、反省することが、多々、あったのでした。
そんなことが、積み重なって、それでは、HPで私の技術的到達点を、私なりの言葉で書いてみよう、と思ったわけです。もちろん、釣りテクというものは、その釣り人の、門外不出の、非公開の、ごく限られた「弟子」たちに伝授されるべきもの、との知識は、一般的なものとして、私にも多少はあったのです。
そのような考え方が、間違っているとか、いないとか、などの議論をするつもりはありませんが、それは、その人の「哲学」の問題ですから、それはそれでいいと思えるのです。
でも、私の個人的事情は、そのようなマンツーマンの伝授とか、教授とかが、行い難い状況がありました。ですから、本とか、HPとかでの、技術公開の方法を採用したのです。つまり、世俗でいう、「弟子」をとるとか、「○○会」を作るとか、の手法を実践できなかったわけです。実践できなかった、というと、そのつもりがあったのでは?ということになりますが、はじめっから、そのつもりがなかった、ということの方が、正確かも知れません。事実、私の日常は、俗にいう仕事という現役を引退した割には、忙しい日々を過ごしているわけで、最大の原因は、私が「現役の釣り師」にこだわっている、という点です。釣りを日常的にしているからこそ「釣り師」なのであって、私のカレンダーの書き込みは、釣行日で埋め尽くされているわけです。その合間合間に、その他の予定があるわけです。
ハゼ釣りの技術公開をするということは、私にとっても、はじめは、かなりの「勇気」がいることでした。あるレベルに達した釣り人は誰でも経験することだと、私は思っているのですが、自分のワザを「すべて」教えてしまったら、そして、教わった人が自分よりも上手になってしまったら、「悔しい」とか「困る」とか「自分がいつも上にいたい」とかの感情は持つと思うのです。少なくとも、私自身は、そのような感情がごくわずかでもあったのではないかと思えるのです。ですから、技術公開をするにあたって「勇気」が必要だったと、感じていたわけです。
しかし、そのようなことにとらわれていたら、私に質問された方に対する回答が不十分なままで、心苦しいことおびただしいわけです。いまは、情報公開の時代ですから、私の方からの積極的な情報提供がされてもいいのではないのか、という気持が勝ったのでした。
「私の挑戦」というタイトルでの情報提供は、そのタイトル名をつけていなくても、すでに、何年か前から始まっていたことなのです。つまり、情報公開をすることによって、不特定多数の読者の方々が、ウデの違いを乗り越えて、情報の享受者になってほしい、同じ知識をもつ仲間(顔も名前も知らない仲間)になってほしい、という気持でした。
そのことを通じて、私が何を望んだかといいますと、私と、私の情報の受け手とは、あくまでも「対等」の関係であり、師匠と弟子という関係ではない、ということだったのです。少なくとも、私は、そのような認識でいるのです。私の発信した情報を、咀嚼して、実践して、自己のハゼ釣りレベルをアップできるのは、情報の受け手その人自身なのです。
最近、江戸川のハゼの釣果の推移を見ていますと、10束釣りに近づいた人が見受けられます。その人たちが、私が公開した技術(釣り方、タックル、仕掛け、その他を含めたもの)を採用したか、しないか、わかりませんが、少なくても、私の発信している情報などに接して、いくらかでも、意識して、あるいは、刺激を受けて、釣りをしているのかな、という気持はあります。
そのことによって、ハゼ釣りのウデが上達できた人が増えれば、私はとても嬉しいのです。ましてや、10束釣りをした人がでれば、おめでとう、とお祝いしたいくらいです。いまでは、そのような心境になれたようです。
このことは、従来の技術伝達の方法を超越して、個人的な伝授の形をとらなくても、あるいは、同好会的な組織を作って教授しなくても、ある程度の技術の伝達と習得は可能だ、ということを示していると思うのです。そのことの、一番大きな特長は、上達できた人の技術というものは、その人自身が、独自に、開発したものだということです。ですから、10束釣りができた人が何人に増えたとしても、その人数だけの釣り方、技術、その人だけの独自のワザと考え方があるのだということです。私が、いつも、申上げるように、釣り人が十人いれば十の釣り方がある、ということが、「私の挑戦」の根本の考え方になっているのです。
私が到達した「型」を、いろいろな人に、「直接」、手を取って「教える」ということをしたとしますと、実際には、私の技術の「押し付け」あるいは「押し売り」をしてしまうのではないのか、という危惧が、私には以前からあったのです。つまり、その人独自の事情とか、特性とかを、見抜く眼力が曇っていますと、また、見抜く時間的接触が短いと、どうしても、結果として、そのようなことがおきると思うのです。そのことは、教えられた釣り人が、自ら考えるという行為、自分の考えで試してみるという行動、が少なくなるのではないか、という危惧でした。それは、あまりに、釣り人を信じていないことではないのか、と指摘されれば、たしかに、そのようにも思えます。でも、しかし、そのときは、そのように思ったのは事実でした。
ですから、私は、自身の事情とあいまって、そのへんの危惧を恐れて、情報公開という形を採用したわけです。私の情報の受け手のみなさんは、もしも、ハゼ釣りが前よりは上手になったとか、楽しくなったとか、感じるときがあったとしたら、それは、ご自身の努力と思索、情熱がそうさせたのだと、自信をもって、お考えになればいいのではないかと思うのです。私の情報が、みなさんの努力のささやかな援護射撃になったとすれば、私の挑戦は、それだけであっても、確実に実を結んだのだと、密かな喜びを、ひとりで味わいたいと思います。
「私の挑戦」のようなやり方は、すでに、一般的に行われているかもしれませんが、江戸川のハゼ釣りに関しては、私がはじめての挑戦者かと思われるのです。そのような形での、技術伝達が可能であるとの証しが、将来のいつの日にか、目にすることができると思っています。
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| 2008年7月1日(火) |
| その18 釣ったハゼの行方 |
2008年7月1日
私の著書『江戸前のハゼ釣り上達法』の36〜42ページに「おいはぎ船長」という項があって、そこに、釣られたハゼの行方について書きました。本項は、その補足。
釣りをする人にとって、釣った魚の処分方法は、いつも、頭の痛い問題です。避けて通れないからです。釣った魚を、穴を掘って、海岸や川原に埋めるなどということは、言語道断と言えると思います。そんなことをしなくても、持ち帰った魚を料理してみたら、どうしても、使い切れないで、余ってしまう、ということもあります。冷凍もするのだけれども、可哀相だけど、ゴミ箱いき、という魚もあることがあります。釣った魚は、おれが料理するんだよ、という方も多いと聞きます。
家族連れでハゼ釣りにきて、早く帰る人たちを見かけます。理由の一つが、食べきれないから、これだけで十分、という意見です。とても、すばらしい考え方だと思います。
でも、その考えを、すべての釣り人に求めるのは、別の意味で、酷だと思えます。釣り人が十人いれば、十通りの考え方があるからです。
それでは、自分が食べるもの以上の数のハゼを釣りたいと思ったときにどうなるのか、ということです。私も経験があるのですが、それはそれは、悩ましい問題ですよ。捨てるに捨てられず、食べるに食べきれず、というところです。
この辺のところの解決方法は、釣りが上手な人ほど、解決策を持っていると思いますが、どうでしょうか。私の場合は、釣ったハゼをお金に換えるなんてもってのほか、という私個人の自負というのでしょうか、それでは言い過ぎかもしれませんので、たとえれば、引っ込み思案とでもいうのでしょうか、そんな気持があったものですから、なおさらに、悩ましい課題だったわけです。別の書き方をするとすれば、そのような発想が、はじめっからなかった、といった方がいいと思えます。誤解のないように補足しておきますが、このことは、釣果を結果的にお金に換える、という行為が「いけないこと」だとか、あるいは、「蔑んで」申上げているわけでは、決してないということです。そのようなことがあっても、「それはそれでいい」と、思っているくらいなのです。趣味と実益が兼ねられれば、それにこしたことは、ないのではありませんか。釣った魚を、そのような形で処分できるルートを確保しているからこそ、思う存分に、釣りを楽しむことができるとも思うのです。
私の場合のハゼの行方は、当初は、ご近所に配ったり、まあ、みなさんが思いつくような、あるいは、実際にされているようなことを、考えついたり、ある程度はしていたと思います。わが家の愛妻も、はじめのうちは下ごしらえなどをしてくれましたが、だんだんとやらなくなり、私の「仕事」になりました。釣りの帰宅後にそうする作業が、どれだけ大変かお分かりだと思います。なおかつ、ハゼ釣りは、週一回か、二回、二週間に三回などというペースで、釣れる数が700とか、1000とかいうのですから、これは、いかにも、大変です。
数釣りに挑戦しようとか、考える人たちにとって、釣った魚の処分方法は、自分としては、本日、どれだけの魚を釣ってもよいのか、ということになるのです。
以上の問題点から、釣行日、釣果など具体的なペースが算出できるのです。私のことにもどりますが、『江戸前のハゼ釣り上達法』に書いたように、たまたま、船宿で、私のハゼを引き取ってくれることになったので、「救われた」わけです。店によっては、そのようにしていただけないところもあるかと思いますので、していただけない、ということについては、いささかも、意見などないわけです。それが、当たり前なのであって、釣った魚は自分で始末するのが、基本なのですから。
ちょっと考えてもわかりますが、1000尾からのハゼを、処理するのは大変です。いくら、商売だといっても、船宿の仕事をしながら、下ごしらえをするわけですから、私としては、感謝してもしきれないわけです。そばでみていて、いつも、そう思うのです。
いくら数が釣れるハゼといっても、お客さんによっては、少ししか釣れなかった、という人もいます。お土産に足りない方もおられるわけです。私のハゼが、そのような人たちの「釣果」の一部として、家族へのお土産になることだってあるのです。ハゼにとって、それは本望でしょうし、私だって、嬉しいに決まっています。私の釣りが役に立ったからです。
このように、ハゼといえども、ある程度の数釣りに挑戦しようというときは、釣ったハゼの行く末についての対策が、どうしても、必要となると思うのです。この点がネックになりますと、なかなか、束釣り(100)以上の釣果に踏み切れないことが多くなります。
私の10束釣りの記録というものは、船宿の好意、働く船頭さんたちの協力があってこその記録なのです。感謝しても、しきれない、という私の思いは、そのようなことからきているのです。
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| 2008年6月29日(日) |
| その17 情報公開 |
2008年6月29日
私は、釣りに関しての情報公開ということを、釣り師としての信用を得る第一歩だと思っています。ある人は、手の内をさらすから、それでいいのか、という意味のことをおっしゃることもあります。それでいい、というのが、私の考えです。
釣り師というものは、聞いたこと、読んだことなどから、肝心要の情報が、抜けているとか、ぼやかされているとか、書いてくれていないとか、本質とは異なる方向へ誘導するような表現がされているとか、いうことを、本能的に嗅ぎ取る力を持っていると思うのです。
そのことは、話した人、書いた人の能力の問題もありますから、一概に、情報を隠蔽した、といえない面もあります。そうであったとしても、不正確な情報だとか、その情報にわずかでも疑問が感じられた、ということも、あるかと思われます。
また、情報の受け手としても、技術的到達点、つまり、どの程度のウデか、ということもありますから、正確な情報が提供されていたとしても、それをそのまま、咀嚼できないということがあります。情報どおりにしても、そのようにならない、あるいは、そのようにできない、ということで、結果として、その情報を信じきれない、ということがあるのです。仮に、信じたとしても、自分の能力では、到底、到達できない情報、として、捨てられてしまうことさえもあると思います。
私が、ハゼ釣りに関して、提供している情報というものは、実体験に基づいたものです。しかも、「現役の釣り師」として、実際に釣りをした情報を、発信しているわけです。しかも、少なくとも、私に限っては、釣りポイントにしても、釣りテクにしても、釣果にしても、仕掛けにしても、タックルにしても、情報の出し惜しみは、していないつもりです。ただ、私の筆力の未熟さから、読者の納得が行く文章になっているか、どうか、ということはあるかと思います。
2年前のある日、相当なウデの人が、私の仕掛け、短ザオ、タナゴバリ、ボート釣り、ということで、江戸川で10束釣りをしました。とても、すばらしいことだと、嬉しかったことを思い出します。ただ、残念なことに、いろいろと、ご事情があったと思われ、そのとき、一回限りで、再挑戦はされなかったようです。
私の兄弟弟子の一人が、18年前に、やはり、10束釣りをしたことがありました。その人は、相当に丹念な釣りをする人で、どちらかというと、私よりも、ずっと、素質のある人だと思っていました。職人、という感じのする釣りをする人でした。私よりもずっと若い人でしたが、ハゼのボート釣りから遠ざかってしまいましたし、病気をして、釣りができなくなりました。
このように、10束を達成しても、さまざまな事情から、再アタックをされない、あるいは、できない、という人が多かったようです。一度きりの挑戦で、なぜか、やめてしまったのです。私は、しつこく、やめませんでした。それは、きっと、個性の違いとか、環境の違い、だったのかもしれません。
上に書いた人たちは、私の知る限り、10束釣りができる技術的到達点に達していたと考えています。ですから、10束釣れた、ということが、単なる「マグレ」ではないと、私には思えたのです。でも、「マグレだったかどうか」ということは、少なくとも、私個人の10束釣りに当てはめてみると、自分自身を納得させるものが、どうしても必要でした。
それはどういうことかといいますと、10束釣りを、いつでも、任意のときに、再現できるか、というテーマの実現です。再現性という問題提起でした。
私のつたない経験から言えることは、「ミャク釣りのアベレージで500尾を維持できる人」は、10束釣りのチャンスの確率が高い、ということです。そういう人というのは、少なくとも、700〜800尾を釣った経験を、何度か、積んでいるからです。つまり、そのようなペースを実感としてわかっているということです。ですから、精神的にも、あと少しで10束釣りができる、と自信を持っていると思うのです。少なくとも、私はそうでした。それでも、「確実」に10束に達するためには、800尾を釣った人でさえも、何かがちょっと足りない、のです。そのことは、私が、はじめて、10束釣りをしたときでも、そうだったと思えるのです。しかし、その足りないものが何なのか、なかなか、わからなかった記憶があります。
ということは、10束釣りというものは、700〜800の釣果を経験した人であれば、「何かの拍子に」10束釣りができる、ということなのです。700を一回しか釣っていないのに、いきなり10束が釣れた、という幸運な人が現われるかもしれないし、700、800、950などと、僅差の釣りをしていながら、なかなか、10束に届かないという人もいると思うのです。
1989年に初めて10束に挑戦したときのミャク釣りの釣果は、276、385、722、590、540、978、1186、455、721、698、659、377、305、365、409、216、346、457、608、377、313、228というものでした。私の幸運さと、その後の、悩み多き日々がよくわかることでしょう。
ですから、私の場合は、自分が、10束釣れるだけの技術的到達点を不動のものとして身につけたかどうか、という検証をどうしてもしてみたくなったのでした。その結末は、読者のみなさんは、すでに、ご存知のとおりです。
誰でもそうなのですが、10束釣れた、ということは、終りではなくて、始まりに過ぎないと思えるのです。本当の悩み、苦しみ、絶望、燭光、喜び、はこれからはじまるのです。もしも、ある人が、10束を釣った、ということを、ただの一度であったとしても、それを、自分の釣歴として掲げて、生きていくとしても、そのこと自体は、誰にも責められないし、責めるべきものではないと、私には思えます。それは、10束釣ったというそのことの、喜びを示しているからです。努力の結果だからです。いま例示したその人とは、ひょっとしたら、私自身のことだったのかもしれないのです。
近い年月のうちに、きっと、10束釣りを達成する若い人たちが現われると思います。その人たちに望むことは、でき得れば、でき得る限りの情報公開を心掛けてほしい、ということです。もし、それが可能であれば、そのことが、自分自身を別の次元へ導いてくれている、ということに、いつかは、気がつくと思うのです。
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| 2008年6月26日(木) |
| その16 当たり前のように1000尾を釣る |
2008年6月26日
私の、ここ数年のハゼ釣り目標は「1000尾釣れる時季でさえあれば、いつでも当たり前のように1000尾を釣れる実力を会得する」というものです(『天狗のハゼ釣り談義』)。
一日に1000尾のハゼを釣る、ということは、並大抵のことではできないと思います。努力と精進以外に、かなりの部分、「運」が付いて回るのです。運と書いてしまうと、実も蓋もないのですが、つまり、それだけのハゼがいること、そのハゼのいる場所を見つけることができたこと、風や波が比較的穏やかなこと、潮回りに恵まれること、周囲に競合するような釣り人が少ないこと、タックルにトラブルがないこと、体調がよいこと、雷がならなかったこと、天候が急変しなかったこと、突然の呼び出しがないこと、などなど、枚挙に暇がありません。それらを「運」と書いてしまうには、あまりに、経験で得られるものばかりだと思います。たとえ、そうであったとしても、そのような、チャンスに巡り合えるということに「運」を感ずるのです。
ところが、私の現在のハゼ釣り目標は「チャンスさえあれば、いつでも、1000尾を狙う」という釣りになっているのです。これは、「1000尾釣れる時季でさえあれば」という条件をカットしたものですので、厳密に言えば、さらに、ハードルを高くしたものといえるのです。また、別の意味の「障害」もあります。障害と書いてしまいますと語弊があると思うのですが、つまり、別の意味のハードルなのですが、私が1000尾を釣りますと、その場所は、当然のように魚影の比較的濃いポイントということになりますので、その後に訪れる釣り人の、格好の釣り場の一つになるということがあります。ですから、2日後にまた私が行く、というようなときはまだよいのですが、一週間後などということになりますと、私が1000尾釣ったときのような魚影ではない、ということが、結構多いのです。好ポイントの場合は、次々とハゼが「補充」されますので、それほどひどい「場荒れ」は少ないのですが、それでも、釣られたハゼの数だけは、確実に数が減っていきます。また、たくさんのハゼがそこにいたとしても、私がそこへ行っても、身動きが自由にできないほどに、ボートが混んでいる、ということもあるわけです。ですから、ハゼが十分に釣れる状況があると判断できる場合でさえも、つまり、まだ、10束釣りのチャンスがある場所と思っていても、その場所をあきらめて離脱するということが多々あるのです。そんなときは、ボートの散らかり具合を遠望していて、空いたときを見計らって、そこへ行く、ということすらするわけです。ですから、結果として、形として、毎回違うポイントで1000尾釣りをしている、ということが起きるのです。これは、私にとって、仕方がない状況なのですが、このことが反面、私の釣りに、かけがえのない財産となっているのです。いつでも、どこの場所でも、臨機応変に、ハゼを釣ることができる、という気持を、持たせてくれることになっているからです。
そんなこんなの、ある意味の高いハードルというものは、昨年の釣りでもあったわけですが、「チャンスさえあれば、いつでも1000尾を狙う」というような気持ちで釣りをしていますと、結果として、当然のように、1000尾釣りの連続、という状況になります。「連続」と言うことを意識していなくても、結果がそのようになるのです。2007年の連続18回1000尾超釣りという記録はそのようにしてできたのです。
連続記録が途切れることも多々あります。それは、私が、大風の日にチャレンジしてみたとか、江戸川の洪水で潮止め水門が開いて、閉まったあとに、急いで釣りに行ったとか、アオシオやアカシオなのにチャレンジしたとか、マスコミの取材に応じたとか、などなど、比較的、イレギュラーなときに、試してみた釣りというのがありますと、1000尾に達しない、ということが多いわけです。これは、記録を大事にしていないというよりも、直面した状況に対する「興味」の方が、私の心を捉えて、夢中にしてしまったということだと思います。
私は、記録を大切にするあまりに、自分の釣行を按配する、という行為を、それほどする人間ではありませんので、つまり、明日はこの潮回りだと10束釣れそうにもないから延期する、などという「調整」はほとんどしませんので、あくまで、自分の気持というか、ほとんど、そのときの「気分」で釣行しますので、「朝、起きたら、釣りキチの寝床が空だった」とカミさんが言うようなことになるのです。朝、目覚めた気分で、急に、釣行する気になって行く、という形が多いのですから、潮回りも、潮時も、天候も、船宿への根回しも、ある意味では、無視して、出かけるわけです。ハゼ釣りの場合は、それだけのキャリアを積んでいるということになるのでしょうが、そのような、ある意味、無鉄砲な行動が、私のハゼ釣りパターンになっているのです。ですから、1000尾釣りを連続できるということは、先ほど申上げたように、「運」というものが、かなり、色濃く、私のハゼ釣りには投影していると、感じているのです。まあ、結果オーライ、ということです。そんなわけで、さまざまなパターンの条件下での釣り、という経験については、いろいろと積んできたつもりではいるのです。それが、私の「財産」というわけです。つまり、こういうときには、こう、とか、こんなときには、きっと、こうなる、ということが、肌でわかっているというか、承知しているわけですから、ならば、こうすればきっとよい、とか、次の対策がとれるわけです。
そうはいっても、私だって人の子ですから、「欲」がないわけではありません。いまが、10束釣りのチャンス、と思えば、右手の指に穴が開くのを承知の上で、釣行間隔を狭めて、ひたすら、1000尾釣りに「走る」のです。これは、私の釣りの「業」だと思っていますから、気持のおもむくままに、気ままに、そのようにするのが、一番、ストレスがたまらなくていいのだ思っているのです。また、そのようにできることが、本当に幸せな境遇だと、思えるのです。
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| 2008年6月18日(水) |
| その15 ミスマッチ |
2008年6月18日
先日、あるメディアからの、電話取材を受けたときのこと。江戸川のハゼ釣りで、釣れるようになるにはどうしたらいいか、という趣旨の会話がありました。
私は、6月〜7月上旬という季節で、受け答えをしました。一般的に、ハゼ釣りの季節を通じての話でもよかったのですが、シーズンインとなったいまの時季の対応ということになったのでした。情報が新しくて、時節に適っているからでした。「消費期限」があまりに長期の話では、新鮮さが薄れると思ったからです。
申上げた主眼点はひとつで、ハゼの大きさと、エサ付けとの、ミスマッチがないように、ということでした。たとえば、6cmのハゼが大半の場所で、青イソメを長さ3pにつけたとします。それは、「釣るためのエサ付け」を言っているのですから、それでは、ハゼが、とてもハリまで食いつける大きさではありません。ハゼが、ゲップをするでしょう?まあ、寄せエサ替わりにするのだ、ということであれば別ですが。ですから、6cmクラスのハゼが多い場所で、そのハゼを「釣るためのエサ」は、ハゼとのバランスからいっても、たとえば、米粒大とか、5ミリくらいとか、なるべく小さく、とかの表現になるわけです。なお、釣りを始めた場所が、6cmクラスのハゼが多いポイントだ、ということが、わからない釣り人も多いので、ますます、こんがらがってくるのです。
理屈は以上であっても、実釣では、いろいろな問題が起きるわけです。エサをそのようにつけたけれど、アタリはあるが、空振りばかり、ということなどです。ハゼがハリにかからない最大の原因は、先ほど申上げた、魚体とエサの大きさのミスマッチですが、それが、クリアされたとして、次は、エサの「固さ」加減です。一本の青イソメは、ご存知のように、頭から尻尾まで、太さも固さも違うわけです。ですから、米粒大程度につけたエサが、たとえば、胴体や、頭に近い部分の固いところをつけたとします。これは、エサ持ちがとてもいいわけですから、一回つけただけで何回も使いまわしができますので、釣り人にとっては、とても具合がいいわけです。ところが、釣られるハゼにとっては、なるべく、軟らかいものが欲しいわけです。とくに、ハゼのサイズが小さいほど、その傾向が強いのです。まあ、人間で言えば、1〜3歳くらいの幼児のようなハゼですから、噛み砕かれて、クチャクチャになったような状態のエサが、食べいいわけです。
ケータイやパソコン、雑誌などに接して、ハゼ釣りをしてみようか、などという人たちは、そんなことは、ご存知ない人が多いのですから、かりに、そのような情報を知ったとしても、釣り場ではすっかり忘れてしまっていて(気持が舞い上がっていて)、そんな対応ができない、ということも多々あるのです。電話取材では、そのようなレベルの人たちに、どのようなエールを送ったらいいか、ということになったわけです。
そんな状態の人たちに、前もってどんなことを申上げたとしても、現場では、なかなかにできにくいので、それでは、とにもかくにも、ハリにエサをつけて、ボチャンと放り込んで、釣ってもらうこと、ということにしました。シーズン初期のハゼのサイズは、だいたいが、5〜8pクラスで、5〜6cmのサイズが多い場所、7〜8pが主流の場所、どちらのハゼも混在している場所、などに分けられます。江戸川では、シーズンを通じて、5〜8pのハゼはたくさんいます。たとえば、11月になってさえもそうです。ましてや、6〜7月の主役はそれらのサイズのハゼたちです。
経験不足の人たちに、わかっていただくには、実際に釣っていただくことから始めるわけです。すると、大半の場合が、サオ先をブルブルと震わせるアタリがあり、しかも、空振りをする、ハリに掛からない、という事態になるのです。この場合の対応は、私のアドバイスとしては、至極簡単明瞭で、そのまま「ブルブルとハゼに食わせておく」というものです。
そうしますと、しばらくすると、エサが、食い千切られたりして小さくなったり、しゃぶられて軟らかくなったりするのです。ハゼのサイズに見合った、ちょうどよい、食べごろのエサになったときに、ハゼの口にハリが掛かるのです。ですから、「釣り上げたそのとき」が、一番大事な瞬間です。そのときに、ハゼのサイズの確認(このサイズがここでは多いのかな、とか)、エサの状態の確認(ハリに残ったエサの大きさ、軟らかさ加減、とかの確認)を必ず行うのです。こうすることによって、次の投入のときに、エサをどのようにハリにつけたらいいか、ということがわかります。この、たった一つのことが、できさえすれば、それ以後は、空振りの回数が減ることは確かなのです。つまり、釣れるペースがよくなるということです。論より証拠で、そのようなアドバイスの方が、慣れない人にはいいと思えたのです。
じつは、このようなことは、私自身が、釣行時に実際にしていることであって、そのことを、メディアの方に申上げたわけです。実釣では、「自然が相手」ですから、理屈でわかっていても、なおかつ、その理屈どおりにしたとしても、なかなか、理論どおりにハゼが食いついてくれない、ということが起きるわけです。ですから、私は、基本は理解していても、現場では、ときおり、初心者に戻って、釣りはじめの、最初のときほど、手間暇かけて、ハゼのご機嫌を伺うわけです。急がば回れ、ということです。
最後に、もう一点、ハリの大きさ、ということがあります。これが、二つ目のミスマッチの原因です。6cmのハゼを釣るのに、いや、8pといいかえてもいいのですが、そんな大きさのハゼを釣るのに、6号とか、7号とかのハリは使わないでしょう?ところがところが、現実にはそのような方もおられるわけです。百歩譲って、4号のハリを使うという人もいるのです。こうなると、どのようなエサ付けをしたとしても、空振りの頻度は多いままです。やはり、6〜7月上旬は、袖バリ3号程度の大きさのハリ、ということになります。
本項は、いまの時季に見合ったサイズのハリを使っている、という前提で書いたものです。
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| 2008年6月13日(金) |
| その14 ビク |
2008年6月13日
たかが、ハゼ釣り用のビク、と言っても、なかなか、馬鹿にはできません。なぜかというと、私の場合は、ミャク釣りでは10束、リール釣りでは5束、を目標に釣りをするからです。それだけの、ハゼを入れておいても、破れないものが必要なのです。この項は、私の失敗談。
昨年のこと、ミャク釣りをしているとき、たまたま、ビクの方を向いて釣りをしていました。何気なしに、ビクを見ると、ハゼが1尾、ビクの周りの「水中を漂っている」ではありませんか。アレッ、と思って見ていました。すると、ボートが波に揺られて動いたときに、ビクも水中で、上がったり下がったり、動いているのですが、そのときに、網の目が伸びたり縮んだり、するわけです。すると、別のハゼが、スゥーッと、「漂って出てきた」ではありませんか。最初に見つけたハゼは、漂いながら、徐々に、沈んでいきました。逃げる、というよりは、オットリ、ユッタリと、水平に沈んでいったのです。2尾目のときは、さすがに、あわてて、手を突っ込みましたが、逃げられてしまいました。
それからが大変でした。絶対に、ビクに穴があいている、という、変な確信がありました。たまたま、ラスト近くでしたので、使っていたビクのハゼを、別のビクに、とりあえず入れ替えて、釣りを続行して、納竿しました。問題は、何尾、逃げられたか、ということでした。当日は、10束釣りできた日ですが、自己申告の数字を宿に言って、検量数字との誤差に注目しました。
私の自己申告数字は、±1%の誤差を見込んでいますので、10束釣りでは、+10尾、あるいは、−10尾は、自己の許容範囲にしていました。検量してもらった結果は、自己申告よりも、35尾不足、ということになりました。誤差の許容範囲の10尾を引いて、残りの25尾が、私のあずかり知らぬ不足の尾数ということになりました。25尾くらいは逃げられた、という認識でした。このときは、網の目に一ケ所、破れ目ができていました。原因はともかくとして、そのビクは廃棄しました。
こんなこともありました。9月になった時季、湾岸道路の橋下の右岸で、ミャク釣りで、「彼岸ハゼ」を釣っていました。今年の、5〜6月のヒネハゼくらいの大きさは十分にあるような、立派なハゼばかりです。ですから、かなりなボリュームになるわけです。このときは、10束釣りはできなかったのですが、船頭さんに、ビクを渡そうとして、ボートの中へ上げようと、ビクを握ったら、瞬時に、「バッ」というか、「ビッ」というか、そんな音がして、ビクが、口元から下まで、一気に「裂けた」のです。このときは、とてもあわてました。ビクの一番下に手を当てて、左へ引っ張り、右手は、ビクの口元へ当てて、そのまま、無理やり、ボートの中へ引っ張り上げました。ボロボロと、水中へ、たくさんのハゼが、こぼれてしまいました。すでに、死んでいるハゼもいますので、それは、白い腹を見せながら、沈んでいきました。
ビクは、使用後、真水で洗って、干して、乾燥させてから、しまうようにしています。それでも、塩分は完全に取れませんので、ある程度の日数を使うと、交換するようにしていました。でも、これまで、このような不始末はまったくありませんでした。本当に、びっくりしました。私は、このようなことがあるといけないので、ビクですら、いつも、スペアを2ケずつ、必ず、もっていき、交互に使っていました。消費期限切れになっているのを、気付かなかったということです。
今年は、また、こんなこともありました。5月に、越冬したハゼ(ヒネ)をリールで釣っていたときのこと、5月も、後半になると、ヒネに交じって、デキの一番子が釣れてきます。スレ掛りではなくて、きちんと、口にハリが掛かっている、釣れ方です。このようになりますと、ミャク釣りのスタート時季になったと、私は判断するようにしています。そのデキの1番子が10尾ほど、釣れたのです。それを、ヒネと一緒のビクに入れて、納竿しました。宿には、デキが10尾ほど入っている、と言っておいたのですが、1尾もいない、という返事。
このように、6月のデキハゼを釣る場合のビクは、ヒネや7〜9月のハゼを釣るときのビクとは違うもの、比較的、目の細かいビクを使う必要があるのです。私は、袖バリ1号よりも小さいハリは使いません。たとえば、タナゴバリとかなどのハリを使うと、エサ付けをとても小さくできますから、ときには、5cm未満のハゼも釣れてしまいます。それではいかにも、可哀相なので、5cm未満は釣りの対象外にしているのです。それでも、ときどき、スレてかかりますが、放流しても、死んでしまうか、天敵の餌食になるのが関の山ですので、ゲットして、持ち帰ります。そんなわけで、今年も、6月になってミャク釣りで、10束釣りを3回しましたが、5cm未満のハゼは、ごく、わずかしか、釣らなかったと思います。これからは、なおさらのこと、デキも大きくなりますので、その時季、その日に、デキの一番大きいクラス、あるいは、大中クラスのハゼを目標にエサ付けをして、デキの良型中心に釣るようになりますから(少なくとも、私は、ということ)、自然と、5〜6cmクラスは、当初の狙い目のサイズから、はずれるわけです。まあ、釣れちゃったら仕方がないや、という程度です。ましてや、5cm未満は、初めっから、対象外なわけです。
そうなりますと、たとえば、私の場合では、6月後半からは、6月の前半に使ったような網目の細かいビクは、用済みとなって、来シーズンのデキの開幕まで、お蔵入りということになるのです。はじめに書いた、穴のあいたビクは、そのような使い方を何年かしてきたビクだったのです。手入れをしていたから、という油断が、私にあったと思います。
昨年は、そんなこんなのドタバタが二度ありましたので、今年は、いっそう、注意して、ビクの使いまわしには、気をつけようと思っています。なお、網目の細かいビクは、ハゼのサイズが大きくなりますと、入れておいても、ハゼが呼吸困難になりますので、そういう意味からも、私は、ハゼのサイズに見合った網目の大きいビクを使うようにしています。
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| 2008年6月4日(水) |
| その13 小突きとけんしょう炎 |
2008年6月4日
私が、江戸川のハゼ釣りで、ミャク釣りをするときに、誘いとしての「小突き(コヅキ)」を、ほとんど、やらなくなったのは、けんしょう炎に罹ってからでした。
教わった小突きは、精妙を極めるものでした。振り込んで、仕掛けが着底した直後に、チクッなどというアタリがなかったときに、コヅキをします。よく、ナス型1号オモリが、立ったり、横になったり、という具合の感じのコヅキということです。ハリスが3pの長さですから、その程度で十分なわけです、
和竿を使って、テンビン使用、ハリスの長さ20〜30pほどの仕掛けなどであれば、誘いのアクションは、ハリスの長さに比例して大きくなります。それは、テンビンを使っても使わなくても、同じことです。ひっきりなしに、和竿を、上下運動させていることになります。これが、伝統的な釣り方の一つでしょう。それができるような調子に、和竿はできているからです。
私が愛用している3pの仕掛けは、ハリスが短いですから、大きなアクションは、必要がないわけです。それでも、一生懸命に、小突いた記憶があります。仕掛けが、着底したあと、アタリがなかったら、コヅクというのは、強迫観念にまでなっていたと思います。いまでも、3pの仕掛けで、一生懸命にコヅク釣り人を見かけます。あの人は、けんしょう炎にならないのだろうか、などと、余計な心配をしてしまいます。
そんなこんなの挙句に、右手首と、右手親指と人差し指の間、の二ヵ所で、けんしょう炎になりました。テーピングをしたり、包帯を巻いたりして、医者に通ったことを覚えています。
そのことがあってから、私のハゼのミャク釣りは「いかに小突かないでハゼのアタリを出すか」という点に絞ったトレーニングになりました。そのために集中したことは、@着底直後にアタリを出すこと、A@が失敗だったとき、小突かないこと、BAのあとは、すぐに振り込みなおすこと、の三点でした。これは、一本ザオの場合の釣り方です。
前記の@を確実に実現させるには、どのようにしたらいいのか、という命題がありました。その答えは二つでした。その一は、ハゼの密集した着き場を確実にゲットすること、その二は、最初の投入時のエサを大きく付ける、ということでした。
いかなる技術をもってしても、ハゼの数が少ない場所では、どれほど努力しても、釣果に限りがあると思うのです。私は、ミャク釣り場合は、チャンスさえあれば、「常に」1000尾釣りを目指した釣りをするわけですから、そのときどきの、ハゼの魚影の濃い場所を、確実にキャッチして、ポイント選定をする、ということに努力したわけです。
しかし、どれほど魚影が濃くても、ハゼが、魚体を重ねるような密集具合ではありませんので、たとえば、ボートの周囲に、口を使うハゼが100尾程度いれば、それで、充分、と考える程度の魚影です。1時間に、一ケ所で、100尾を釣れるようなときは、入れ食いなどと私は表現しますが、そんなときでさえも、当初は、もちろん、口を使わないハゼ(とくにいまは食い気がないという意味)も相当数周囲にいる、という考え方が前提です。そのようなポイント選定ができるような着眼を身につけたいということです。
そのような場合でさえも、第一投を振り込んだときに、必ず、アタリがある、ということは断言できないのです。逆に、アタリがなかった、ということのほうが多いわけです。そうであれば「口を使いたくなるような雰囲気を」振りまいてやればいいと思うのです。このような考え方というか、思考方法を、私は、いつのまにか、身につけたということです。
その具体的な方法が、最初はエサを大きく付ける、という単純なことでした。空振りしてもいいのですから、とにもかくにも、「アタリを出す」ことに全力を尽すわけです。これは、単純なことですが、とても、大切なことです。釣りに来ていて、「アタリがない」ということほど、つまらないことはないではありませんか。少なくとも、私は、そのように思っている人間の一人です。
これからは、デキハゼのミャク釣りの時季になるのですが、一ヶ所で30尾釣れれば上等、などというポイントにも、けっこうな確率で遭遇してしまうことも多いわけです。その釣れるはずの30尾を、1時間かけて釣るのか、15分で釣っ | |